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32 卒業検定 1

 そしていよいよ迎えた、卒業検定の日。

 場所は、王宮に近い闘技場。

 多くの観客が収容できるだけではなく、魔法の撃ち合いが行われても施設や観客に被害が及ばないようにと強化措置や防護魔法が使用された、建設されてまだ年数の浅い立派な施設である。


「根回しが功を奏した。今日は、財務卿だけでなく他の有力貴族、そして国王夫妻と王子、王女殿下まで御観覧なさっている。他国のギルド関係者も多い。

 根回しの時、『凄い新人がいる』と、かなり吹いた。頼むぞ!」


 エルバートの言葉に、やる気満々のレーナとメーヴィス、うわぁ、という顔のポーリン、そして白目を剥いたマイル。

 間もなく、卒業生達の、そしてハンター養成学校の命運を賭けた『卒業検定模擬試合』が開始される。




『卒業検定模擬試合』、通称「卒検」は、卒業生全員が受けるものではない。

 卒業生のうち、本人が望んだ者を教官達が選抜し、実力、人格共にCランクにふさわしいと判断された者のみが受検することができ、合格できればCランクとして卒業できる。

 また、本人が希望しなかった場合でも、教官達が強く勧めて受検させる場合もある。

 受検で不合格であった場合や、本人が受検を希望しなかったり、教官達が力不足と判断して受検を却下した場合には、その者はDランクとして卒業する。

 但し、その場合は『最低年限はクリアしたもの』とされるため、人によっては結構早くCランクに上がれる者もいる。「ほんの少しだけ力不足」という扱いなので、不合格であってもそう悲観することはない。

 駄目な者は、とっくに退学になっているのだから。


 今回、受検希望を出したのは40名。全員である。

 駄目で元々、失うものはないのだから、当然であった。

 マイルでさえ、エルバートに頼まれる前から受検を希望していた。

 Dランクだとソロには不便なので、レーナからのパーティの話がある前に申請していたのである。


 そして今回、卒検に臨むのは、マイル達4人の他に、ベイルを始めとした剣士5人、槍士2人、弓士3人、魔術師4人で、マイル達を含めると総計十八名であった。

 そして卒検の試合相手として依頼されたBクラスパーティ『ミスリルの咆哮』は、Bクラスとしては珍しく、6名と少人数のパーティであった。


 F~Cランクのパーティだと4~6名くらいの少人数のパーティが多いが、Bランク以上ともなれば十名以上、多い時は数十名の大所帯となり、怪我や病気の者や休暇の者がいても仕事が受けられるようにしたり、パーティをいくつかに分けて複数の仕事を同時に受けられるようにしたりする場合が多い。

 尤もその場合、中には腕が劣る者、人格品性に少し問題がある者が含まれていたりするのであるが……。

 しかし、このBクラスパーティ『ミスリルの咆哮』は少数精鋭らしい。全員がかなりの腕だと思われた。



 そして遂に学校長であるエルバートにより卒業検定模擬試合の開始が宣言され、試合が始められた。

 『ミスリルの咆哮』は、四十歳前後の大剣使いのリーダー、同じくらいの歳の熟練槍士、二十歳台半ばと少し若い剣士、初老の老練そうな魔術師、三十歳台後半くらいの魔術師、そして二十歳台後半くらいの女性魔術師、という構成であった。弓士がいないが、遠距離攻撃もこなせる優れた魔術師がいれば弓はなくても問題ない。


 受検者の実力をうまく発揮させてやるためには、隔絶した実力差がなければならない。そのためのBランクパーティへの依頼であり、彼らにとってはひよっ子相手に数回の模擬試合を続けることなど簡単な仕事である。

 若手をうまく指導し教育する能力も高ランクハンターには必要であるため、今回の受検者の相手は若手に任せ、リーダーと初老の魔術師は若手がうまく受検者の力を発揮させてやるのを見守っていた。

 若手とは言っても、Bランクの者達であり、他のパーティであれば充分主力を務められる実力者である。



 検定の模擬試合は順調に進み、受検者達は、勝てはしないものの、巧く自分の長所を発揮させてくれる対戦相手のお陰でかなりの実力があるかのように見え、皆、満足できる戦いができていた。

 その大部分は、対戦相手の優れた実力と配慮のお陰であったが、多くの受検者はそれには気付いていなかった。


 そしていよいよ、残るはマイル達4人と、ベイルのみとなった。

 これからマイル達の試合が続き、ベイルは最後である。

 勿論、マイルの要望でエルバートがそのように組んだからである。




「ポーリン、頑張って!」

「あんたなら勝てるわよ、落ち着いて、慎重にね!」

「勝負は時の運。ただ、自分の力を出し切って、悔いのない戦いをすれば良いんだよ」

 緊張と興奮でぷるぷると震えるポーリンを励ます3人であるが、ポーリンは気弱さが出ており、どうも実力を発揮できそうにない。


「そ、そんなこと言ったって……。

 ああ、私も、メーヴィスみたいに何も考えない正義馬鹿だったり、レーナみたいに幼児並みの単純さだったり、マイルちゃんみたいに世間知らずだったら、こんなに緊張しなくて済んだのに………」


「「「え………」」」


 メーヴィス、レーナ、マイルの3人は、試合前から多大なダメージを受けてしまった。




「あら、今度はお嬢ちゃんの番? 何だか震えてるみたいだけど、大丈夫かしら?」


 ポーリンの対戦相手は、既に数名の支援・治癒系の魔術を得意とする受検者の相手をしている二十歳台後半くらいの女性魔術師、オルガであった。

 彼女も、同じタイプの魔術師である。但し、Bランクだけあって、魔法だけではなく護身のためのスタッフの腕もそこそこある。


「よ、よろしくお願いします……」

「はいはい。あそこの女の子達とお友達なの? ちっちゃいわねぇ……。

 養成学校もあんな子達を入れるなんて、質が落ちたのかな?」


 かちん


「なんか、最初の討伐任務で全滅しちゃいそうね。不合格にしてあげた方がいいのかな……」


 ぶちん!


「じゃ、先に攻撃させてあげるから、好きなように……」

「うるせぇ! 吠えるな、このクソ貧乳が!」

「え…………」



 闘技場内の時が止まった。


 闘技場は、観客がより臨場感を楽しめるようにと音の反響を計算して設計されており、闘技者同士での会話は、小声ならばともかく大声であれば観客席にも充分届くようになっていた。

 そのため、最初のオルガの半ば独り言のような呟きは聞こえなかったが、ポーリンの怒鳴り声は届いた。充分に。



「あ、あの子、何てことを!」

 大先輩たるBランクハンターに突然の罵倒、それも身体的欠点を突いた、とんでもない侮辱。

 それを、国の重鎮、各国のハンターギルドの主要人物達、そして大観衆の前で、大声で。

 自分達のパーティの名前が有名になる。

 但し、望んでいたのとは全然違う方向で。

 レーナは頭を抱え、メーヴィスは蒼白になっていた。

「ううう、貧乳、貧乳………」

 そしてその後ろでは、マイルが地味にダメージを受けていた。



「なんだ、あの新人は!」

「礼儀知らずにも程がある!」

 いったんは静まり返った観客席でも、しだいにざわめきが広がり始めた。



「ま、あの子がキレたんだから、それなりの理由があったんでしょうね。

 自分が侮辱されてもキレるような子じゃないから、多分、私達のことでも馬鹿にされたんじゃない?

 馬鹿にされて言い返すだけの資格があるかどうか、結果で示せばいいだけのことよ」

 いったんは焦ったものの、レーナの立ち直りは早かった。それは、図太いからか、仲間を信じているからか……。




「私の大切な仲間を侮辱したな! 絶対、後悔させてやる!」


「ひ、貧乳……。クソ貧乳…………」

 オルガは、ぶるぶると震えていた。

 やや長身でスレンダーなオルガはなかなかの美人であり、Bランクであることも加わって、今までかなりモテてきた。その割にはなかなか良い男が捕まえられず、かなり歳を喰ってきたのに、未だに独身。自分でも疑問には思っていたのだ。

 その理由を突きつけられたかのような気がして、オルガは動転した。


「貧乳…、貧乳………」



「燃えよ、我が心! 怒りを灼熱の炎と化して、我が眼前に火焔を生み出せ! ファイアー、ヴオォォォ~ルっっ!!」


 ポーリンの前に現れた、1メートルくらいの大きさのぶよぶよした炎の塊を見て、呆けかけていたオルガは気を取り直した。


「ファイアーボール? 大きいけれど、集中力がなくて拡散しているだけね。支援系魔術師としては、攻撃魔法がひとつでも使えるのは高得点だけど、そんな不安定で威力がないものでは……」

「行けえぇぇ!」


 碌に形も保てない不安定な火球がオルガに向かう。それを余裕綽々で防ぐオルガ。

「出でよ、魔法障壁、火球を防げ!」


 ポーリンが放った火球はオルガが張った障壁にぶつかり、とても障壁を貫く威力はないため障壁上に広がった。

 オルガの視界を炎が塞ぐが、ダメージはゼロ。


「こんな攻撃魔法じゃ、ぐあっ!」


 突然左脇腹に走った激痛に、苦悶の声をあげるオルガ。

 痛む脇腹に目をやると、そこには、皮鎧の繋ぎ目の部分に突き立てられたスタッフがあった。

 そしてすぐに引き戻され、再度迫るスタッフの先端部。


「このおおぉっ!」

 脇腹の激痛を無視して、渾身の力で迫るスタッフを払い、自分のスタッフを振るって相手の身体に叩きつけ、続け様に右足で相手の腹部を蹴り飛ばした。


「はぁはぁはぁ……」

 オルガが急いで確認すると、脇腹は、痛みは激しいものの骨や内臓には影響がない模様であった。いくら繋ぎ目付近を狙われたとは言え、皮鎧は充分にその役目を果たしてくれたらしい。

 蹴り飛ばした相手は少し離れたところに倒れているし、全力で叩きつけたスタッフには充分な手応えがあった。恐らく、骨が折れている。

 学生相手にやり過ぎだと後で怒られるかも知れないが、悠長なことを言っていてもう一撃を喰らうわけにはいかなかった。不可抗力である。


「苦痛消去、損傷回復、ハイ・ヒール!」

 治癒魔法により少し痛みが和らぎ始め、ひと息ついたオルガが相手の方を見ると、ポーリンは既に立ち上がっていた。

 しかし、苦痛に顔を歪め、その左腕は不自然な方向へと曲がっている。


「ずるいですねぇ。私がせっかく考えた奇襲作戦で、やっとの思いで一撃を入れられたというのに、魔法ひとつで振り出しに戻りますか。本当に、ずるくて便利ですよねぇ、治癒魔法は……。

 あんまりずるくて便利だから、」

 そう言うと、にやり、と嗤うポーリン。


「痛覚麻痺、骨格復元、固定、接合! 筋肉組織再生、血管修復、神経再生。メガ・ヒール!」

「な、何ですってぇ!」


「私も使わせて貰いますね……」


 完全に折れていたはずの左腕をぐるぐると回すポーリンに、オルガも、そして観客達も言葉を失った。



「そ、そんな馬鹿な……」


 回復魔法と初級治癒魔法がある程度使えて、充分な魔力量と幾分かの護身能力があればCランクの治癒魔術師としては充分歓迎される。

 それを、脆弱とは言え攻撃魔法を使い、スタッフで強力な一撃を加え、そしてあの馬鹿げた効果の治癒魔法!

 オルガは、以前お師匠様に聞いたことがあった。自分が使える最高の治癒魔法『ハイ・ヒール』を凌ぐ強力な治癒魔法の存在を。

 それは、骨折や千切れかけた手足すら一瞬で治癒できるという、まだ自分には到達することができない遙かな高み……。

 それが、それがこんな小娘に?


「あり得ない……」

 呆然と呟くオルガを無視し、ポーリンは再び呪文の詠唱を開始した。


「燃えよ、我が心! 怒りを灼熱の炎と化して、出でよ、火焔!」


「な、何? またあの制御の弱いファイアーボール?

 あんな目眩ましの奇襲、ネタが割れていたら二度も喰らうもんですか!」

 先程見せつけられた治癒魔法と併せて、馬鹿にされたような気がしたオルガが怒鳴った。


「え、ファイアーボール? 何を言っているのですか?

 さっきのは『ファイアーウォール』ですよ。今度のやつがファイアーボールです」

「え……」

 ポーリンは、オルガに構わず詠唱を続けた。


「収縮!」

「嘘! 攻撃魔法はあの不完全なやつだけじゃ……」

 収縮して、2個の完全な炎弾となった火焔を見たオルガが叫ぶ。


「この私が、あの程度の攻撃魔法を修得するために特訓を必要としたとでも?

 さぁ、我が友を侮辱した者に怒りの鉄槌を与えん。行けえぇぇっ!」


 ひゅどん!


 オルガが何も反応できない間に、2個の炎弾がオルガの両腋を掠めて後方へと飛び去り、石壁にめり込んだ。

 呆然とした顔で、へたり、と座り込むオルガ。


「そこまでぇ!」


 大声で叫ばれた試合終了の合図に、くるりと向きを変え歩き去るポーリン。


「「「「うおおおぉぉぉ!!」」」」


 観客席から沸き上がる大歓声の中、ポーリンは軽く右手を挙げて応えた。



「あ、あれが、君が言っていた『凄い新人』かね! いや、大したものだ!

 実は、正直言って、君の話はあまり信じていなかったのだよ。予算欲しさに大げさに言っているだけだと思ってね。いや、すまん! 謝るよ」

 財務卿の素直な謝罪と称賛に、ほっとした顔をするエルバート。

 その横では、養成学校設立に尽力したクリストファー伯爵が嬉しそうに微笑んでいる。


「いや、本当に大したものだ。凄い治癒魔法に加え、あの知謀と攻撃魔法まで! あの者ならば宮廷魔術師として是非招きたいものだな。人材発掘としての養成学校、無駄ではなかったか……。今期最大の逸材だな」

 そう言う国王に、エルバートは微妙な顔をした。


「ん? どうかしたのか?」

 国王の問いに、複雑そうな顔で答えるエルバート。


「あの、その、彼女が以前言っていた言葉なんですが……」

「おお、何と言っていたのだ?」

「はぁ、それが、『ふはは、私は、四天王の中では最弱だ!』と……」

「「「…………」」」

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[一言] クソ貧乳wwwwww
[気になる点] ハンター個人の技量はランクで表し、パーティーのそれはクラスで表すのでしょうか?
[良い点] 二回目になりますが『クソ貧乳が!』は自虐ネタでは無いですよね? オルガを下したポーリン。四天王の中の最弱? 恐ろしいですね。
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