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33 卒業検定 2

「やったな!」

「よくやったわ! 我がパーティにとって、幸先の良いスタートね」

「凄かったです、ポーリンさん!」


 試合前の、あまりに酷い暴言のことは忘れてポーリンの勝利を祝福する3人。

 ポーリンは、くしゃっと顔を歪めると、真っ赤な顔をして座り込んだ。緊張の糸が、と言うより、怒りによるハイテンションが終わって正気に戻ったのであろう。

 もしかすると、マイルの夜話の影響で患った厨二病的なセリフを大勢の前で言ってしまったことに、今更ながら気付いたせいかも知れなかった。


「さぁ、ポーリンが頑張ったんだから、負けていられないわよ!」

 レーナの言葉に頷き、模擬戦用の刃引きの剣を装備し歩き出すメーヴィス。

 厨二病患者、二人目である。




 メーヴィスの相手は、二十歳台半ばの少し若い剣士であった。

 普通であれば、まだ、良くてCランクの中堅あたりの年齢であるが、既にBランク、それも『ミスリルの咆哮』の一員である。

 リーダーである、Aランクハンターのグレンにはまだまだ及ばないが、『天才』という名に充分値する才能であった。

 しかも、整った顔に気障な仕草で王都の女性達の人気を集め、『ミスリルの咆哮』をより有名にすることに一役買っていた。

 

 しかし、いくら若いと言っても、十七歳のメーヴィスとは十歳近い差がある。その年齢の差は、そのまま訓練量と経験の差であった。

 そして、男女の体格差、力の差。

 対人戦における経験量の差は大きい。しかも汚い手をあまり使わないメーヴィスにとって、海千山千のハンターに対する勝ち目は少なかった。

 だが、メーヴィスにとりそのようなことは関係ない。

 ただ、己の全力を出し切るのみ!

 そう考え、相手に対し礼をし、剣を抜くメーヴィス。


「……すまぬな」

「なに? 何を謝っている?」

 メーヴィスの言葉に、怪訝そうに聞き返す剣士。

 それに、にっこりと笑って答えるメーヴィス。

「いや、公衆の面前で年下の新人の女に負ける恥を晒させるのは申し訳ないと思ってな……」

「き、貴様………」


 ひゅん!

 きぃん!

 目にも止まらぬ速さで振られた剣士の剣を、涼しい顔で受けるメーヴィス。


 きんきんきんきんきんきんきんきん!


 そして、剣士からの連撃をこともなげに捌く。


「あれ? こんなものなのか……?」

 最近は、マイルとベイルのふたりとしか打ち合っていない。他の者は、この3人と打ち合うのを嫌がるので。そのため、メーヴィスの基準は少しずれていた。マイル側に。

 なので、Bランクのハンターと打ち合えると思って期待していたのに、ベイルより遅く、手応えが感じられなかったのである。

 そのために思わず漏れた、失望と落胆の声。


「な、なに、を………」

 途中から本気で振ったのに、養成学校の卒業生に全て簡単に捌かれた。

 Bランクハンターとしての矜持が微塵に砕かれ、顔色が青ざめる。


「では、今度はこちらから……」


 ぎんぎんぎんぎんぎんぎんぎんぎんぎん!


「う、うあぁ……」


 メーヴィスの連撃を何とかかろうじて防いだものの、しだいに速くなる剣速に、捌くのがやっとの剣士。斬撃の威力も強い。


「では、身体も暖まってきたことだし、お互いそろそろ本気で行きましょうか!」

「な、何……」


 がんがんがんがんがんがんがんがんがん!


 がしぃ!

「ぐあっ!」


 左腋にまともに剣を受け、半ば弾き飛ばされるように崩れ落ちた若い剣士。

 まだ試合時間が短いためか、終了の声はかからない。

 これは勝敗を決するのが目的ではなく、受検者の能力を見るのが目的なので、あまり早く終わられても困るのである。


「うう……」

 刃引きの剣とは言え、鉄の棒で殴られたのとそう変わらない。金属鎧ならばともかく、ハンターが装備する皮鎧ではかなりのダメージがはいる。

 剣士の男は、苦痛を堪えながら何とか立ち上がった。

 ようやく剣を構えた剣士に、メーヴィスが告げた。


「今のが、『神速剣1.2倍』です。次は、『神速剣1.3倍』でお相手します」

「な、なに、を……」


 ひゅごっ!

「ぐあぁ!」


 万全の体調で見切れなかったものが、今の体調で、より速くなった剣を見切れるわけがなかった。


「そこまでっっ! 治癒魔法を!」

 もはや立ち上がれそうにない剣士の様子に、試合終了の声が掛けられた。

 まだ戦い足りないのか、メーヴィスは不満そうな顔をして言った。

「まだ、あと二段階あるのだが……」


 割れんばかりの大歓声の中、退場するメーヴィス。



「な、何なのだね、あの女性剣士は! 速すぎて、剣がよく見えなかったのだが!」

 かなり興奮している財務卿。クリストファー伯爵も目を丸くしている。


「凄いではないか! 彼女が、『期待の新人』なのか!」

「彼女の最近の口癖は、『どうして私だけ置いてけぼりなんだ!』です」

 国王の言葉に、再び微妙な顔で答えるエルバートであった。


「素敵ですわ、お姉様……」

 その後ろでは、王女様に何か変なスイッチがはいっていた。




「お疲れさま!」

 すれ違いざまにメーヴィスにそう声を掛けて、闘技場の中央へと向かうレーナ。その顔には不敵な笑みが浮かべられていた。



 その三十歳台後半くらいの魔術師は、焦ったような顔で初老の魔術師を見、そしてパーティリーダーである四十歳前後の大剣使い、グレンの顔を見たが、どちらも無言のまま、無表情であった。


 その男は、自分の力に自信があった。

 確かに、パーティの筆頭魔術師である『じいさん』こと、竜滅のアンゼルムには敵わない。しかしそれは、単に経験量の差に過ぎない。自分の2倍近い年月をハンターとして、魔術師として生きているのだから、知識や技術が多少上回っていても、それは当たり前のことだ。自分も、あの歳になる頃にはもっと強くなっている。少なくとも、じいさんが今の自分の年齢だった頃よりは、俺は強い。今現在でも、もしかすると戦い方によっては既に体力が衰えたじいさんに勝てるかも知れない。

 そう思っていた男は、今、動揺していた。


 パーティランクAへの昇格も間近と言われている『ミスリルの咆哮』のメンバーが、ハンター養成学校の卒業生にまさかの二連敗。

 それは、決して許されることではない。

 そんなパーティを誰がAランクに推してくれる?

 いや、そもそも、そんなパーティに難易度が高い任務を依頼してくれるのか?

 しかし、考えてみれば、Bランクのハンターが学生に負けるはずがない。しかも二連敗などとは!

 嵌められたのではないか? 『ミスリルの咆哮』に恥を掻かせて信用を失わせ、潰そうと企む何者かに。


 学校側は、最後の方に強い奴を持ってきている。ということは、この後の奴は更に強い? そんな馬鹿な!

 だが、もし本当にそうだったら? 万一自分も負けたら?

 本当に自分でいいのか? ここは、経験豊富なじいさんかリーダーが出た方がいいんじゃないのか?

 俺が、大勢の前で子供に負けるだと? そんなことがあって良いはずが……。


 魔術師は、乱れる心を抑え込み、仕方なく闘技場へと歩み出した。



 互いに攻撃魔法の使い手なので、少し距離を取って対峙するふたり。


「よろしくお願いしますわ。あ、ところであなた、御家族はいらっしゃいますの?」

「……っ!!」


 何のためにそれを聞いた!

 残される家族の心配かッッ!!


 魔術師は恐怖に包まれて平静を失った。

 いや、平静を失ったのは、闘技場に出てくる前からだったのかも知れない。


「獄炎の猛火よ、敵を包み焼き尽くせ! 炎熱地獄!!」

「なっ、馬鹿、やめろぉっ!」


『ミスリルの咆哮』の待機場所から叫び声が上がった。

 無理もない。その呪文は上位の魔物に対峙した時に使うもの。

 わざと少し外すとか寸止めで消すとかいうこととは無縁の、致死魔法であった。

 自分が最も速く撃てる、使い慣れていて威力がある魔法。

 焦りと不安、そして恐怖に動転した魔術師は反射的にそれを放ってしまったのであった。


 かなりの経験を積んだとは言え、師匠に当たる同じパーティの初老の魔術師に言わせれば『まだまだ』であるその魔術師も、当然のことながら後衛であった。

 後方から強力な攻撃魔法を放つのが役割であり、頼りになる前衛や中衛のお陰で、敵の直接攻撃を受けるようなことはここ数年の間一度もなかった。

 魔法攻撃を受けることもほとんどない。古竜等の一部を除き魔物は総じて頭が良くなく、魔法を使う魔物も自分に一番近い敵に向かって攻撃するため後方に魔法攻撃が来ることはそう多くないし、魔物の魔法くらいであれば、その魔術師くらいの腕ならば簡単に防げる。

 護衛任務等における対人戦においても、凄腕の魔術師と戦うことはほとんどない。そのような腕があれば罪を犯したり盗賊に身を落とす必要がないからである。

 よって、若い時からなまじ高ランクのパーティにいたがために生命の危機を実感する機会に乏しかったその魔術師は、優れた攻撃能力の割には精神的に打たれ弱かった。

 後進の育成のためにとボランティア感覚で引き受けた仕事で、まさかパーティの面目を潰すような事態に陥るとは思ってもおらず。更に自分がその不名誉を助長する可能性がある立場になるとは考えてもいなかった。そして碌な心の準備もしていない状態で頭に浮かぶ、『もし、高威力の魔法を、技術不足のためにわざと外したり命中寸前で消したりすることなく直撃でもされたら。いや、技術不足を装って、狙い澄ました一撃を喰らったら!』という不安と恐怖。

 妻と子供を置いて、こんなところで意味もない無駄死にをしてたまるか!!

 そう思った次の瞬間には、反射的に『咄嗟の場合にいつも使う、使い慣れた攻撃魔法』が放たれていたのであった。



 小さな少女を包み込み、その姿を覆い隠して燃え盛る地獄の業火。

 しばらくして正気を取り戻した魔術師は己がしでかした事に気付き呆然としたが、全ては遅かった。

 魔法の効果が切れて炎が収まるまで、もうどうしようもなかった。もう、残された心配事は、遺族に渡せるだけの骨が残っているかどうかということだけである。


「あ、あ、ああぁ……」

 地面にへたり込み呆然とする魔術師と、小さな少女を襲ったあまりの悲劇に声も無い観客達。

 そしてしだいに消えていく炎の中から姿を見せたのは……。


「あら、もうお終いなの?」

「「「「え………」」」」


「私も得意魔法は火魔法だけど、最近は氷結魔法や防御魔法も得意になったのよ?」

 平然とした顔のレーナであった。


「あの子が言っていた、『防御は最大の攻撃なり』というのは、こういう事だったのかしら?」

 完全に戦意を喪失して座り込んだまま何やら呟いている魔術師を見て、レーナが呟いた。そして、決着を付けるべく呪文の詠唱を始めた。

 そう、自分が攻撃されたのと同じ呪文を。


「獄炎の猛火よ、敵を包み焼き尽くせ! 炎熱…」

「そ、そこまでぇ! そこまでェェェ!!」

 必死そうな声で、試合終了の宣言が叫ばれた。

 落ち着いた顔をしていたが、実はレーナ、少し怒っていたようである。




「な、何なんだあれは! 本当にどうなっているんだ、今期の学生は!」

 例によって、興奮して叫ぶ財務卿。

「攻撃魔法は見られなかったが、あそこで止めなければ今度こそ本当に大惨事だっただろう。止められなければ多分撃てたのだろうからな、あの魔法……。

 まぁ、あの防御魔法だけで実力は十二分に分かったから、検定としては問題ないか……」

 本当に危なかった、という顔でそう言うクリストファー伯爵。

 エルバートは、4人が実力を隠していることには気付いていたもののこれ程とは思っておらず、呆然としていた。


「す、凄いですわ、凄いですわ!」

「父上、私も養成学校とやらに行けば、あんなに強くなれるのでしょうか?」

 眼を輝かせた王女と王子の頭をぽんぽんと軽く叩いてやりながら、国王は小さく呟いた。

「時代が、変わろうとしておるのか? 長く停滞した、この時代が……」




「勝ちなさい」

 すれ違いざまにレーナからかけられた言葉に、マイルは苦笑い。

 そして引っ込んだレーナに代わり闘技場に出てきたマイルを見て、『ミスリルの咆哮』は揉めていた。


「相手は魔術師だ、私が出るに決まっているだろう!」

「いや、あの格好は、どう見ても剣士だろうが! 私が行く!」

 初老の魔術師と四十歳前後の槍士が、互いに自分が出ると言って揉めているのである。

 しばらくそれを見ていた大剣使いのグレンが、リーダーとして裁定を下した。


「……俺が出る」

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[一言] "「素敵ですわ、お姉様……」  その後ろでは、王女様に何か変なスイッチがはいっていた。" wwwwww
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