326 金貨6000枚の女
古竜達は、『赤き誓い』に謝罪し、自分達は以後決して『赤き誓い』には敵対しないと誓って、去っていった。
但し、『敵対しない』というのは、ベレデテスを含んだ、この4頭だけの話である。
さすがに、この連中には部族全体のことを決定することも、約束することもできない。それは当然のことであり、問題の元凶は『新たな指導者』とかいう若造であることを知っている『赤き誓い』の面々は、それで了承してやるしかなかった。
少なくとも、古竜の一族との全面戦争になった場合、あの4頭は、それには参加せず、どこかに退避していてくれるであろう。
腰抜け呼ばわりされるかも知れないが、そこはそれ、命が助かった代償として、我慢して貰うしかない。
遺跡の時の小僧(ベレデテス談)、ウェンスとかいう少年竜は、同じく棄権してくれるのか、それとも、前回の雪辱戦とばかりに、先頭に立って突っ込んでくるのか……。そして、シェララとかいうあの少女竜は、どういう態度に出るのか。
しかし、それも、常識を弁えているであろう大人竜達が新指導者をうまく宥めコントロールすることに失敗した場合の話であり、さすがに、人間を始めとするヒト族(エルフ、ドワーフを含む)全体との全面戦争になりかねない、古竜一族全員でのヒト族領への総攻撃とかはあり得ないであろう。
たまたま、勇者が出現する時期であり、それに当たってしまった。
今回の勇者は話が分かる者であり、一方的に敵対し攻撃した古竜に対して、殺さず、治癒してくれた、いい奴である。
勇者だったのであるから、古竜が後れを取っても仕方ない。別に、普通の人間に負けたわけではないのであるから、問題ない。
……そういう風に、うまく纏めてくれるに違いない。
そう信じる、マイル達であった。
「で、メーヴィス、その左腕は何よ?」
「何なのですか?」
あれだけ激昂し、心配させられたのである。レーナとポーリンが、少し膨れながらそう問い詰めるのも、無理はない。
「あ、ああ、これは……」
そう言いかけて、助けを求めるようにマイルの方を見るメーヴィス。
事は、マイルの能力に関することである。そして当然、これもまた『お家の秘伝』なのであろう。なので、いくら同じパーティの仲間とはいえ、他の者に、どこまで喋っていいのか分からない。
そして、詳しいことは、実は自分にもよく分かっていない。
なので、説明はマイルに丸投げするしかなかった。
そして、それを察したマイルが、自分で説明してくれた。
「お家の秘伝です」
「「「やっぱり……」」」
しかし、当然、それだけで済むわけがない。
レーナ達は、勿論好奇心もあるが、以後の戦いのためにも、メーヴィスの身体についてきちんと理解しておく必要があった。
メーヴィスが戦闘の真っ最中に突然体調不良になったり、その左腕が動かなくなったりすれば、致命傷である。そしてそれは、メーヴィスだけでなく、パーティ全員の命に拘わることであった。
そしてそれ以前のこととして、自分のせいでメーヴィスが左腕を、そして騎士になるという夢を失ったと思っていたポーリンが、事情を知らずに納得できるわけがない。
「詳しく説明しなさい!」
「教えて戴きます!」
「私も、この腕の使い方とか注意事項とか、詳細を教えて貰いたいのだけど……」
メーヴィスの言葉に、ぎょっとした顔でその左腕を見るレーナとポーリン。
こうなっては説明せざるを得ないし、マイルも、元々説明するつもりであった。詳細を説明せずに済ませられるわけがない。
「皆さん御存じの通り、メーヴィスさんの左腕は、古竜のブレスによって失われました。今ある腕は、作り物です。人間の腕そっくりに作られたゴーレムの腕をくっつけている、とでも考えて下さい」
「「え……」」
おそらく、マイルの治癒魔法によって部位欠損を治癒できた、とでも思っていたのであろう。心配させやがって、というような、少し軽い様子であったレーナとポーリンの表情が、一気に引き攣った。
「そ、それじゃあ、メーヴィスの左腕は……」
「はい、ちゃんと動きはしますが、生身の本当の腕ではなく、血の通っていない作り物です。義手の域は遥かに超えていますから、問題は発生しないと思いますが……」
元通りに治った、と思っていたポーリンに、マイルの言葉は激しい衝撃を与えた。
一時は罪悪感で心が押し潰されそうになり、それがマイルの治癒魔法のおかげで治ったと思い安心したら、実はその腕は作り物であり、やはり腕は失われたままであった。
義手。
騎士を目指し、他者の何倍もの訓練を続けてきた、努力家でお人好しのパーティリーダー、メーヴィス。
伯爵家の娘で、将来はどこかの貴族家に嫁ぐはずであった、メーヴィス。
それを、自分が全て台無しにした。
「あ……。あ、あ、ああ、あああああ……」
ぼろぼろと涙を溢すポーリン。
あ、やべ、と思ったマイルであるが、ここでポーリンを慰めても、無駄な時間を費やすだけである。なので、マイルはポーリンを放置して、話を進めた。
「で、メーヴィスさん、部位欠損修復のための治癒魔法を掛けますから、その腕を外して戴きます。さすがに切断面から少しずつ修復するので時間が掛かります。大体、1カ月弱くらいでしょうか。
その間、少し不便ですけど、我慢して下さいね」
「え?」
「「ええ?」」
「「「えええええええっっ!!」」」
「「「治るんかいっっ!!」」」
「マイルのことだから、多分そんなことだろうと思っていたわよ!」
「マイルちゃんなら、部位欠損も何とかなるんじゃないかと思っていましたよ……」
「あの時の選択で、どちらか片方しか選べないのだと思っていたよ、あはは……」
マイルだから。
全て、それで終わるのであった。
しかし、メーヴィスが言葉を続けた。
「でも、せっかくだから、私はこの腕のままでいいよ」
「「「えええええええっっ!!」」」
あまりにも予想外のその言葉に、今度はマイルも叫び声を上げた。
「ど、どうして……」
驚くマイルに、メーヴィスが尋ねた。
「この左腕について、詳しく説明してくれないかい? 性能、手入れ、壊れた時の修理、その他色々なことを、全て」
「は、はい……。外見は本当の腕と同じです。右腕を参考にして作られています。材質は本物の骨や筋肉を真似て作られたもので、本物の腕より頑丈で、強い力が出せます。普段の手入れは不要で、壊れた時は、魔法の力で自動的に修復します。
完全防水なので、雨天は勿論、お風呂や水泳等も問題ありません。そして、『メーヴィスさんの剣と同じ処理』がされています」
手入れや修理は、専属ナノマシンによって行われる。
そしてマイルの最後の言葉は、メーヴィスだけにしか分からない説明である。
剣と同じ処理。それはすなわち、メーヴィスの気が通しやすいようにするということであり、メーヴィスが『気功術による、気の放出』に使用できるということであった。これで、剣が無くても『ウィンド・エッジ』が放てるようになる。……練習すれば。
「やはり、元の腕より力が強いのか。古竜を斬った時、そうじゃないかと思ったよ。
そして、デモンストレーションとして左手で剣を扱ってみせた時。あの時、生身の腕の時よりも素早く、正確に動かせたような気がしたんだ。
……マイル。はっきり言って、この腕は私の元の腕より性能がいいね? それも、かなり……」
その通りである。
マイルが指示し、ナノマシンが製作した、『メーヴィスの腕の代わりとなるもの』なのである、気合いを入れて作られていた。……そう、元の腕の数倍の性能を持つように。
「は、はい、一応は……。その腕を付けたメーヴィスさんは、『金貨6000枚の価値がある女性』だと言えるように作りましたから……」
マイルの返答に、メーヴィスは、にやりと笑った。
「やはりな……。せっかくだから私は、このまま、この腕を使わせて貰うよ。その方が、私の夢の実現に近付けそうだからね。
別に、それでも構わないのだろう、マイル」
「あ……、え、ええ、まぁ、メーヴィスさんがそれでいいなら、構わないと言えば、構わないんですけど……」
その腕は一時的なものと考えていたマイルは困惑するが、別に、使い続けても都合が悪いというわけではない。少し微妙な表情ではあるが、マイルはそれを了承した。
【ヤッタ~~!!】
そして歓喜の叫びを上げる、左腕の整備専属ナノマシン達。
ごく一時的な担当だと思っていたら、思いがけぬ任期延長である。
退屈凌ぎに、そして間接的にではあるが、権限レベル5の少女のお役に立てる機会を得られて、喜ばないナノマシンはいない。
マイルと共に行動できる喜びに沸く、専属ナノマシン達であった。
「「…………」」
そして、複雑そうな顔の、レーナとポーリン。
「ま、別にいいんだけどね……」
「いいんですけどね……。メーヴィスが望んだら、いつでも、……1カ月は掛かるらしいですけど……、いつでも本物の腕が取り戻せるなら……」
そしてポーリンは、あることに思い至って、はっとした。
「ま、まさか、メーヴィス、『もっと高性能な身体に』とか考えて、わざと敵に右腕と両足も斬り飛ばさせたりはしないでしょうね……」
それを聞いて、一瞬、『その手があったか!』というような顔をしたメーヴィスであるが、愕然として自分を見詰めるマイル達の顔を見て、ぷるぷると顔を横に振った。
「……さすがに、それはない……」