324 死 闘 4
ポーリンの魔法攻撃と併行して、レーナもまた、その怒りと憎しみを敵に向けて叩き付けていた。
「……我らの敵を燃やし尽くせ……。竜滅火焔弾!」
こちらは、レーナのすぐ側に火焔弾が現れた。
「発射!」
高速で、ポーリンが攻撃しているのとは違う方、もう1頭の古竜に向けて飛ぶ炎の塊。
『魔力弾であれば、実体弾より魔法障壁の効果が高い。障壁だけで消滅……』
ボッ!
古竜が言いかけた言葉に反し、障壁通過時に焔が一瞬弱まり速度が落ちたものの、そのまま真っ直ぐに飛び続ける火焔弾。
『くっ!』
尻尾で弾き飛ばそうと、素早く尾を振る古竜であったが、その尾が命中する寸前に、火焔弾が自ら分裂した。そしてそのまま、古竜の身体中に当たる火焔の欠片。
『ふん、こんなもの、我がウロコに弾かれ……て……』
この程度の小さな魔力弾であれば、魔力で強化されたウロコと外皮で簡単に弾ける。
そのはずであったのに、炎が身体に纏わり付いて、離れない。
『くっ、このっ……』
身体を振っても、手で払っても、炎が消えない。それどころか、手に纏わり付き、却って身体中に炎が広がってゆく。
『水球!』
水魔法で水球を生成し、自らの身体に当てた古竜。
『な、なぜ、なぜ消えないいイィ!』
この魔法は、可燃物無しで魔力のみによって火焔を生み出す、普通の火魔法であるファイアーボールや炎弾とは根本から異なるものであった。
地球では、粗製ガソリンであるナフサと、粘度を加えるための増粘剤(ナフテン酸(naphthenic acid)とパーム油から抽出したパルミチン酸(palmitic acid)のアルミニウム塩(Aluminum Salts)の略語をくっつけた合成語である、『ナパーム』という名で呼ばれる)を混ぜたもので作られる、ナパーム弾が有名であるが、それに似たこの世界の物質を参考にして魔法により作り出された、くっつくとなかなか取れず、水をかけても火が消えないという、凶悪な油脂焼夷弾のまがい物であった。……つまり、魔力弾ではなく、実体弾である。
「ふん、魔法の天才であるこの私が、一度苦戦した相手に対する対抗策を用意していないとでも思っていたの? 人間を舐めるんじゃないわよ!」
『うが、あがが、ぎょえええぇ~~!!』
『うああ、熱い熱い熱い熱い燃える燃える燃えるウロコが身体が燃える燃える熱い熱い……』
阿鼻叫喚。
その言葉に、これ程相応しい場面も、そうはあるまい。
身体を焼く炎を消そうと、必死で地面を転げ回る者。
ただただ、激痛にのたうち回る者。
そして、先程から白目を剥いて倒れ伏したまま、ぴくりとも動かない者。……生命力の強いトカゲであるから、おそらく、まだ死んではいないであろうが。
そしてトドメを、とレーナとポーリンが大技の詠唱を始めた時、ポーリンの攻撃によりのたうち回っていた古竜が、一瞬激痛を抑え込み、素早い動きでレーナとポーリンに近寄り、その尻尾を振り上げた。
『死ねええええええぇ!!』
肉弾戦には弱いレーナとポーリンは、一瞬身体が竦み、動けない。詠唱を開始したばかりの大技の魔法は到底間に合わず、今更他の魔法に切り替える時間もない。
自分達に向かって振り下ろされる尾を、ただ呆然と見詰めるふたり。
そして……。
ざしゅ!
ふたりの前に落下し、びくんびくんと動く尻尾。
……勿論、古竜の本体には繋がっていない。
「秘技、EX・真・神速剣、参の太刀、『斬竜剣』!!」
「「メーヴィス!!」」
にやり、と白い歯を見せて笑うメーヴィスに駆け寄る、レーナとポーリン。
「よかった! 見せ場に間に合って、本当によかった……」
そして、せっかくの名シーンを、本音ダダ漏れの言葉で台無しにするメーヴィスであった。
「あ、あああ、あんた、腕は! その腕はどうしたのよ!!」
ポーリンが、メーヴィスの左腕を見たまま固まっているため、レーナがそう尋ねたところ……。
「友情という名の魔法を使えば、騎士の身体は不滅さ!」
「馬鹿……」
呆れたような顔で、苦笑いのレーナ。ポーリンの眼から、涙が溢れる。
そして、ポーリンの口から、無慈悲な言葉が。
「とりあえず、先に古竜にトドメを刺しましょう。話は、その後ゆっくりと……」
襲い掛かってきた古竜は、再びのたうち回り、今度は悲鳴の中に、『尻尾がない! 尻尾がないぃ!!』とかいう叫び声が交じっており、かなり錯乱しているようであるが、いつまた襲い掛かってくるか分からない。確かに、危険要素は、さっさと排除しておくに限る。
「じゃ、トドメの魔法を……」
メーヴィスの後を追って岩陰から出てきたマイルの方をちらりと見て、レーナがそう言った時。
『待ってくれ! 降伏の意思確認をさせてくれ、頼む!』
少し離れて戦いを見守っていたベレデテスが、慌てて飛んできた。
『もう、勝敗は決したであろう! 3頭皆が降伏するならば、命は助けて戴きたい!』
確かに、今ここでこの3頭を殺しても、大した意味はない。……というか、古竜の一族から怨みを買いそうで、ますます状況が悪化しそうである。
古竜の里にはたくさんの古竜がいるであろうから、3頭くらい減らしたところで、むこうの戦力は大して変わらないであろう。ならば、下手に怨みを買うよりは、見逃してやった方がいいかも知れない。
それに、ベレデテスが案内役として、自分は戦いには一切無関係の立場で同行したのは、この役目を果たすためだったのであろう。腰抜け呼ばわりに耐えて、あえてその立場を得て仲間達のために同行したというのは、若造としては称賛に値する。
……尤も、若造とは言っても、おそらく数百歳にはなっているのであろうが……。
レーナが皆の方を見て、全員がこくりと頷くのを確認した。
「……仕方ないわね。じゃ、そっちの全員が完全敗北を認めて、以後は手出ししない、と約束するなら、見逃してあげないでもないわよ?」
『ありがたい! ちょっと待っていてくれ!』
そして、のたうち回る2頭に駆け寄って、泣き喚く両者から何とか同意を取り付けたベレデテス。
『1頭は、意識がないので勘弁してくれ。殺されてもおかしくない状態なのであるから、降伏したものと看做して欲しい。後で我々3頭が必ず納得させる。同意しないようであれば、我らが責任を持って処理すると誓う』
涙を溢しのたうち回りながらも、残りの2頭がこくこくと頷いているので、レーナ達はそれで良しとした。
それに、おそらく、仲間達の戦いの結果を聞いて、1頭だけで再び戦いを挑んでくるとは思えないし、そもそもそういうことができそうな身体の状況でもない。急いで治癒魔法を掛けないと、さすがに頑丈な古竜であっても、そろそろ心配になりそうな状態であろう。
「それじゃ……、身体の不純物を排除し、分解せよ! 治癒の力よ、身体の損傷を修復し、傷を癒やせ……」
マイルが、ポーリンによる犠牲者の身体からカプサイシン成分を除去し、続いて最初にタコ殴りに遭った古竜に治癒魔法を掛けてやった。
ポーリンの犠牲者は、カプサイシンの除去のみである。肉体の損傷としては、斬り落とされた尻尾を除けば掠り傷であるし、古竜もそれくらいは自前の治癒魔法で治せる。そもそも、ツバでもつけておけば治る程度である。
それに対して、頑丈で生命力が強い古竜なのでまだ呼吸が安定してはいるが、最初の古竜は、さすがにこのまま放置しておくと、いささかヤバい状態であった。特に、メーヴィスに大きく斬り裂かれて内臓がはみ出ているのが、かなりアレである。そのためマイルも、真剣に治癒魔法に集中していた。
レーナの犠牲者は、レーナが自分で身体清浄魔法の強化バージョンにより身体にへばりついた粘着性可燃物を除去し、ポーリンが火傷に治癒魔法を掛けてやっている。
クラスター爆弾のように、たくさんに分裂して当たったものの、ひとつひとつはそう大量の燃焼剤であったわけではなく、身体のあちこちが燃えてのたうち回ったものの、古竜の巨体の表面積からすれば、そう広範囲というわけではなかった。熱も、内臓まで届いてはいない。なので、そう慌てなくても、火が消えた今となっては、生命の心配はあるまい。
さすがに、あのまま燃え続けた場合は、危なかったであろうが……。
とにかく、どうにか、古竜達は死と大きな後遺症が残る危機からは脱することができそうであった。
……但し、精神的な後遺症を除いて。
昨日は、無料webコミック誌『水曜日のシリウス』(水曜日とは言っていない)連載中の『ポーション頼みで生き延びます!』更新日でした。(^^)/
今回から、月曜更新になりました。
最新話は『「お気に入り」登録10万件突破記念イラスト』なので、更新された新しい話数は、そのひとつ前になります。うっかり飛ばさないように……。(^^ゞ