335 地竜討伐 2
「……というわけでごぜぇますだ」
村長からの説明に、ふむふむと頷く『ミスリルの咆哮』と『赤き誓い』の面々。
ここは、王都から2時間少々の、山のふもとにある小村である。
山のふもととはいえ、平野部も広がっており、岩場ではなく、比較的肥沃な土地である。村の後方に広がる山々も、禿山も少しはあるものの、その多くは木々が茂った山である。
禿山ばかりでは、地竜の餌が充分確保できないであろうから、地竜の住処としては当然かも知れないが……。
それらの山々の奥地に住んでいた地竜が、古竜の存在を感知して怯え、住処を離れて移動してきたのが今回の騒ぎの原因であろう。
ギルドで受注の時に聞いた説明、移動中の『赤き誓い』から聞いた話、そして今、村長から聞いた話から、『ミスリルの咆哮』の皆はそう判断していた。そして勿論、『赤き誓い』の面々も。
討伐依頼は、この村からの陳情を受けた領主が出したものらしく、古竜の潜伏期間が丸々1日あったとしても、驚くべき迅速さであった。余程領民を大事にしているのか、それとも、王都のすぐ近くで竜種の危険を放置したりすれば、すぐに国王の耳に入り大変なことになるからか、ともかく、ちゃんと統治者としての義務を果たす、良き領主のようである。
領軍の兵士を出してくれなかったのは、仕方ない。
魔物相手よりも対人戦を主な仮想敵として訓練している兵士では、竜種相手だと大きな被害を出す可能性がある。大金を掛けて養成した大事な兵士を失うよりは、金貨20枚という、領主にとっては端金に過ぎない金額でハンターに任せた方が、遥かに安上がりである。その素材の売却益を考慮に入れても兵士の命の方を重視する、良き領主なのであろう。
そして、ハンターにとっても、その依頼は美味しい。つまり、物事がよく分かっている領主による、皆が幸せになれる良き判断、というわけであった。
「よし、大体のことは分かった。じゃ、行くか!」
ギルドに行ったのがかなり遅めの時間だったため、既に昼過ぎになっている。今夜は野営するにしても、明るい内に会敵できれば、今日のうちに勝負をつけられるかも知れない。今はすぐに捜索を始め、暗くなるまでに見つけられなければ、夜のうちに明日の捜索計画を相談すればいい。
今は、グレンが言う通り、さっさと動くべき時であった。
(……ついてくるなぁ……)
今回は、相手が巨体であるため、見落とすとか、相手に先に見つけられて奇襲を受けるとかいう心配は、まずない。しかし、初めての相手であるし、他のパーティとの合同であり危険は冒したくないことから、マイルは索敵魔法を使っていた。そしてそれに引っ掛かったのが、後方から一定距離を保ってついてくる、4つの探知目標であった。
(この反応は、人間で、しかも、多分子供だろうなぁ。どうするべきか……)
おそらく、上級ハンターの地竜との戦いを見たかったのであろう。小さな村の子供達としては、一生に一度あるかないかの、超特大イベントなのである、無理もない……。
これが、オークやオーガの集落を襲う、とかいうのであれば、マイルは即座に皆に知らせ、子供達を追い返したであろう。相手の数が多ければ、何が起こるか分からないからである。
しかし、今回の敵は、いくら図体が大きいとはいえ、1頭のみ。そして、人質を取るとか、子供達を盾にするとかいう知恵が働くような相手ではない。『ミスリルの咆哮』と『赤き誓い』が寄って集ってタコ殴りにすれば片付く相手であり、充分距離を取っていれば、大した危険はない。
そして、マイルが戦いの前に格子力バリアを張ってやれば、『大した危険はない』から、『全く危険はない』に変わる。
(なら、問題ないか……)
前世では友達がいなくて退屈していたマイルは、子供達の遊びだとか冒険だとかには寛容であった。自分もずっと、そういう『わくわくするような冒険』をしてみたい、と思っていたので。
なので、明確な目的を持ってハンター稼業をやっている他の3人と違い、目的もなく惰性でハンターをやっているように見えるマイルであるが、実は、4人の中で一番、毎日を楽しんで生きているのであった……。
(帰る気配がないなぁ……)
ついてくる4つの探知反応を、危険から守るためにモニターし続けているマイル。
もうここまで来てしまったら、子供達だけで帰す方が心配である。なので、子供達を示す光点が引き返そうとするようであれば、その時に気付いた振りをして子供達と合流するつもりであった。そして、それ以外でも、急に停止したり、速度を上げたり四方に散ったりした場合は、魔物に出くわしたとか、何らかの危険に陥ったものと看做して駆け付けるつもりなのである。
(しかし、さすがは村育ちの子供達、よくついてこられるなぁ……)
マイルが感心するが、それは、『ミスリルの咆哮』のみんなが、今回のメンバーの中で一番体力のない者、つまりポーリンとレーナに合わせてくれているからである。
『赤き誓い』の普段の移動速度が速いのは、大荷物を背負って移動すべき時に、マイルの収納に荷物を入れて手ぶらで歩けるため、『荷物を背負った他のハンター達よりは速い』というだけであり、今回のように同じ条件であれば、体力がない上に小柄で歩幅も狭いポーリンとレーナは圧倒的に不利なのであった。
つまり、ふたりは村の子供達よりも体力がなく、森の中での移動速度が遅いということである。残念ながら……。
* *
「……もうすぐ暗くなり始める。そろそろ野営の場所を探すか……」
「あ」
グレンの呟きに、マイルが思わず声を漏らした。
そういえば、自分達は地竜を見つけるまで野営をして捜索を続けるのであった。いちいち寝るために村へ戻るというような非効率的なことをするわけがない。
では、ついてきている子供達は?
……アウト! アウトである。
子供達が、親の許可を得てついてきたとは思えない。そんなことを許可する親なんて、いるはずがないからだ。
ということは、無断で村を出た、ということである。そして、その子供達が夜になっても戻ってこなかったら……。
アウトオオオオォ!!
「こ、後方に小さな生命反応が……。多分、人間の子供です……」
(((あ~……)))
がっくりとしたマイルの様子から、レーナ達は『あ、ずっと前から気付いていたな……』と察したが、それをわざわざ口にすることはなかった。
「何だと! 村の子供達か? くそ、ついてきてやがったのか。マズいな……」
心底困った様子の、グレン。
子供達を見捨てるわけにはいかないが、今から村へ向かっても、すぐに暗くなる。
道もない森の中を子供連れで移動するのは難しく、そして危険である。いくらAランクパーティといっても、真っ暗闇で木の上や岩陰からいきなり魔物に襲い掛かられては、自分達はともかく、子供達を守り抜ける保証はない。……そして、村までの往復は大幅な時間のロスになるし、その分の報酬額が補填されるわけでもない。
苦虫を噛み潰したような顔をするグレンであるが、彼の選択肢の中に、『子供達を無視して、知らん振りをする』という項目だけは、決して存在しなかった。
「くそ、とにかく、合流するぞ。話はそれからだ!」
それに異存のある者はおらず、皆、こくりと頷いて反対方向へと引き返した。
そして、すぐに子供達の姿を見つけ、声を掛けようとした時。
突如、子供達の側の地面が盛り上がり、巨大な姿が現れた。
「なっ! ど、土竜!!」
そう、それは地竜ではなく、地中を掘り進む竜種、土竜(どりゅう。『もぐら』ではない)であった。
地面を歩く動物による振動を感知して、突然地中から現れ、地中を掘り進むために発達したその大きく強力な腕で獲物を叩き潰し、喰らう。その土竜の腕が大きく振りかぶられた。
間に合わない。
魔術師組は、今更詠唱を始めても、到底間に合わない。
マイルは、凍り付いて、全く反応できていない。
そして『ミスリルの咆哮』の前衛陣は、皆、決して悪人ではないのであるが、見知らぬ子供のために自分の命を差し出す程のお人好しではなかった。
貴重なAランクである自分達が生きていれば、これから先、多くの人々を助けることができる。それを、赤の他人である、ただの村人の子供のために今ここで死んでは、誰も助けられなくなる。そして、おそらく無理に突っ込んでも、子供も自分も死ぬだけの、無駄死にになる確率が非常に高かった。……いや、間違いなく、そうなるであろう。
なので、誰も動こうとはしなかった。
……正しい。それは、ハンターとして、確かに正しい判断であり、誰に文句を言われる謂れもないことであった。
だがここに、ハンターとしてよりも、騎士として。それも、実在の騎士ではなく、『己の心の中にある、理想の騎士』としての生き方を優先する者がいた。
間に合うかどうか。自分の命がどうなるか。そんなことは、考える必要もない。
ただ、反射的に、全力で疾走する。己の義務を果たすため。
剣を抜く暇もなく、ただ、振り下ろされる巨大な腕と子供達の間に、その身体を割り込ませた。
反射的に掲げた左腕。
そして、土竜の腕が振り下ろされた。
いくら左腕が頑丈な作り物だとは言え、それは、あくまでも『左腕は』、ということである。
その左腕を支える、肩は。
胴体は。
腰は。
足は。
……ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊の中に、無傷で残っている作り物の左腕。
おそらく、自分の左腕の能力を過信しているメーヴィスは、そういう物理的なことは分かっていない。しかし、マイルにはそれが容易に想像できた。
「駄目ええええぇ~~!!」
そして、マイルの悲鳴が響いた。