329 Bランクパーティ 2
「じゃあ、お詫びの印に、これを……」
席を立って、ハンター達のテーブルに歩み寄ったマイルが、アイテムボックスから料理が載った皿をいくつか取り出して、彼らのテーブルの上に置いた。
「加熱魔法!」
そして、暖かいままだと怪しまれると考え、今、魔法で再加熱したかのように見せかけるマイル。言葉だけで、実際には何もしていない。
「収納魔法?」
ハンターのひとり、最初にマイル達に声を掛けてきた男が、驚いたような声を出した。
「収納魔法持ちなら、容量と、遣りようによっちゃあ、かなり稼げるか……。いや、すまなかったな、ホント……」
浪費を窘めたふたりも、バツが悪そうな顔をしている。
食堂で持ち込み料理を出すのはマナー違反ではあろうが、このハンター達は既に料理は殆ど食べ終えているし、これから追加注文するとも思えない。それに、ほんの少し味見させるだけなので、これくらいは宿の人も見逃してくれるであろうとの、マイルの勝手な判断であった。
そう、マイルは、実は結構負けず嫌いであった。なので、自分達が悪かったと思いながらも、馬鹿にされた部分は確実に潰しておこうとしているのである。……謝罪の振りをして。
まずは、どうせギルドでは隠さないのでここで公開しても問題のない、収納魔法の提示。これにより、『赤き誓い』がお金に困るような貧乏パーティではないということが証明できる。
そして次に、マイルが作った料理の味見。これによって、先程の、ここの料理に対する評価が素人のカッコ付けによる適当なものではないということを証明するのである。
……謝罪の振りをして。
「……でも、加熱魔法、って?」
「加熱して、料理を温め直す魔法です」
「いや、それくらいは分かるわよ……」
わざと的外れの回答を返すマイル。誤魔化すための設定を、何でもかんでも説明したりはしない。
マイルに説明する気が全くないということを察した女性は、諦めてマイルが出した皿から料理を摘まんだ。
「……! !! !!!!!」
眼を剥いて、更に同じ料理にフォークを突き刺そうとした女性を、マイルが制止した。
「味見だけです、満腹になるための料理として出したんじゃ、お店の営業妨害になっちゃいますから! それに、他の人が味見できなくなっちゃいますし、そもそも、そればかり食べると、他の料理の味見ができなくなりますから!」
マイルの言葉に納得したのか、渋々フォークを握り締めた手を引く女性ハンター。
「……こ、この料理は?」
「岩トカゲの唐揚げです。下処理した岩トカゲの肉に私が作った特製の調味粉をまぶし、熱風魔法で加熱調理したものです」
「まっ、魔法で調理だと!」
今度は、男性陣から驚きの声が。
「魔法で竈の薪に着火するならばともかく、魔法で加熱し続けて調理するだと? そんな馬鹿げた魔力の使い方をする魔術師が、いるはず……、って、ここにいるのかよ……」
喋りながら、急激にトーンダウンする男性ハンター。
そして、力なくフォークで唐揚げを突き刺し、口へと運ぶ。
「う? う……、うう、……う? 何じゃ、こりゃああああぁ~~!!」
そして、再び元気になった男性ハンター。
「ジューシィで、ほくほくしていて、カリカリしてる! 油でぎとぎとしているわけでも、煮込まれてじゅくじゅくしているわけでも、焼かれて固くなっているわけでもなく、そして香辛料を使った贅沢な辛味が、ほんのりとして……。
何だよ、これ、いったい何なんだよ! こんなの食ってたんじゃ、ここの料理に70点台しか付けないの、当たり前じゃねーか!」
(よし、任務完了!)
マイルは、目的を完遂できて、満足そうであった。
「他の料理も、味見してくださいね」
マイルの言葉に、他の皿の料理にも手を伸ばすハンター達。
「な……」
「こ、これ……」
「旨い……」
次々に上がる、驚嘆と絶賛の声。
(うむうむ、そうであろう、そうであろう……)
むふー、と鼻息を漏らすマイルと、呆れたような顔でそんなマイルを見るレーナ達。
そして、マイルがふと気が付くと。
「うわっ!」
いつの間にか、他の客達が席を立って、マイルとハンター達の席を取り囲んでいた。
「な、何事……」
たじろぐマイルに、そのうちのひとりが頼み込んだ。
「すまんが、儂達にも味見をさせて貰えんじゃろうか……。勿論、金は払う!」
そして、こくこくと頷く、他の客達。
「い、いえ、そこまで大規模になると、お店の人に申し訳が……」
マイルがそう言って断ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
「構いませんよ。今いるお客様方は、もう皆さん食事の注文を終えられた方達ばかりですから。
但し、私にも試食させて戴ければ、という条件を付けさせて戴きますが」
見たところ、明らかにここの料理人さんである。そして話の内容から、ここの責任者、つまり総料理長なのであろう。
ここで断ると、今出している試食の品について責められると弱い。
逃げ道を塞がれた……。
「ううっ……。で、では、料理人さんは『持ち込み料と相殺』ということで、無料で。その他のお客さん方は、さっきの騒ぎのお詫び、お騒がせ賃として、同じく無料で、御提供します。
使用している食材や香辛料が御入り用の方は、後でお分けすることが可能です。勿論、そっちは有料ですよ!」
そう、試食品で小金を稼ぐというのは、マイルの趣味ではない。狩っただけの獲物や転売品ではなく、自分が作った料理は、美味しいと言って貰え、喜んで貰えれば、それでいい。
でも、ポーリンが怖いから、一応、商売っぽいことも口にしておくマイルであった。
そして、この人数になったのでは今テーブルに出しているだけでは少ないかな、と思ったマイルは、アイテムボックスから追加の料理を出した。野外行動で時間のない時に備え、暇な時に多めに作った料理をかなり貯蔵してあるので、料理のストックは充分であった。時間経過のないアイテムボックス様々である。
「「「「「え……」」」」」
そして、追加で出てきた料理を見て、絶句する客達と料理人。
既に収納持ちであることは先程見て知っていたし、これくらいの量であれば、平均的な収納持ちならば収納できてもおかしくはない。
しかし、先程は直接見てはいなかったため気付かずスルーしてしまったこと、つまり『皿に盛った料理が、溢れることなくそのまま出てきた』というところ。そして今回はマイルがうっかりと『なんちゃって加熱魔法の呪文』を唱え忘れたため、なぜか収納から料理が温かいまま出てきてしまったところを、まともに見てしまったのである。
「「「あ……」」」
レーナ達はマイルのミスに気付いて声を漏らしたが、マイル自身は、自分が犯した失敗に、まだ気付いていなかった。そしてそれを、レーナ達がこの場で指摘するわけにもいかない。却って注意を引くだけである。
なのでレーナ達はそれをスルーするしかなく、客達も、それぞれ思うところはあったであろうが、マイルと料理の皿を凝視しながらも、そのまま無言でスルーした。さすが、高級な宿に泊まる者達である。これが安宿ならば、騒ぎ出した客達でカオスになるところである。
この客達は、この宿の常連であるBランクハンター達が絶賛した料理を食べてみたい、という好奇心があったのは勿論であるが、それだけであれば、食事中に席を立って他人の食卓に顔を突っ込むようなことはしない。商人の中の底辺層、担ぎ行商をやっているような連中とは違うのである。
では、どうしてそのような、普通ならばやらかさないマナー違反を平気でやってしまったのか。
……勿論、それは金の匂いを嗅ぎ付けたからであった。
いくら立場や評判が高まり大店の商店主と言われるようになっても。そして貴族や著名人と交流できる身分になっても。それでも、お金のためであれば、多少のマナー違反や恥ずかしい真似も平気でやる。初心、忘れるべからず。
それが、遣り手の商人というものであった。