338 地竜討伐 5
「買い取りを頼む」
ハンターギルド支部の裏手、素材の解体・保管倉庫へとやってきた、『ミスリルの咆哮』と『赤き誓い』一行。
グレンが大声でそう叫ぶと、少し離れたところで作業をしていたゴツい男がやってきた。
「小物の買い取りなら、本館の買い取り窓口へ行きな」
そう言われるのも、仕方ない。何せ、皆、装備品以外は手ぶらなのだから……。
小さなものは買い取り窓口で処理し、ハンターが自分で直接ここへ持ち込むのは、買い取り窓口にドカンと置かれても困るもの、すなわち、オーク丸々1頭とか、鹿や猪丸ごととか、そういったものである。
……尤も、狭くて段差があり荷車が入れないギルド支部本館の入り口を通り、オークや鹿とかを、担いで買い取り窓口まで運べるはずがないが。
もしかすると、調子に乗ってそういう獲物を窓口に持ってくる者がいないよう、わざと本館入り口をそういう造りにしているのかも知れない。どこの世界にも、お調子者というのはいるものであるから……。
「ああ、悪い悪い、こいつ、『収納持ち』なんだよ。容量が馬鹿デカくてな、大物が入ってんだよ」
考えてみれば、この街に来てから、まだマイルの収納のお披露目をしていなかった。
グレン達は、ティルス王国のギルド支部で噂を聞いていたため知っていたが、ここのハンターやギルド職員達は、まだ知らないのであった。なので、解体係の者がああ言ったのも無理はない。
それに、グレン達がAランクパーティだということも、知らないのであろう。それだけでも知っていれば、もう少し丁寧な対応だったかも知れない。……そんなことを気にするようなグレン達ではないが。
「そうか、すまん。……しかし、丸々1頭が入る収納か、凄ぇな……。将来は、最低でもBランク確実じゃねぇか」
そう、何も、ハンターの功績は魔物討伐や護衛等の、『戦闘系』だけではない。大容量の収納魔法が使えれば、様々な依頼が楽々こなせるのである。なので、『戦闘系ではなく、特殊な依頼におけるエキスパート』としてのBランクというものも存在するのである。
勿論、戦闘力が低くても、『他の者が、絶対に守るから』という約束で、BランクやAランクのパーティからの勧誘が殺到することもある。その容量によっては。
それくらい、収納魔法、それも、特に大容量の収納魔法の使い手は貴重であり、重宝されるのであった。
「じゃあ、ここに出してくれ」
「……ちょっと、狭すぎるかな……。後ろの方に出していいですか?」
解体係の男に指示されたスペースが少し狭かったため、マイルは自分達の後方、何もなく広いスペースが空いている方を手で示した。
「ん? ああ、別にそっちでも構わんが……」
自分が示した場所も充分な広さがあるのに、わざわざ別の場所を希望する未成年の子供に少し疑問を感じはしたが、収納持ちには何かそうすべき事情というか、理由があるのかも知れない。収納物を出す時に、中で流れた血が一緒に出て飛び散るとか、以前に入れていた獲物の血肉が収納内にこびりついており、それが腐敗して、悪臭が漏れるとか……。
そう考えて、あまり深く考えずに了承したのであるが……。
「じゃ、出しますね。はい!」
ずうううううぅん……
「「「「「「ぎゃあああああああ~~!!」」」」」」
「ふざけんなよ、てめーら……」
そう言って、睨んでくる解体係のおやじ。
「「「「ごめんなさい……」」」」
別に、ふざけた覚えはない。なので、謝る筋合いはない。
しかし、ここは空気を読んで、素直に謝っておいた方がいい。
それくらいのことは理解できる、『赤き誓い』の4人であった。
そして、他人の振りをしている『ミスリルの咆哮』を睨み付けることは忘れていない、レーナ。
まぁ、『ミスリルの咆哮』も、いい年をしたAランクパーティが、こんなことで解体係達に頭を下げたくはないだろう。なので、Cランクであり、まだ新米である自分達が代表して頭を下げておくのは、別に構わない。……しかし、これは『貸し』ですからね、と、眼で語っているポーリン。
マイルとメーヴィスは、苦笑い……。
「いや、まぁ、お前達が悪いわけじゃねぇけどよ……。
しかし、世の中には、『常識』ってもんがあるだろうが、『常識』ってもんがよォ!」
解体係のうちの何人かが、腰を抜かしたり、少し、……ほんの少しだけではあるが……、チビってしまったりしたため、解体場は、現在機能を停止している。
いや、たとえそれがなくとも、こんな代物を出されては、当分他の仕事はできそうにない。
「見ねぇ顔だな。余所者か?」
「修行の旅の途中、Cランクパーティの『赤き誓い』よ!」
「お礼参りの旅の途中、Aランクの『ミスリルの咆哮』だ」
レーナとグレンによる、両パーティの名乗りを聞いて、眼を丸くする解体係のおやじ。
「全員でひとつのパーティかと思ったら、まさかのAランクとCランクの別パーティかよ……。
そんで、収納持ちの嬢ちゃんは、Aランクの方か?」
「あ、いえ、私はCランクの方で、女性ばかりの4人パーティです」
「…………」
マイルの返事を聞いて、何か言いたそうな顔でグレンを見る、解体係のおやじ。
多分、『何、モタモタしてやがる?』とでも言いたいのであろう。
合同で依頼を受けるくらいならば、関係はそう悪くはないはず。ならば、金の卵、いや、ダイヤの卵を産む少女を擁する女性達のパーティを、そのまま吸収合併する。それが、常識的なパーティリーダーがとるべき選択肢であろう。
Aランクパーティからの誘いを断るような新米Cランクパーティは居やしないし、Aランクパーティの戦闘力と常識外れの収納魔法が合わされば、巨万の富を得ることなど、容易いことだと思われる。……そう、『思われる』のだ。
そして、おやじの視線の意味を正確に理解したグレンが、ぼそりと呟いた。
「……スカウトしたが、断られたんだよ……」
「……すまん」
グレンの返事に、何となく事情を察したらしきおやじは、素直に謝った。
「とにかく、今日は金は払えねぇ。徹夜で毛皮の状態や各素材の大きさや品質を確認して査定を済ませるが、金を払うのは、何日か待って貰うことになる。
めぼしい商人達に声を掛けて先払いで金を集めなきゃ、とても払えんからな、こんなもん……」
確かに、ギルドの金庫に、常時竜種を買い取るだけの金貨が詰まっているとは思えない。なので、それは仕方ないであろう。
「分かった。受付の方には何度か顔を出すから、伝えることがあれば、そっちに言伝を頼む」
グレンがそう言い、皆は解体場を後にした。後ろの方から聞こえてくる、『ギルマスを連れてこい! どうして事前に連絡を寄越さねぇんだよ、他国のAランクパーティや可愛い嬢ちゃん達の前で大恥掻いちまったじゃねぇかよ、くそったれがっっ!!』とかいう怒鳴り声は、聞こえない振りをして……。
「じゃあ、また、後日な」
「はい。では!」
そして、ギルド支部の前で別れ、それぞれの宿へと向かう、『ミスリルの咆哮』と『赤き誓い』。
報酬と素材売却益の取り分は、折半ということで、既に話はついている。
人数比からいうと『ミスリルの咆哮』の方が割を食う形であるが、戦闘における功績はともかく、マイルの収納魔法がなければ素材の極々一部しか持ち帰ることができず、今回期待できるような莫大な素材収入を得ることなど到底不可能であったことから、これでも申し訳ないくらいだと言い張られ、そういう結果に落ち着いたのであった。
ポーリンも、グレン達から素材売却益の概略の予想価格を聞いた途端、一切の文句を言うことなく黙り込んだのであった。薄気味の悪い笑みを浮かべて……。
歩き去る『赤き誓い』の後ろ姿を眺めていた『ミスリルの咆哮』の皆が、その場にがっくりと膝をついた。
「……あれが、Cランクの新米……」
「俺達は『お礼参りの旅』だというのに、あ、あいつらは、あれで、新米ハンターとして初めての『修行の旅』……」
「馬鹿げた能力の前衛に、馬鹿げた能力の魔術師。しかも、4人共、全員が……」
「はは。俺達、Aランクだよな? Aランク……だよな……」
まだまだ旅はこれからだというのに、パーティの士気がどん底まで落ちてしまった。
「いいか、我々が弱いんじゃない、あいつらが異常なんだ。だから、気に病むな。
唱和しろ、ほれ!」
「……わ、我々が弱いんじゃない、あ、あいつらが異常なんだ……」
グレンの言葉に、弱々しい声が上がった。ひとつだけ。
「もっと大きな声で! ほら、みんなで!」
「「わ、我々が弱いんじゃない、あいつらが異常なんだ……」」
「もっと! みんなで!!」
「「「「「我々が弱いんじゃない、あいつらが異常なんだ!」」」」」
「もっと! もっと! さぁ、一緒に!」
「「「「「「我々が弱いんじゃない、あいつらが異常なんだ!」」」」」」
パーティリーダーであるグレンの仕事のひとつではあるが、パーティの士気を保つというのも、結構大変なのであった……。
昨日、19日(月)、『ポーション』のコミカライズが更新されました。
更新日が水曜から月曜に変わったのを忘れて見逃している人がいたら……。
カオル「月に変わって、お仕置きよ!(^^)/」
フランセット「カ、カオルちゃん、ちょっとそれは……」
ベル「そういうキャラでは……」
レイエットちゃん「気持ち悪い……」
カオル「う、うるさいわっっ!!」