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332 Bランクパーティ 5

 翌朝、Bランクパーティの面々は、朝食を済ませると、すぐに出発していった。

 勿論、依頼任務を遂行するために、森へ向かったのである。

 いくらマイル達から話を聞いたとはいえ、それだけを報告して任務完了、などというわけにはいかない。ちゃんと現場を確認して、古竜が完全に去ったということの裏付けを取らなければならないのである。……当然のことであるが。


 しかし、何も知らずに行くのと、事情を知っていて、しかも古竜達が『じゃれ合った』現場の正確な位置まで分かっていて行くのとでは、大違いである。

 何も分からず、無駄に森をうろつくのと、確認すべきことが分かっているのとでは、天地の差がある。もう、報告することは決まっていて、その裏付けを取るだけなのであるから、依頼任務の成功は約束されているのである。


 しかも、うまくすれば、『赤き誓い』から聞いた話から考えて、現場で拾い残しのウロコの欠片が手に入る可能性がある。それも、決してそう低い確率ではなく。

 そうなれば、いくら小さな欠片ではあっても、かなりの値が付くことが期待できる。

 何せ、古竜のウロコなのである、古竜のウロコ!

 商人達も同じ事を考え、『赤き誓い』に現場の位置を聞こうとしたらしいが、『現場を荒らされると、調査依頼を受けている方々の邪魔をすることになりますから』と言って、断ってくれた。

 それに、深く感謝するハンター達であった。


 そして、彼らが出発した後、当然の如く。

「昨夜の続きですが……」

 商人達に取り囲まれた、マイル達。

「あ~、はいはい……」

 そして、仕方なさそうな態度で、料理長に許可を取り、朝の営業が終わった食堂で店開きを始めるマイル。


「昨日言いました通り、割れたり焼けたりしたやつ、1枚ずつですよ。完全なやつや、完全に近い美品は駄目ですからね!」

「「「「「「くっ……」」」」」」

 悔しそうというか、残念そうというか、ぐぬぬ、という顔をする商人達であるが、いくら昨日の夕食時に少し騒がせたとはいえ、とても古竜のウロコを無条件で提供するほどのものではない。そんなもの、肩が少し触れたからと言って1億円請求するようなものである。

 なので、マイルの不用意な発言の責任を取るということ、そして今回の件全てを誰にも喋らないという約束をすることによって、破片や燃えさしの、言わば『破損品』とでも言うべき半端物をひとつずつ売ることに同意したのであるが、マイル達にとってはクズの部分であっても、仮にも『古竜のウロコ』なのである。尋常な価値、そして尋常な値段のものではない。

 丸々1枚で小型の手盾に、ということはできなくても、手甲に、胸当ての一部に、そして隠し持つための軽量ナイフにと、使い途はいくらでもある。そして、武器防具ではなく、お守りや祭器にするとかの用途も。


 マイル達は、僅か2~3枚しかない美品は手放す気はない。

 それは、そのあたりの商人やギルドに売るよりも、取っておいて、何かの機会に上級貴族あたりに直接声を掛ければ、文字通り、一桁違う値が付く可能性があるからである。

 欲しい者は、いくらでも出す。これは、そういう類いのものであった。

 そして、メーヴィスには内緒であるが、一番いい状態の1枚は最後まで取っておくということでマイル、レーナ、ポーリンの3人の間で話が付いていた。それは、いつの日かメーヴィスが騎士になるため、あるいは実家へ戻る時に、メーヴィスに渡すためであった。


 メーヴィスは、どうしても鍛え上げた男性ほどには腕力がない。……現在の左腕は別にして。

 なので、使用する剣は、両手、片手持ちの両用の剣、俗に片手半剣と呼ばれるものであるが、常に両手で使っており、盾を使用することはない。

 しかし、いつか盾が必要になる時が来るかも知れないし、古竜のウロコを使った盾を持っているということは、おそらくかなりのステータスとなるはずであり、その存在だけでもメーヴィスの役に立つであろう。3人が、そう考えて出した結論であった。

 もしメーヴィスの義手が右腕であったならば、剣を右腕だけで楽々操り、左腕に小型の手盾を装備する、という方法もあったが、それは言っても意味のないことであるし、今更利き腕を変えて左腕で剣を振れ、と言うわけにもいかないだろう。


(まぁ、あの古竜を呼び出せば、ウロコの数枚くらい、その場で剥がして差し出してくれるでしょうけどね。爪を剥がすほどは痛くないでしょう……)

 マイル、結構酷い奴であった。


 そして、各々ひとかけらずつウロコを選び、こういう不時のチャンスに備えて持っているらしき予備のお金を吐き出して、商人達も宿を出ていった。

 勿論、王都に来た本来の用事を済ませるためであろうが、皆、やけに急いでいた。

「あ~、あれは、どこかで急いでお金を調達して、あのハンター達の帰りを待ち伏せるつもりですね。そして、ウロコの残りを回収していれば、買い取るつもりなのでしょう。

 ギルドへの報告が終わるまでは、証拠の品として売るわけにはいかないでしょうけど、報告が終わった後は普通に取得物として売れるでしょうから、事前に押さえて、報告前に売買契約を結ぼうとか考えているのでしょう。報告が終わってウロコの存在が知られれば、商売敵が群がりますからね。

 でも、多くの商人達に競合させた方が値が吊り上げられると分かっているのに、そんな話に乗るとは思えませんけどね、ベテランであるBランクハンターともあろう者が……」


 当たり前である。

 マイル達は、お金にはあまり困っていないし、傷んだ破片ならかなり回収している。そして、昨日の負い目もあったから、お詫びと口止めの意味も込めて、大サービスで売ってあげただけである。ほんのひとかけらずつを……。

 そういう意図のないハンターが、そのようなサービスを行うわけがなかった。

「ま、私達には関係ないわよ。商人達の健闘を祈りましょ」

 そして、レーナのひと言で、話は終わった。


     *     *


「え~と、新しい依頼は、と……」

 ギルド支部で、依頼ボードを眺める『赤き誓い』一行。

 他には、依頼ボードを見ているハンターはいない。

 それもそのはず。

「ちょっと、遅すぎです……」

 そう、マイルが言う通り、既に朝2の鐘をかなり過ぎている。こんな時間になっても仕事に出ていない者は、依頼主と会う約束がある者か、怠惰な怠け者くらいである。朝イチで新規の依頼書が貼られるというのに、こんな時間にいい依頼が残っているはずがなかった。


『赤き誓い』の面々は、昨日かなり疲れたものの、結局は、ハンターとしての仕事はしていない。……香辛料少々とウロコのクズ部分を売って、お金はかなり稼いだが。

 そして、その程度のことで、再び休暇を取ることは気が引けたため、大幅に出遅れはしたものの、ギルドへ顔を出したわけである。何、良い依頼がなければ、適当に常時依頼か素材採取でもすればいいのである。

 そう考えて、のんびりと依頼ボードを眺めていると……。

「「「「……え?」」」」

 こんな中途半端な時間に、ギルド職員の手によって新たな依頼カードがボードに貼られた。

 勿論、すぐさまそれに眼をやる『赤き誓い』の面々。他のハンター達も、何事かと群がり寄ってきた。


『地竜討伐 可及的(すみ)やかに 金貨20枚 素材は討伐者のものとする』


「「「「おおおおお!」」」」

 思わず声を上げる、『赤き誓い』一同。

 地竜。

 古竜とは較べるべくもないが、それでも、一応は『竜種』である。

 滅多に出ない討伐対象であり、参加人数に関わらず金貨20枚というのは報酬金としては少ないが、素材の売却益を考えれば、悪くはない。アレである、外国のサービス業は給料は少ないが、その分、チップで稼げるからいいだろ、方式。従業員の給料分まで払わされる客は堪ったもんじゃないが、日本人と違い、地竜は文句を言わないので問題ない。


 とにかく、普通であれば4~5パーティが合同で受けるような依頼であり、それだとひとり当たり金貨1枚と素材売却益、ということになるが、それでも結構、いや、すごく美味しい。それを、『赤き誓い』が単独で受ければ……。


 気が付くと、周りでは数人のハンターやギルド職員達が話をしていた。

「滅多に出ない竜種が今出たとなると、やはり、古竜のせいか……」

「だろうな。あまりにもタイミングが良すぎる」

「古竜だけでも大問題だというのに……。くそ、Bランクの奴ら、古竜調査を受けてくれた『明日の栄光』以外、怖じ気づいてギルドに顔を出しやがらねぇ。腰抜け共めが……」

 どうやら、日頃偉そうにしているBランクパーティが、古竜の件を請け負ったあのパーティ以外、ギルドに顔を見せないらしい。

 多分、ギルド職員に捕まって、指名依頼を出されるのを嫌がっているのであろう。指名依頼を出されても断ることはできるが、さすがに、このような時に指名依頼を断ったりすれば、信頼と威信を一度に失う。なので、意図的に顔を出さないのであろう。

 しかし、顔を見せないBランクパーティを罵倒しているベテランCランクパーティ達も、高ランクパーティ抜きで自分達が受ける気はないらしく、文句を言うだけで、受注する気配はない。

 ギルド側も、さすがにCランクパーティに地竜討伐の指名依頼を出すのは無謀すぎるからか、そうする様子はなかった。


「……あれ?」

 マイルが、依頼カードに書かれている依頼場所を、壁に貼られている地図……このポンチ絵を『地図』と呼ぶのは、伊能忠敬が助走をつけて殴りかかってくるレベルであるが……で確認すると、例の森とは全く違う場所であった。


「古竜が待機していたあたりなんじゃないの? 私達が王都を出てどっちへ行くかなんて分かっちゃいなかったでしょうから、獣人達の指示で合図を打ち上げるまで、見当違いの場所で待機してたんでしょ、多分」

「あ、そうか……」

 レーナの予想を聞き、納得するマイル。

 確かに、古竜達が飛来した方角との矛盾はない。

「じゃ、これ、受けるわよ?」

「「「おお!」」」




「皆様には、この依頼はお受け戴くことはできません」

「え? どうして……。この依頼には、ランク指定は付いてないわよ?」

 受付嬢の言葉に、そう聞き返すレーナ。

 そう、この依頼には、ランク指定はなかった。つまり、死のうがどうしようが、自己責任。そういうことである。だから、Cランクの『赤き誓い』でも受注できるはずであった。しかし……。

「それは、複数パーティで共同受注されるから、指定していないだけです! Bランクパーティ3つと、ベテランのCランクパーティひとつ、とか……。駆け出しのCランクパーティひとつに受注させることなんか、想定されていませんよっ!」

 沈着冷静が売りのはずのハンターギルド受付嬢に怒鳴られるなど、そうそうあることではない。


 確かに、『赤き誓い』の年齢構成から考えて、凄腕、などと思う者がいるはずがない。Cランクパーティであるということすら疑われるレベルである。

 そしてレーナの機嫌が急速に悪くなり、マイル達が爆発の危険に顔を引き攣らせていると、後ろから声が掛けられた。

「俺達が一緒に受注する、ということじゃあ、駄目か?」

 マイル達が振り向くと、そこには、懐かしい顔があった。

「「「グレンさん!」」」

「……誰?」

 そう、マイルは、前世の頃から、人の顔を覚えるのが苦手であった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれっ?らくらくと左手でメインの剣振りましたよね、そこまでためしてなかったのか>もしメーヴィスの義手が右腕であったならば、剣を右腕だけで楽々操り、左腕に小型の手盾を装備する、という方法もあっ…
[良い点] マイルの「誰?」には親近感がわきます。 あれだけ楽しい模擬戦を繰り広げたにもかかわらず、1回しか会ってない人の顔と名前を記憶に残すことができないのも理解できます。 モデルとなる人物がいるの…
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