34 卒業検定 3
闘技場の中央で対峙する、マイルと『ミスリルの咆哮』のリーダー、グレン。
「いったい何なんだよ、お前ら……」
「え、私達ですか? ただの、ハンター養成学校の卒業生ですよ? いささか常軌を逸した……」
「常軌を逸していたら、『ただの卒業生』であるもんか!!」
しごく当然な突っ込みを戴き、マイルは嬉しそうに微笑んだ。
ボケをスルーされることほど悲しい事はない。
「魔法剣士、『普通の女の子マイル』、行きます!」
「何だよそれは!」
「あ、いえ、自分で名乗っていれば、そのうち定着するかも、と思いまして。いいですよね、普通、って……」
「そっちじゃねぇよ! いや、そっちも突っ込みたいが……。
その『魔法剣士』って何だよ! 魔術師か剣士か、どっちなんだよ!」
「それは、戦ってみれば分かりますよ」
「まぁ、それもそうか…。じゃ、始めるぞ!」
そして、戦いが始まった。
がんごんぎんごん!
きききききききん!
強力な打ち合いが数度交わされたあと、高速での連撃が始まった。
もはや、打撃音が繋がって聞こえている。
観客の目には見えないほどの高速での剣戟が続き、驚きと興奮に包まれた観客席から応援の叫びがあがる。
「何か、楽しくなってきちゃいました。もう少し速くしていいですか?」
「て、てめぇ、手加減してやがんのかよ! いいぜ、やってみな!」
「はい!」
ががががががががが!
どごごごごごごごご!
グレンもかなり手加減していたらしく、速度を上げても対等の打ち合いが続く。グレンの顔が歪みはじめるが、それは苦痛や不快感のためではなかった。
グレンの古馴染みの者なら、多分こう言ったであろう。
『あれ、珍しく笑ってやがる。よっぽど機嫌がいいんだな』と……。
「あは」
「ふは…」
「あはははははは!」
「ふはははははは!」
「嘘……。リーダーが笑ってる………」
『ミスリルの咆哮』の待機場所では、驚きの声が漏れていた。
「何なんだ、アレは……」
「……鬼と天使の最終決戦?」
財務卿の呟きに答えたのは、何と王子であった。
「剣筋が見えるか?」
「いえ……」
国王に答えたのは、エルバートである。
そして英雄と呼ばれた元Sランクハンター、クリストファー伯爵の両手は、ぷるぷると震えていた。
中風を患っているわけではない。剣を握る形になった手が震えているのである。
「……エルバート、ダメかな?」
「駄目に決まってるでしょ、伯爵様!」
……自分も戦いたいらしかった。
先程まで応援の叫び声をあげていた一般観客席は静まり返っていた。
叫んだり喋ったりしている暇などない。
そんな時間があれば、この戦いを脳裏に刻み込まねばならないからである。
恐らく、これから先の人生において何度も語り聞かせることになるであろう、この戦いの全てを。
ばきん!
「「あ……」」
ふたりの剣戟に耐えきれず、遂にマイルの剣が折れた。模擬戦用の安物なので無理もない。
しかし、ふたりはまだ物足りなかった。
「剣を替えるか? 自前のを使ってもいいぜ」
グレンはそう言ってくれたが、あの謎剣を使うわけにも行かない。
「いえ、大丈夫です」
そう言うと、マイルは折れ残った刃の部分を左手の親指と人差し指でそっと挟み、そのまま指を『刃があった部分』まで滑らせた。その、指が走ったあとに生成された、光の剣身。
「秘技、『光線剣』ッ!」
「何だそりゃああぁっ!」
「そうか、『魔法剣を使う剣士』だから、『魔法剣士』かよ!」
「え、いや、普通に魔法も使えますよ?」
ひゅごっ、どかん!
「……ま、まぁいい、続けるぞ!」
「はいっ!」
グレンは、無詠唱で、軽く手を振っただけで放たれた魔力弾のことは無かったことにした。
観客にはふたりの会話は聞こえていないため、マイルが放った魔法が無詠唱であったことには気付かれていない。
再び激しい剣戟が続き、マイルは高速移動やバク転等、やりたい放題。
決して身体能力全開というわけではないが、人類最強あたりにリミッターをかけた状態の、剣技の才能がないマイルは、グレンと丁度良い相手であった。
楽しい! 面白い!
調子に乗って我を忘れていたマイルは、グレンがそろそろ限界となりペースが落ちてきた時に、ようやく我に返った。
(まずい! やらかしたあぁ!!)
元々やらかすつもりではあったが、ここまでやらかす予定ではなかった。物事には、限度というものがある。
蒼白になったマイルは、小声でグレンにお願いした。
「すいません、ちょっと事情があるもんで、負けさせて下さい! あ、痛くないようにお願いします!」
「………分かった」
グレンもハンターとして何十年もの間、色々な経験をしてきている。マイルに何らかの事情があるらしいこと、そしてちょっと調子に乗ってやらかしてしまったらしいことはすぐに察した。やらかした原因の一端は自分にもあるらしいし、自分も充分楽しめたのだから、それくらいのことは聞いてやっても構わない。
「とおっ!」
「ぐわぁ、やられたあぁ~!」
どうしようもない大根同士。
良いコンビであった。
観客席では皆、せっかくの名勝負のあまりに酷い結末に愕然としていたが、そのうち『何か事情があるのだろう』、『先輩ハンターに敬意を表して勝ちを譲ったのだろう』等の好意的な解釈が広まり始め、バレバレの八百長はスルーされた。
そして闘技場の中央では、まだマイルの出番は終わっていなかった。
「私に勝ったからといって、いい気になるなよ! 我ら四天王など、あのお方に較べればひよっ子同然! ベイル様、私の仇を討って下さい!」
「「えええ?」」
唐突に叫ばれたマイルの言葉に、グレンと、そして待機場所にいるベイルから驚愕の叫び声が上がった。
「お、おい、お前……」
「事情が! 事情があるんです!」
「そ、そうか…。
な、何を猪口才な! この俺様に敵うものか!」
必死の様子のマイルに、仕方なく合わせてやるグレン。
「ああ、リーダーがおかしなことに……」
ぽかんとする者、笑いを必死で堪える者と、混乱の『ミスリルの咆哮』。
そして、嫌そうな顔をしながら待機場所から出てくるベイル。
「何ですか、最後の、あの猿芝居……」
「いや、何か事情があるんだろう。見逃してやれ。
で、アレか、エルバート」
財務卿を宥め、エルバートにそう訊ねる国王。
「アレと、その前の3人、合わせてワンセット、ですね」
「そうか……」
「マイル! 何よアレ! せっかくの完全勝利が!」
「いえいえ、そんなことしたら、目立ちすぎてCランクハンターとしてスタートするのが大変になりますよ! それに、彼らの名声に傷がついたら悪いじゃないですか!」
「ま、まぁ、それもそうかもね……」
先程自分がやった事を思い出し、少し罪悪感を感じたらしいレーナはトーンダウンした。あの魔術師は、向こうの待機場所でまだ蹲ったままブツブツと何やら呟いているらしかった。
闘技場では、観客が静かに見守る中、グレンとベイルが対峙していた。
あの言葉の後では、グレンが連戦するしかない。マイルの思惑通りに。
「お前も、あいつらの一味か……」
「ち、違う! あんなのと一緒にしないで下さい!」
「すまん、悪かった……」
必死で否定するベイルに、心底申し訳なさそうな顔をして謝るグレン。
普通の卒業生であれば、疲れ果てボロボロの今の状態でも全く問題はない。
「じゃあ、始めるか。打ってこい!」
「はいっ!」
がんがんがんがんがんがんがんがんがん!
「なっ……、騙したなあっ!」
「騙してません!」
マイルには及ばないが、メーヴィスに匹敵する速度のベイルの連撃は、技術的にはマイルを遥かに凌いでいることもあり、へとへとに疲れ果てた上にマイルとの戦いに満足して気力が緩んでしまっているグレンには結構きつかった。
そしてそこに放たれた一撃。
「空気弾!」
「なっ!」
単語ひとつにイメージの全てを込めた、単工程の風魔法。
身長差のせいもありやや下方から放たれた圧縮空気の衝撃は、疲れて反応が遅れたグレンの身体を浮かせ、体勢を崩させた。
足が踏ん張れず、力が込められないグレンにベイルの剣が放たれたが、いくら体勢が崩されていてもそれくらいでやられるグレンではない。しかし…。
「魔力刃!」
ちぃん、という音と共に切り落とされた剣身が地面に落ち、剣を切断した直後に魔法が解除されてただの刃引き剣となった模擬戦用の剣がグレンの胴に叩き込まれた。
「ぐうっ!」
「それまでっ!」
『ミスリルの咆哮』リーダー、Aランクハンターのグレン、痛恨の敗北であった。
負けたグレンは、結構平然としていた。自分が負けた理由をちゃんと理解していたし、同じ失敗を繰り返すことはないという自信があるからである。
呆然としていたのは、勝ったベイルの方であった。
「か、勝った……? Bランクのハンターに?」
「おいコラ、実力で勝ったとか勘違いしていたらすぐ死ぬぞ、分かってるか?」
「あ、は、はい、それは勿論……。それでも、ちょっと、その……」
「あ~、分かるさ、それは。まぁ、一応、勝ちは勝ちだ。今日のところは素直に喜んで、明日からは気を引き締めろよ。
それと、うちのパーティランクはBだが、俺はAランクだ、覚えとけ!」
「は、はい! ありがとうございました!」
割れんばかりの拍手の中、右手と右足を同時に出しながらぎこちなく歩いて待機場所へと向かうベイル。
(よおぉし、計画通り!)
最後にベイルに活躍させて、その前のマイル達の印象を薄くさせる作戦。
上位のBランクパーティ『ミスリルの咆哮』のリーダーに勝つという大金星を挙げたベイルの名は瞬く間に広まり、その他の者のことはその下に埋もれるだろう。多少のことはやらかしていても、卒業検定を受けた学生が『ミスリルの咆哮』のグレンを破った、というビッグニュースの前には、たいした話題にはならないはずである。
「おい、マイル! ちょっと来い!」
うまくいった計画にほくそ笑んでいたマイルは、闘技場の中央からのグレンの呼び声にびっくりした。
「な、何事?」