316 あと1カ月……
ここはエクランド学園の女子学生寮、マルセラの部屋である。
それぞれ椅子やベッドに腰掛けているのは、マルセラ以下、『ワンダースリー』のメンバーと、よくこの部屋で姿が見られる、第三王女のモレーナであった。
「では、陛下や王子殿下達には、まだ情報は漏れていないのですね?」
オリアーナの言葉に、王女がこくりと頷いた。
「ええ、自分の娘を兄様や弟に、と思っているらしき方達が協力的ですから、それをうまく利用しています。
表向きは、若い女性だけの近衛一個分隊を9名で編成し、それを私専属の護衛にすることで話が進んでいます。殿方ではどうしても同行できない場所……、移動中の行水とか、御不浄とか……、そういった場合の護衛に、どうしても必要だ、と強く主張致しまして、ゴリ押しで通しましたの。
どうして若い女性限定なのだ、という突っ込みには、立場上お友達が少ない私がお話ししやすいように、そして王女一行は華やかな方が見栄えが良く、他国からの印象が良くなりますから、と説明しますと、その論理性を否定できる方はおられませんでしたわ。
そして、私で試す実験的なケースが成功しますと、第二分隊、第三分隊が編制されまして、それぞれ姉様方の護衛部隊として配備されることとなる予定ですの……」
戦闘能力が男性のベテラン近衛に劣るという点は、然程問題ではない。叫ぶか呼子笛を吹くか、もしくはその前に異変に気付くか、とにかく近くにいる男性近衛が駆け付けるのには数秒もあれば充分である。その間、身を盾にして王女殿下を守り抜ければ、それで良いのだから。
そのため、戦闘能力ではなく、『王女殿下を護るという、護衛能力』においては、常に王女殿下に密着していられる女性近衛に軍配が上がるのは当然のことであろう。
そしてマルセラ達は、上級貴族の少女達の護衛実績が充分にあり、王女の友人であり、彼女達のことを知っている貴族も多い。
また、マルセラを自分の息子の嫁に、とか考えている貴族もおり、それらの者達はマルセラとの接触の機会が増えると考え、マルセラ達の採用に賛成するのは間違いなかった。
「計画通り、ですわね。では、私達3人をその中にねじ込んで戴きまして、女性近衛分隊設立の当日、即座にモレーナ様から特命を戴き、私達3人は行方不明のアスカム家当主、アデル・フォン・アスカム女子爵捜索の旅に出る、ということで……」
こくり
にやり
うんうん
マルセラの言葉に、他の3人が同意の仕草をする。
「私は、このままだと卒業後はすぐにどなたかと婚約させられまして、2年間の花嫁修業の後、15歳になると同時に嫁入りですわ。そんなの、真っ平ですわよ! 特に、誰かさんの愛人とかは!」
そう言って、首を横に振るマルセラ。
「私は、しばらく実家の商隊の水樽兼護衛の魔術師として扱き使われて、その後、コネを作りたい商家かどこかに売られ……、いえ、嫁入りさせられる、ってとこですかねぇ……」
同じく、首を振るモニカ。
「そして私は、とても奨学金を返せるだけの稼ぎは見込めないですから、国の機関で働くか、学園の事務員になるか、とにかく奨学金の返済が免除になる公的な職場で働かないと、家族全員が借金地獄ですから……」
この国には、自己破産などという制度はなかった。
「「「なので、絶対に失敗は許されません!!」」」
「は、はいぃ!!」
マルセラ達3人のあまりの迫力に、思わず声が上ずるモレーナ王女であった。そして……。
「私だって、一緒に行きたいですわよ!」
きいぃ、と悔しがる王女であるが、さすがにそれは無理であった。
「とにかく、私の護衛のための女性近衛分隊の設立、ということで話を進めておりまして、皆さんをねじ込む件だけは、お父様達には知られないよう細心の注意を払っていますわ。
女性近衛分隊員は9名、私が出掛ける時にはそれを分割して3名ずつのローテーションで警備、ということにしておりまして、皆は3人ずつの3交代、と思っているようですが……」
「実は3名ずつの2交代制で、残りの3人は、特命事項に専従する、と……」
「そういうことですわね。ふふ……」
「「「「ふふふふふ……」」」」
モレーナは、できれば兄と弟の結婚相手はマルセラとアデルに、と思っていたが、世間話の間から、マルセラがそれを望んでいないらしいこと、そして15歳になってすぐの結婚もまた望んでいないらしいことを知っていた。なので、少し冷却期間を、それも他の貴族達からちょっかいを掛けられないように、と考えた末、マルセラ達からのこの提案に乗ったのであった。
(しばらくの間、皆さんとは会えなくなりますが、頻繁に手紙……、いえ、『報告書』を送るよう指示しておけば……。そして数年後には、アデル様、マルセラちゃんとは義理の姉妹として、そしてオリアーナちゃんとモニカちゃんとはお友達として、楽しい毎日が……。
くく。
くくくくく……)
そして、マルセラは。
(アデルさんと、楽しい冒険の旅を……。何、5年経ったとしましても、まだ18歳。結婚適齢期の折り返し点にも達していませんわ。さすがに結婚相手を探し始めるにはぎりぎりかな、と思われる22歳までだと、9年もありますし。
モレーナ殿下の特命任務に従事していたとなれば、そしてその使命を見事に果たしてアデルさんを連れ帰ったとなれば、殿方や向こうの御家族からの評価も高いでしょうから、大丈夫ですわね、ええ!
そしてその頃には、さすがにもう両王子殿下も私のことは忘れて下さっているでしょうし。
すぐにアデルさんを見つけて合流しても、ずっと『捜索中』という報告しかしないのは申し訳ないですけど、最終的には無事連れ帰りますから、勘弁して下さいましね、モレーナ殿下……)
自分達からは、適宜報告書を送ることが可能である。しかし、モレーナの方から手紙を送る手段はない。特に、マルセラ達が『差出人についての情報秘匿』ということで依頼すれば、差し出した場所すら秘匿され、ただ託した手紙が相手先へと届けられるだけである。
モレーナが『数カ月で終わるだろう』と考えて出した捜索隊が何年も戻らなくても、モレーナにはどうしようもない。ただ、定期的に『未だ発見できず。我ら、心身に異状なし』という報告が届くばかりで……。
そしてモニカは……。
(王族に大きなコネができる機会を、あの強突く張りの父さんが見逃すはずがない。ふたつ返事で了承するに決まってるわね。そもそも、王女殿下を護る任務の打診を断るなど、非国民扱いされて、商売人にとっちゃあ致命傷だもんね。
そして、箔が付いた私を、できる限り良い条件のところに嫁に出して、とか考えるだろうけど、お生憎様、私は素敵なお相手を自分で見つけて、幸せな結婚を……)
そんな、幸せな未来を夢見ていた。
「「「「うふ。うふふふふふふ……」」」」
(私が、しっかりしなくては。この、頭がお花畑の人達をうまく操縦して、護り、導かねば……)
皆に合わせて一緒に笑いながらも、冷徹な思考で、若い少女3人が安全に旅をするためにはどんな身分を名乗るのが適切か、路銀の補充はどのような手段で行うか、荒事に巻き込まれた時にはその国の官憲や王族にどこまで話して援助を取り付けるか等、オリアーナの頭脳は高速で回転していたのであった……。
「いよいよ、あと1カ月ですわね」
モレーナが帰った後、マルセラがモニカとオリアーナに向かって言った。
「アデルさんがいなくなってから、1年と7カ月……。いえ、そりゃ途中で2度ほど顔をお出しになりましたけど、そんなの、ほんの数時間のことですし……」
そう、アデルの無事を確認できたことは嬉しかったが、あくまでもあれは、一時的なものである。それまで共に過ごした1年2カ月に較べれば、刹那の間に過ぎなかった。
「アデルさんが姿をお消しになられてから、その行動を予測して、きっと役に立つ日が来るからと始めたハンターとしての仕事も、ようやく先日、Cランクになれましたし……」
「急な護衛の依頼を受ける交換条件として、『Cランクへの昇級』を要求しましたからね。侯爵家からの依頼を断ることはできなかったらしく、ギルドマスターが青い顔をしていましたよね」
「でも、『女性の護衛以外の仕事は、ちゃんと練度を上げるまでは絶対に受けるな』ってしつこく念を押されましたよね、泣きそうな顔で……」
マルセラの言葉に、モニカとオリアーナが笑いながら言った。
実は、ギルドマスターや他のギルド職員、そしてマルセラ達のことを知っている一部のハンター達は、マルセラ達『ワンダースリー』は少女の護衛に特化した新米ハンターであり、その他の仕事は薬草採取か角ウサギ狩りくらいしかできないと思っているのである。
しかし、将来のためにハンター資格を取っておこうと考えた3人が、そのような、いざという時に何の役にも立たない、名前だけの資格で良しとするはずがなかった。
夜には、3人で魔物相手や対人戦闘に関する研究を。
アデルから教えて貰った『魔法の真髄』から更に推し進めて考え出した、新たな魔法の運用法に関する検討会を。
そして仕事のない休養日には近くの森に出掛け、考えておいた魔法の実験や練習を。
剣や槍による戦闘はあっさりと捨て、魔法による遠距離からの先制攻撃、トリッキーな魔法と隠しナイフによる、自分達の外見が相手に与える侮りや油断を利用した、近接戦闘における特異な戦い方。
そう、彼女達は、助けが来るまでの数秒間を稼ぐための仕事だけではなく、対人戦闘も普通にこなせるのであった。そして更に、魔物を相手にした戦いも……。
勿論、実戦経験はないのであるが、それは、旅に出てから他のパーティとの合同受注等で身に付けてゆくつもりであった。
「『優れた能力を持つスライムは、自分を普通のスライムに見せかける』、アデルさん語録にありましたわね……」
マルセラの言葉に、こくりと頷く、モニカとオリアーナであった。