311 命の輝き 5
呆然と立ち尽くす、3人の護衛剣士。
つまらなさそうな顔の、ふたりの魔術師。
むふー、といった顔のマイル。
地面に転がる、31人の敵兵達。
……そして、全身から『助けてくれ』オーラを放出しているメーヴィスと、メーヴィスにしがみついた美少女。
「助けて……」
メーヴィス、敵には強いが、女の子には弱かった。
……自分も、一応は『女の子』であるにも拘らず……。
* *
「……というわけなのです」
さすがに、ここまで関わってしまったのでは、ある程度のことは教えざるを得ない。そう考えたのか、今度はかなり突っ込んだところまで『赤き誓い』の面々に教えてくれた、護衛リーダーであった。
ここは、街の宿屋である。
あれからマイル達一行は、地面に転がった兵士達を放置してさっさと先へ進み、予定通り、明るいうちに街に着いて宿を取ったのである。
勿論、移動前にマイルとポーリンによってメーヴィスとお嬢様には精密な治癒魔法が掛けられ、共に毛筋程の外傷もないつるつるお肌になっている。勿論、外部だけではなく、体内も念入りに治癒魔法で修復してある。
さすがに、体内の大きな損傷は、細胞増殖による完全な治癒には少し時間がかかるが、接骨や腱の貼り合わせ等は、一時的に人工……、いや、ナノ工物によって応急処置してあり、戦闘行為等にも支障はない。そしてそれらの部分は、ナノマシンの制御による細胞の急速な増殖に伴い、順次撤去されて完全に元に戻るようになっている。
「なる程、流行病で皆様の主とお子様方が亡くなり、主の1番目の弟の娘が後継者になるところを、2番目の弟がしゃしゃり出た、というわけですか……」
護衛リーダーの説明を、ポーリンが要約した。どうやらこの国では、たとえ1番目の弟が既に亡くなっていても、継承順位は変わらないらしい。亡くなった上の弟を経由して、その下へ行くわけである。これでその弟に子供がいなければ、2番目の弟のルートへと廻るのであろう。
勿論、護衛リーダーは『とあるお家の』と説明しているが、今更である。
普通の貴族家の話であれば、他領へと逃げ延び、そこで助けを求めて王宮への繋ぎを取るであろう。わざわざ国境を目指し、他国へと逃れるとは思えない。
そしてまた、自領内であればともかく、他領であんなに派手に兵士を動かせるはずがない。一発アウト、貴族間の争いが起こり、間違いなく王宮の介入がはいる。それは、簒奪者にとっては都合が悪かろう。……途轍もなく。
……ということは……。
などと、考えるまでもない。
あの、敵の指揮官が言っていた。『我ら近衛第一小隊』と。
しかし、それには触れないのが、乙女の嗜みというものである。
「1日当り、金貨2枚ですねぇ」
「え?」
突然のポーリンの言葉に、一瞬、意味が分からず聞き返す護衛リーダー。
「護衛料ですよ。ギルドを通さない自由依頼ですから、功績ポイントが付かないこと、襲われる危険が結構高いこと、敵が盗賊より遥かに強い正規兵であること、そして負傷された場合は治癒魔法の無料サービス付きで、ひとり当り1日小金貨5枚、4人で金貨2枚です。この状況から見て、格安かと……」
「雇った!!」
ふたつ返事でそう答え、懐から巾着袋を取り出した護衛リーダーは、かなり膨らんだその巾着袋の中から1枚の硬貨を取り出して、ポーリンに渡した。
「え……」
反射的に受け取ったその硬貨をポーリンがまじまじと見詰めているので、マイルが横から覗き込んでみると。
「オリハルコン貨……」
そう、金貨10枚分の価値がある、あのオリハルコン貨であった。
おそらく、あの巾着袋の中身は、大半がオリハルコン貨なのであろう。そして、逃亡資金の全てをリーダーひとりが纏めて持っているはずがない。万一に備え、護衛達全員が分散して持っているはず。ということは……。
「失敗した! 失敗したああぁ~~! 逃亡中でお金がないだろうと思って、安くしてあげた私の、馬鹿ああぁ~~!!」
この世界で一般的に出回っている金貨は、地球の4分の1オンス金貨とほぼ同じくらい、つまり日本の500円玉よりやや重い、というくらいであり、オリハルコン貨もまた、同じくらいの重さと体積であった。そのオリハルコン貨があの巾着袋の膨らみ分、それを3人の護衛達みんなが持っているとすれば……。
ポーリン、痛恨の判断ミスであった。
護衛リーダーは、願ってもない護衛の確保のため、他のメンバーから異議が出る前にと有無を言わせずお金を押し付けただけであったが、ポーリンには、それが『もう、依頼料の変更は認めない!』という意思表示のように思えてしまい、自分の痛恨のミスに、のたうち回るのであった……。
「そ、それはともかくとして……」
頭を掻きむしるポーリンのせいで場が混沌となりかけたため、メーヴィスが慌てて話題を変えた。……どうやら、依頼は既に受理されたものとして、スルーするつもりらしい。
「みんなは、どうして私の窮地を知り、あの場に駆け付けてくれたんだい? それに、現れた時の、あの魔法は……」
あまりにもタイミングが良すぎたあの登場と、その現れ方。もしや、自分が必死で新たな技を身に付けている間に、それを遥かに凌駕する魔法をみんなが会得したとか? たとえば、一瞬の内に遠くの場所へと移動できる魔法とか……。
そう考えると、目の前が暗くなるような気がするメーヴィスであった。
「あ、あれは、単なる隠蔽魔法ですよ、いつもの『不可視フィールド』です。ただ、解除の仕方を少しアレンジして、それぞれ別の解き方にしただけです。その方が……」
「「カッコいいから!」」
マイルとメーヴィスの声が揃った。
「別に、一瞬の内に遠くから移動、とかの魔法を使ったわけじゃありませんよ。でないと、私の姿が現れる前に私の声が聞こえたり、現れた時点である程度の事情を知っていたりするはずがないでしょう? それに、メーヴィスさんの正確な居場所も知らないのに、いきなりピッタリな場所に出られるわけがないし……」
「い、言われてみれば、それもそうだよな。安心した……」
((((いったい、何を安心したと? そして、『使ったわけじゃない』と言うだけで、『そんなことができるわけがない』とは言わないのは、なぜ?))))
少女は眼をキラキラさせ、そして護衛達は死んだような眼をしていた。
「そして、昨日の夕方になってもメーヴィスさんが到着しないので、ギルドや酒場で、商隊の護衛をしていたハンター達に聞いて廻ったんですよ。『ここに来る途中で、金髪で剣士装備の女性ハンターを見掛けなかったか』、って……。
そうしたら、兵士っぽい3人と少女ひとりと一緒に歩いてた、とか、馬車に少女を乗せてくれと頼んできたけど面倒事を嫌がった商人が断った、とかのお話が……。
そして更に、正規兵らしい兵士達が行動していたとか、街道脇に転がった数人の兵士の姿が、とかの、とても香ばしいお話が……。
なので、すぐに宿を引き払って、『そにっく・むーぶ』で、夜通し歩いて……」
「す、すまない……」
マイルが言ったことは嘘ではないが、更にもうひとつ、マイルがすぐに引き返そうとみんなに主張した理由があった。
それは、ナノマシンから『ミクロスが1本、使用されたようです』との報告があったことである。
ナノマシンによるネットワークは、特定勢力への利益供与のためには使われない。そう言っていたナノマシンとしては、規則に抵触しない範囲での、精一杯の厚意であったのだろう。
「そもそも、『どうして駆け付けたか』って質問はないですよ、メーヴィスさん!」
「え?」
マイルの言葉に、首を傾げるメーヴィス。
「だって、私達が仲間の危機に現れないなどと、どうしてそんなことを考えつくのですか?
たとえそこが戦場のど真ん中であろうが、地獄の底であろうが、お呼びとあらば、即、参上!
それが、私達、魂で結ばれし4人の仲間……」
「「「「『赤き誓い』!!」」」」
宿の中なので、今回はスモークも爆発音も無しである。
そして、少女の眼のキラキラが止まらない……。