318 古竜再び
翌日、いい依頼が無かったため常時依頼をこなすことにして森の中を歩いていた『赤き誓い』が、急に立ち止まった。そして……。
「……そろそろいいかしら?」
「ああ、いいんじゃないかな?」
「頃合いですね」
「じゃ、いきますか! 間者、発見煽りの2番で! せ~の、」
「「「「そろそろ姿を現してはどうかな、とっくに気付かれていることも分からぬ、間抜けな間者共よ!」」」」
声が揃っているのは、勿論、みんなで考えたいくつかの定型句に名前と番号を付け、何度も練習しているからである。『赤き誓い』の台詞がよくハモるのはそのせいであり、たまには偶然もあるものの、その大半は練習の成果なのである。
マイルが決め台詞の練習を提案した時、『カッコいいから』という理由でメーヴィスが食い付き、レーナとポーリンも賛成したため、皆はかなりの種類の決め台詞を暗記している。そして、明らかに使用すべき台詞が分かっている時は、台詞番号を確認することなく、それらの台詞が放たれるのであった……。
そしてしばらくすると、後方の木の陰から、ふたつの人影が現れた。片方は人間に見えるが、大きな帽子を被っており、もう片方は、頭部が明らかに動物のそれであった。
「「「「犬獣人……」」」」
「狼だっっっ!!」
これもまた、定型句である。
狼系の獣人は、犬と間違えられることを非常に嫌がる。それを知っているため、狼系獣人と戦う時には、最初にわざと犬呼ばわりして相手の平静心を失わせる、という作戦である。勿論、発案者はポーリンであった。
「お手!」
「お回り!」
「チンチン!」
「ぎ、ぎざまらアアァ~~!!」
血管が切れそうな顔をしている狼獣人の腕を掴んで、必死で押し止めようとしている連れの男。ちょっと、効果があり過ぎであった。これでは、話もできない。
仕方がないので、狼獣人の方は無視して、レーナがもうひとりの方に話し掛けた。
「そっちの、人間の方の人。あんた達は……」
「人間じゃねえぇ! 俺は獣人だアァ!!」
男は、怒り狂いながら、帽子を取って地面に叩き付けた。
そして、頭の上にぴょこんと立った、ネコミミ。
どうやら、獣人が人間に間違えられることは、狼獣人が犬獣人に間違えられることよりも遥かに屈辱らしかった。
「「「「知らんがな~~」」」」
そしてマイル達は、『呆れ拒絶の3番』を一斉唱和した。
「……で、古竜に頼まれて私達を捜していた、と?」
「そうだ」
ようやく怒りが収まったらしいふたりは、別にマイル達に見つかったり事情を説明したりしても構わなかったらしく、戦うつもりはないらしかった。そして獣人コンビはぺらぺらと喋ってくれたのである。
……但し、『なぜ、古竜がそのようなことを頼んだか』ということは教えられていないらしく、確かに、それならば喋っても構わないはずである。何せ、依頼者以外の情報は皆無なのだから。そして、見つけた後は当然依頼者自身が会いに来るであろうから、依頼者を隠す意味もない。
「少し変装すれば人間に見えるコイツが街で情報を集め、それを元にして俺が臭跡を辿る、という役割分担だ。お前の臭いは少し変わっているから、割と簡単に辿れた」
そう言って、マイルを指差す狼獣人。どうやらこのふたりは、以前、遺跡発掘現場で会った獣人達のうちのふたりのようである。なので、マイル達の顔と臭いを覚えていたらしい。だから、捜索・追跡係に選ばれたのであろう。
「え……」
マイル、呆然。呆然、サラダ油セット!
お前は臭い、変な臭いがする、と言われ、動揺しない少女はいるまい。
「あ、いや、違う! そうじゃない! 普通の人間とはちょっと違う匂いがするというだけで、別に臭くはないぞ! いい香りだぞ!」
さすがに、少女に『変な臭い』と言ったのは大失言だと思ったのか、かなりのショックを受けた様子のマイルに必死で言い訳をする狼獣人。しかし、その必死さが、更にマイルを落ち込ませる。
「あんたは人間離れしてるんだから、匂いも変わってて不思議はないでしょ。気にするのはやめなさい!」
「……レーナ、それ、あんまり慰めにはなってないよ……」
メーヴィスが、呆れたように呟いた。
「……では、仕切り直して……」
ようやくマイルが復活したので、今度はポーリンが話の主導権を取った。
「で、私達を見つけて、あなた達はどうされるおつもりなのですか?」
すると、少しバツが悪そうな顔をするふたりの獣人達。
「あ~、その、悪いが、真っ直ぐ上空に向けて、ファイアーボールを2発、打ち上げて貰えないだろうか……」
「え?」
「いや、それが合図で、近くに身を潜めておられる古竜様が来られる手筈なんだが、俺達は魔法が使えなくてな……」
自分達には使えない魔法を合図に決めたらしい。
「「「「…………馬鹿?」」」」
「違うわ! 元々、相手の了承を得てから呼ぶように言われているから、それで問題ないんだよ! いちいち火を熾して狼煙の準備をするのは大変だろうが!」
……確かに。
「……じゃ、打ち上げますよ?」
「頼む」
レーナやポーリン、メーヴィスも頷いているので、マイルが上空に向けて2発のファイアーボールを打ち上げた。
そしてしばらくすると、1頭の古竜が飛来した。木々の高さギリギリで、あまり遠くからは見えないよう配慮している模様である。
マイル達の前に、ドン、と降り立って、その古竜が口を開いた。
『久しいな、不思議な人間よ……』
「「「「……誰?」」」」
『我である! ベレデテスである!!』
完全に忘れられていた様子に、気を悪くしたらしい古竜、ベレデテス。しかし……。
「いや、無理だから! 同じ人間ならばともかく、同じ種類の魚や鳥の顔が見分けられないのと同じで、古竜の顔なんて見分けがつかないわよ!
あんたも、私達の顔が見分けられてるの? 服装とか匂いとか魔力の強さとかで判別してるだけじゃないの?」
『うっ……』
レーナの指摘に、ついっと目を逸らすベレデテス。
どうやら、図星であったらしい。
「で、何の用よ?」
ストレートなレーナの問いに、ベレデテスもまた、ストレートに答えた。
『……少々、困ったことになった。お前達に、死んで貰わねばならない』
「「「「えええええええっっ!!」」」」
当然のことながら、驚愕の叫びを上げる『赤き誓い』の4人。
「それって全然、『少々』じゃないじゃないの!」
「そこですか……」
少しズレたレーナの返しに、がっくりと肩を落としたポーリンであった……。