330 Bランクパーティ 3
「こ、これは……」
「ふむ、このあたりにはない香辛料ですな……」
「調理法も、珍しいですぞ。異国の料理ですかな……」
ハンターの連中を押し退けて、マイルが出した料理を次々と試食する客達。どうやらその大半は、やはり商人らしい。
地元の者は宿になど泊まらないし、働くために王都へやってくる者達は、普通はもっと安い宿に泊まる。稼ぎに来て、無用な贅沢をして余計な散財をするような者はいない。
そして、その程度のお金は気にならない者、端金より安全と快適さの方を優先する者、自分の地位と信用度を保つため、高い宿に泊まるのも仕事のうちであり、必要経費であると考える者となると、どうしても、他の街から取引のために王都にやってきた、そこそこ遣り手の商人達、ということになるのであった。……定宿にしている上位ランクのハンターとかを除けば。
「ん? この料理は……」
「あ、それは、鹿の内臓を香辛料と『ショーユ』という調味料で煮染めた……」
「旨いのは、確かに旨いですな。しかし、内臓如きに、高価な香辛料をこんなに使うとは……」
商人らしき人の呆れたような顔に、マイルが説明する。
「あ、それに使った香辛料、辛いだけで味にコクや深みというものが皆無の、安物なんですよ。だから、増量剤として色々なものを混ぜてそのあたりをカバーしているんですけど、それに手間が掛かって……。その代わり、原価は安いんですけどね、あはは……」
ギンッ!!
「「「「ひいっ!」」」」
『赤き誓い』一同、そう、あのポーリンまでもが、思わず小さな悲鳴を上げる程の、商人達からの視線。……そう、人を殺しそうな、という表現がぴったりの、殺視線である。
マイルは、自分が今、商人に向かって何を言ってしまったのかを、よく理解していない様子。
あの、初めてポーリンのホット魔法からカプサイシンを抽出した時に、その危険性には自分から言及していたのではなかったのか。
……そう、自分の料理が『赤き誓い』の仲間以外に、それも美味しいものを食べ慣れているであろう上級ハンターや中堅以上の商人達に受けていることに気を良くして、料理の自慢をする方に気が行ってしまい、警戒心が疎かになってしまっていたのである。
いくら前世で頭が良かったとはいえ、それは勉強においての話であり、対人的なやりとりや、相手の心情を思い量るという方面には疎かったマイルにとって、それは無理からぬ失敗であった。
「「「「「「在庫の全てを、いくらでお譲り戴けますかな?」」」」」」
ギンッッッ!!
一斉に口に出された言葉と、その瞬間、互いに睨み合う商人達。
「こ、怖いわよ!」
「勘弁してくれ……」
腰が引けた、レーナとメーヴィス。
さすがに声は漏らさないが、少し顔色が悪くなった様子のポーリン。
いくらポーリンでも、遣り手商人の本気の殺気の応酬は、精神的にクるものがあったらしい。
「あ、商談は、後でポーリンさんの方へ……」
そして、ポーリンの心情を思い遣ることもなく、平然とポーリンに丸投げするマイル。
いや、マイルとしては当たり前の行動であり、別に何の不思議もないのであるが……。
「いや、しかし、旨いものを食べられて、ありがたいよ」
その時、空気を読んだハンターのひとり、……最初に『赤き誓い』に声を掛けた男である。どうやら、パーティリーダーらしい……が、マイルに向かって話し掛けた。
「明日は、生きて帰れるかどうか分からない仕事に出るからな。これだけ旨いものを食べられたなら、最後の夕食としては文句ない。満足のゆく食事だった。ありがとうよ、嬢ちゃん達……」
「「「「え?」」」」
上級ハンターが、戦争や魔物の暴走でもないのに、『生きて帰れるかどうか分からない』などという仕事を受けるはずがない。そんなものを受けていれば、命がいくつあったって足りやしない。指名依頼であっても、拒否すれば済むことである。
「ど、どうして……」
そう、レーナが尋ねるのも無理はない。
「ああ、ついさっき受けた指名依頼を断りづらくてな。Aランク以上のパーティは不在、他のBランクパーティは危険を察知したのか、ギルドに顔を出さねぇらしくてな……。
何しろ、下手をすれば、王都を含めた周辺の街や村、そして国自体が滅びかねない緊急事態だ。御指名とあらば、Bランクハンターとしちゃ、断れねぇだろ。立場と、意地と、……そして信念に懸けてな!」
「「「「…………」」」」
分かる。
分かるから、何も言えない、『赤き誓い』の面々。
パーティの他のメンバー達も、平然として笑い、試食の料理を摘まみ続けている。
おそらく、状況を知らずにたまたま顔を出したギルドで、捕まって押し付けられたのであろう、ギルドからの指名依頼。断ろうと思えば、断れたはずである。
しかし、意地と誇りに懸けて、受ける。
『赤い依頼』だと分かっている、その依頼を。
それが、ハンター。上級ハンターというものである。
ちらり
レーナが、素早く他の3人に視線を向けた。
こくり
こくり
こくり……
決まりであった。
生まれや育ちは違っても、冒険好きは、4人共。
「それは、どんな依頼なのかしら?」
レーナ、大先輩達に対して、タメ口である。
……悪気はない。悪気はないのである、決して。
「ああ、既に噂は広まってるからな、秘密でも何でもないが……。
古竜だ。今朝、近くの森や、その周辺を飛び回る4頭の古竜が目撃された。
大勢の者達に目撃され、その中には、その手のことに詳しい奴も何人か含まれていたそうだ。見間違いとかじゃなく、間違いなく古竜だったらしい。
辺境の山岳部で1頭だけ、というのでも大騒ぎなのに、王都のすぐ近くで、4頭だぞ、4頭!!
下手をすれば、うちの国だけでは済まねぇかも知れん。とにかく、何とか奴らと接触して、穏やかな話し合いに持ち込んで、無事、円満に……、って、そんなに幸運が続くわけねぇだろ! クソがっ!!」
さすがに、自分で言っていて、無理だと思ったらしい。頭を抱えてテーブルに突っ伏している。
「「「「あ~……」」」」
気まずそうな様子の、『赤き誓い』一同。
しかし、黙っていて、彼らに何日も無駄足を踏ませるのも申し訳ない。それも、死を覚悟した最悪の精神状態で、というのは、キツ過ぎるだろう。
なので、仕方なく、皆に目配せで了解を取った後、マイルが話し掛けた。
「あ~、それ、もう解決しましたから……」
「「「「「え?」」」」」
「4頭の古竜なら、もう用事は終わったとかで、里に帰りました。ちょっとした用事だったらしく、もうこのあたりには用はないそうです。たまたま森で出会いまして、そう聞きました」
「「「「「えええええええ!!」」」」」
懐疑的な眼、眼、眼……。
まぁ、普通、信じないであろう。
そこで、マイルはアイテムボックスからアレを取り出した。
そう、古竜達が帰った後、戦いの場に残されていたのを回収した、アレを。
「これが、証拠の品、『古竜のウロコ』と肉片です」
「「「「「「「「えええええええええええええええええ~~っっっ!!」」」」」」」」
今度は、ハンター達だけでなく、他の客や料理人達、全員の叫び声が響いた。多分、宿屋の外まで聞こえているであろう。
「「「「「「「「こ、こここ、古竜のウロコと肉!!」」」」」」」」
「……いや、その前に、古竜のウロコと肉片が飛び散るような出来事って、どんな事態だよ!
とんでもねぇ大事件じゃねぇか! 魔王でも出現して、古竜の戦士隊が決戦でも挑んだのかよ!」
さすが、Bランクパーティのリーダーである。金目のものより、そっちが気になるようであった。
しかし、勿論、正直に本当のことを話すわけにはいかない。
「え~と、用事が終わった後の、仲間内での軽いじゃれ合い?」
しかし、マイルの説明は、リーダーの男に斬って捨てられた。
「どうして、軽いじゃれ合いで、あの『古竜のウロコ』が切断されていたり、半分燃えていたりするんだよ! まともな状態のやつ、ほんの数枚だけじゃねぇかよ! おまけに、このぐちゃぐちゃになった肉片は何だよ、この肉片は!!」
レーナに焼かれ、炎を消そうと掻きむしられて剥がれたウロコ。
メーヴィスの剣で切り裂かれた時に飛び散ったウロコ。
そしてポーリンのドリル弾頭で抉られ、飛び散ったウロコと肉片。
とても、仲間内での軽いじゃれ合いの結果だとは思えなかった。
「「「「…………軽いじゃれ合いでした」」」」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
そして、マイルは考えた。
このどうしようもない状況を打破するには、アレしかないと。
そう、混沌を打破するには、更なる混沌をぶつければ良いのだ、と……。
そして放たれる、マイルの時空破壊爆弾。
「これって、売れますかねぇ?」
そして、地上に地獄が出現したのであった……。