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315 テントにて

「……くそっ! くそっ、くそっ、くそっっ!!」

 全身から不機嫌オーラを噴き出しながら、テントの中で簡易ベッドに腰掛けて、枕を殴り続けるポーリン。

 ここ数日、目論見もくろみが外れ続けており、かなりいらついているようであった。

 商売には波があり、浮き沈みがある。ついていない時には、気分を切り替えて明るく振る舞うべきであるが、ポーリンはまだまだ修行不足のようであった。


「あ、そういえば、メーヴィスさん、修行の成果、凄かったですね! 新しい技を会得したんですか。カッコよかったです!」

 ポーリンの様子をスルーするため、マイルが話題を振った。

 ……というか、あれから数日経っているのに、今までその話題が出ていなかったことが驚きであった。


 実は、マイル以外の者は皆、部外者がいるところでそういう話題を出すのはまずいかも、と考えていたのである。なので、戦いの当日は、メーヴィスが疲れ果てており、宿に着いて皆で色々と話をした後、お嬢様達と別れてすぐにメーヴィスが倒れ込むようにして寝入ってしまったこと。そしてそれ以後は、夜もお嬢様が予備ベッドを使ってテントの中で一緒にいたことから、その話題には触れなかったのである。……ただ忘れていただけのマイル以外は。


 しかし、やはりお嬢様が同席している今、マイルがその話題を出したことに対しては、レーナもメーヴィスも、あまり驚いてはいなかった。

(ポーリンの、あの怒りのオーラを弱めることができるなら……)

(お嬢様になら、まぁ、聞かれても構わないか……)

 それに、今回はメーヴィスが元王宮近衛騎士からの指導を受けて身に付けた技なのであるから、隠さねばならないようなものではない。あくまでも、常識の範疇はんちゅうの技であるはずであった。

 そういうわけで、メーヴィスが訓練の経緯や新たな技について説明したのであるが……。


「「「「えええええええ!!」」」」

 レーナ、マイル、そしてお嬢様とポーリンまでもが、驚愕の叫びをあげた。

「あ、あああ、あんた、そんな短期間で、なんて成果を出してんのよ! そんな技、普通は魔術師にも使えないわよっ!」

「費用対効果、良すぎです……。小金貨15枚の元は、しっかり取れています……」

「凄いです、メーヴィス様! あの、老練な元近衛騎士ラディマール師の訓練についていけただけでなく、そのような必殺技を会得されるとは……。まさに、英雄の名に値する出来事です!!」

 どうやら、メーヴィスのお師匠様、割と有名であったらしい。直接相手を倒す技ではないので、『必殺技』と言えるのかどうかは、難しいところであるが……。

 そして、マイルは焦っていた。


(えええええ! メ、メーヴィスさん、自分でそんな応用技を!!

 それって、放ったナノマシンが調査結果を持ち帰るだけの私の探索魔法とは全然違う、全く新しい使い方じゃないですか! それに、他の者の体内に指示を出したナノマシンを直接送り込むって、治癒魔法そのものじゃないですか!

 体外に放出する魔法が使えないメーヴィスさんが、独自にそんな方法を考え出し、そしてぶっつけ本番で成功させるなんて……)


 もし、メーヴィスが普通に魔法が使える体質であったなら。

 もしかすると、その斬新で柔軟な発想力、一途で真摯な想い、そしてその不断の努力で、レーナやポーリンを越える魔術師に、いや、魔法剣士になっていたかも知れない。

(いや、違う! メーヴィスさんは、今でも、立派で凄い魔法剣士だ!

 でも、下手をすると、どんどん気(魔法)の使い方を研究されて、本当に、そのあたりの普通の魔術師を凌駕りょうがする程の魔法を使いこなせるようになるのでは……)

 メーヴィスの成果が嬉しいような、少し怖いような、複雑な心境のマイルであった……。




 そしてその後は、例によって披露される、マイルの『にほんフカシ話』。


「『い、今、そ、そこに……』、息を切らせてそう言う客に、屋台の少女は振り向きながら、こう言いました。『……それは、こおぉんな胸かい?』

 『ぎゃあああ! な、ない! 何もない! 全くない! 「のっぺら胸」だあああぁ!!』

 そして男は、その恐ろしい胸の少女から、必死に逃げて……、って、うるさいですよっっっ!!」


 話を途中で打ち切って、ベッドに潜り込んでしまったマイル。

 そして、どんよりとした顔で、死んだような眼をしている、レーナとお嬢様であった……。


 翌朝、朝食を摂りながら、不機嫌そうなマイルが唐突に何やら言いだした。

「胸なんか、飾りですよ! エロい人達には、それが分からんのです!」

「でも、飾りなら、無いよりあった方がいいんじゃないのかい?」

 しかし、メーヴィスの、悪気のない、全く悪気のない素朴な質問に、あっさりと叩き潰されてしまった。

「うぐぅ! ……う、うるさいですよっっ!!」

 昨夜の『フカシ話』も、今の話も、自分から振った話題であり、自業自得の、自爆であった。

 自虐ネタを使うのはいいが、それで笑いを取らなければ、真の作家とはいえない。逆ギレするなど、ギャグ作家の名折れ!

 そうは思っても、そう簡単に割り切れるものではなかった。

 そして、そっと涙を拭うマイルと、流れ弾を受けてテーブルに突っ伏している、レーナとお嬢様であった……。


     *     *


 そして数日後。

「では、私達はこれで……」

 無事、隣国の王都へと辿り着いた一行。

 そして『赤き誓い』は、城郭じょうかく都市としである王都への入り口である街門、つまり王都を囲む城壁を通過するための門の少し手前で、お嬢様一行に別れを告げた。

 このままお嬢様一行プラスこの国の兵士達と一緒に王都に入れば、当然、『赤き誓い』は一行の関係者だと看做みなされて、ハンターとしての活動に色々と面倒事が生じる可能性がある。また、お嬢様を狙う暗殺者とか、その他諸々が接触を図ったり、人質に取ろうとしたり、とにかく面倒事が起きる未来しか見えない。

 ポーリンが、『その方が、稼ぎになりそうな気がします……』とか言っていたが、さすがに、このんで国家間の揉め事に首を突っ込みたいとは思わない。何しろ、『赤き誓い』は、一介の新米Cランクハンターに過ぎないのだから……。

 マイルがそう言った時、護衛の3人は、『一介の……』、『Cランクハンター……』と、死んだような眼で呟いていた。


 とにかく、門の手前で別れ、『赤き誓い』は一般の入門者達の列へ。そしてお嬢様一行は、そのまま貴族や兵士、公用使達が使う馬車用の門を通過していった。

 馬車の窓から身を乗り出して、メーヴィスに向かって何か叫ぼうとしたお嬢様は、護衛達によって取り押さえられ、口を塞がれたようであった。それを見て、ほっとした様子のメーヴィス。

「やっと終わった……」

 しみじみとした情感を込めて呟かれたその言葉が、メーヴィスの心情をよく表していた。


「ま、亡命して早々に動くとも思えないから、当分は色々な準備のために雌伏するでしょう。街を出歩いたりすることは絶対にないでしょうから、もう、私達が会うことも、関わることもないでしょうね」

 ポーリンの言葉に、うんうんと嬉しそうに頷くメーヴィスであった……。


     *     *


「くそっ、何が『精強、近衛第一小隊』だ! 小娘ふたりに剣技だけでボコボコにされる近衛の一個小隊などがあって堪るものか!! 『どういう経緯であれ、近衛の役目は国王陛下の命に従うことです』などと言っておったが、エルトレイアの味方をして適当な嘘をでっち上げおって……。

 しかも、それらしい嘘ならばともかく、子供騙しにすらならぬ、見え透いた嘘を……。

 これでは、『近衛は現国王を王とは認めていない』ということを国中に、いや、この大陸の全ての国々に向かって声高に叫ぶのと同じ行為ではないか!」

 そう言ってわめき散らす国王を、冷ややかな眼で見る宰相。


「まだ腹の底では儂のことを王と認めていない者がいることくらいは知っておる! だからこそ、エルトレイアを押さえておかねばならんのだ! 『病死する』には、もう少し時間を置かねば疑惑を招くからと、軟禁に留めておいたのが裏目に出た。

 くそ、せめて拷問にかけて正気を失わせておけば……」

 いくらこの場には自分と宰相しかいないとはいえ、とんでもないことを口走る国王。

「くそ、エルトレイアといい、あの女神といい……。

 何と言ったかな、あの女神の名は。確か、あの中隊長が言っていた名は……」

「女神エル、でございます」

「あ、ああ、確かそんな名だったな……」

 宰相が、少し緩みそうになる頬の筋肉を引き締めながら女神の名を教え、そしてそれに対して、国王は特に大きな反応は示さなかった。


 宰相も、見た目は無表情であったが、その心の中では、にやにや笑いが止まらない。

 この王は、姪であるエルトレイアのことは、いつもそのまま『エルトレイア』と呼ぶし、周囲の者達も、王との会話においては同じ呼び方をしている。しかし、皆は、自分達だけの時には、あの少女のことを、その名を省略してこう呼んでいた。

『エル様』


 そして王都では、兵士や傭兵達の口から漏れた噂話が急速に広がっていた。

『女神エル様が、ひとりで魔物の群れを蹴散らされたらしい』

『女神エル様が、一個大隊の兵士達をひとりも死なせずに倒し、他国への侵略行為をお叱りなさったらしい』

『女神エル様が、この国をお救い下さるらしい』


 ……かなり、尾ひれがついて話が大きくなっていた。

 しかし、それは、ある人々にとっては非常に好都合であった。

 まさに、女神のお力添えがあったが如く。

 いや、事実、女神のお力添えがあったに違いない、と。

 そう、まさかそれが、駄洒落好きのひとりの少女による偶然の産物だとは考えもせず……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ラフガディオ・ハーン(小泉八雲)がこのフカシ話を聞いたら、「ぐぬぬ、その手があったか……」と、さぞや悔しがったであろう(んなわきゃ〜ない!)
[一言] ダジャレは世界を救うのですw
[気になる点] 単に簒奪者が侮辱を感じただけの結末!? 思うに、近衛隊長だけはメーヴィスの手で斬首する権利義務があった。 敗戦の証拠として、氷漬けの首級を部下に預け、兜や家紋はエル姫が持ち去る形で!
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