339 面倒事ホイホイ 1
「あれ、これって……」
ギルドからの支払いが終わるまではこの街を離れられないマイル達が、ギルド支部で依頼の物色をしようとしたら、依頼ボードの横に告知文が貼られていた。
「オークションのお知らせ……、って、古竜のウロコ?」
「あ、それ、あのハンターの皆さんからの出品じゃないですか? 私達から買った商人達が、こんなところで売るはずがないですから。
出品数は、3枚ですか。どうやら、うまく全部見つけることができたようですね……」
マイルに、ポーリンがそう言って説明してくれた。
そう、実は、現場にウロコが残っていたのは、マイル達がわざと残しておいたからである。
考えてみれば分かることである。あの守銭奴ポーリンが、時間的に余裕があり、そして探索魔法が得意なマイルがいるというのに、古竜のウロコを回収し残すわけがない。
後で説明の必要が生じた時のために、現場を調査しにきた者達が見つけられるようにと、あまり不自然ではないけれど、少し探せば見つかる、というような状態で、程度の悪い破損品を3枚だけ残しておいたわけである。
「これで、古竜の件は大丈夫ですね。彼らも、情報源である、『古竜が、今回は人間達とは関係のない用事だった、ということを話した人間達』については、本人達がおかしなことに巻き込まれたくないらしく匿名希望である、ということで押し通してくれるはずだし、ギルド側も、ただの伝言役の人間になど興味はないでしょうからね」
そのあたりは、商人達への口止めと共に、しっかりとあのBランクパーティに念押ししてある。
ハンターも商人も、信用が全て。
約束や契約を破ったということが広まったら、もう、やってはいけないだろう。
そして、古竜やそのウロコに関する話となると、その噂はあっという間に国中に広がるであろう。
「つまり、ネタがデカい程、絶対に約束は破れないというわけですよ。まともな者ならば……」
ポーリンの言葉に、頷く3人。
ちなみに、マイル達が確保しているウロコは、各地で1枚ずつ売り捌くつもりである。たまたま1枚だけ入手できた、ということにして。
ポーリン曰く、その方が値崩れしませんからね、とのことであった。
そして結局、あまりいい依頼もなく、今日は適当に森をうろついて出会った獲物を狩る、という、常時依頼と素材採取を兼ねた適当な仕事をすることにして、ギルド支部を後にした『赤き誓い』の面々。
「そろそろ、移動する頃合いかしらね。土竜のお金が入ったら、移動する?」
「そうですね。いい依頼も無さそうだし、土竜一発で、この街では充分名前は売れましたし」
「……売りすぎだよ」
レーナとポーリン、そしてメーヴィスの言葉に、苦笑するマイル。
確かに、少々目立ちすぎた。
「……しかし、最近、メーヴィスがちょっと調子に乗りすぎていないかしら? ここんとこ、カッコいいとこ、美味しいとこは、全部メーヴィスが持っていってるような気がするのよねぇ……」
何だか、レーナがメーヴィスに絡み始めた。
「そう言えば、そんな気がしますね。『いつか言ってみたい名台詞シリーズ』も、メーヴィスだけ着々とこなしていっているような気がします……」
ポーリンまでがそれに加わり、メーヴィスが少し焦っている。どうやら、自分でも少し自覚していたようである。
なので、その責任の一端を担っているマイルが、何とかフォローしようと口を挟んだ。
「それじゃあ、レーナさんとポーリンさん、以前テストした『魔砲少女の杖』を使いますか?
あれを使えば、変身シーンや必殺技で、注目を集められるの間違いなしですよ! 決め台詞も色々と使えますし、戦いを終わらせる力のある終息魔法の一種、強力な雷魔法を装填した『雷電具ヒート』と、人間を殴り殺すのに最適のフォルムの『バールでしゅ』を使って……」
マイルの提案に、ぎょっとしたような顔の、レーナとポーリン。
「そしてポーリンさんには、『防具マン』シリーズの防具を転送により装着するという方法もあります。防具・ゲット・オン、です! 装着時に胸が揺れるのがポイントですから、これはポーリンさん専用のシステムでして……」
そう言って、にこやかに新装備を勧めるマイルであるが……。
「「誰が使うもんですかっっ!!」」
レーナとポーリンに、一蹴されてしまった。
やはり、テストの時の、『変身時、敵味方の前で丸裸になる』ということと、あのふわふわひらひらの衣装がお気に召さなかったらしい。
「可愛くてカッコいいし、防御効果も高いのに……」
ナノマシン一同としては、是非採用にこぎ着けたかったらしく、彼らからの全面協力を得られての研究・開発であっただけに、レーナとポーリンに拒否されてお蔵入りしてしまったのが痛恨事なのであった。
あれが採用されていれば、多くのナノマシンが専属として楽しめ、また、必殺技や特殊効果要員として、多くのナノマシンが参加できたはずだったのである……。
そして、何とかメーヴィスに対する糾弾をうやむやにすることに成功したマイルが、やれやれ、と胸を撫で下ろしていると……。
「やめて! 嫌、放してぇ!」
ぴくん!
幼女が助けを求める声であれば、何キロ離れていても聞こえるという、マイルの地獄耳が反応した。
「……いえ、私達にも聞こえてるわよ、勿論……」
マイルの態度から全てを察したレーナが、そう呟いた。メーヴィスとポーリンも、うんうんと頷いている。
「……というか、見えていますよね、そこに……」
ポーリンが言う通り、それはマイル達の数メートル先で展開されている出来事であった。
「マイルちゃん、『幼女』というのは、普通は5~6歳くらいまでのことですよ……」
そう、それは、チンピラ風の3人の男達によって母親から引き剥がされ、無理矢理連れ去られようとしている、7~8歳くらいの女の子の姿であった。
「何だ、テメェらは……。関係ねぇ奴はすっこんでろィ、この小娘共が!」
自分達の前に立ち塞がった『赤き誓い』に向かって、チンピラ達のリーダー役らしき者が吠えた。
そして……。
「ほほぅ」
「「ほほぅ……」」
「「「「ほほぅ…………」」」」
「な、何だってんだよ! 言っとくがな、コイツらが貸した金を返さねぇから、そのカタとしてコイツを連れていくだけだからな。借りた金を返さない、コイツの親が悪いんだ、俺たちゃ何も悪くねぇからな!」
いくら小娘とはいえ3対4、しかも相手は剣で武装したふたりと、明らかに魔術師であるふたりの、ハンターパーティである。剣の鍛錬を積んだわけでもなく、魔法も使えない自分達では分が悪いと思ったのか、どうやら力尽くではなく理詰めで対処しようと考えたようである。
その判断は、正しかった。
……確かに、一応は正しくはあったのだが……。
「それが、何か?」
「……え?」
マイルの問いに、戸惑った様子のチンピラ達。
「いえ、金銭の貸し借りと、今あなた方がそこの女性を突き飛ばし、その幼女の腕をねじり上げるという暴力行為、つまり犯罪行為を行っているということに、何の関係があるのですか?
お金を貸した相手なら、暴力を振るったり殺したりの犯罪行為を行っても構わないとでも?
警吏の方々がその言い分をお認めになるかどうか、試してみましょうか?」
「ぐっ……、屁理屈を……」
「そして今、自分達で白状しましたよね、『貸したお金のカタとして連れていく』、と。
ハイ、人身売買組織の一員であるとの自白、戴きました~!
人身売買組織の誘拐犯から少女を護るための正当防衛ですから、殺しても無罪、いえ、褒賞金が貰えます! 生きたまま捕らえられれば、犯罪奴隷の売却益の半分、戴きです!」
「「「なっ!!」」」
マイルを怒らせた場合の口論、いや、『口撃』合戦で、マイルに勝てるわけがなかった。
マイルは人間関係を構築するのは苦手であったが、屁理屈だろうがこじつけだろうが何だろうが、とにかく一方的に相手の言葉尻を捉え、揚げ足を取るのは決して不得手ではなかったのである。
「暴力行為と誘拐の現行犯、自白あり、そして既に向こうから実力行使に出ており、人質まで取っています。これはもう、武器を使って人質を救い出すしかありませんね。全武器使用自由です!」
「任せろ!」
すらりと剣を抜くメーヴィス。
「任せなさい!」
「了解です!」
杖を振り上げ、構えるレーナとポーリン。
そして、にたりと嗤うマイル。
「「「お、覚えてやがれ~~!!」」」
幼女から手を離し、典型的な負け犬台詞を叫んで、脱兎の如く逃げ去るチンピラ達。
「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」
そして、称賛と感嘆の声と共に湧き上がる拍手。いつの間にやら、見物人達に取り囲まれていたらしい。
母子が本当に危ない時には、関わり合いになるのを恐れて近寄りもしなかったくせに、状況が変わって自分達が巻き込まれる心配がなくなった途端、善人面をして、これである。
そう思って苦い顔をするポーリンであるが、マイル、レーナ、メーヴィスの3人は、そんなことは考えもしていない様子であった。
(……まぁ、一時的に追い払ったところで、何の解決にもなっていないんですけどね……)
笑顔で幼女と母親を抱き起こすマイルとメーヴィスと違い、ポーリンとレーナの眼は、全く笑っていなかった。商人の娘である、ふたりの眼は……。