306 強 化 5
「そ、そそそ、そういう訳でしたか……」
「そ、そそそ、そういう訳でしたの……」
「そ、そそそ、そういう訳です……」
「「…………」」
改めてのメーヴィスの説明に、ようやく納得してくれたらしい4人。
そう、メーヴィスは、『「気」の力による、他者の身体強化や肉体の修復』を図り、ミクロスや血を経由して相手の体内に『気』を送り込んだ……つもりである。
……そして、その実、それは『治癒魔法』そのものであった。
しかし、魔法の効果はともかく、その作用原理には疎いメーヴィスは、それを魔法ではなく『マイルの実家の秘伝、「気」の力による技を、自分が工夫し発展させた新たな技』だと思い、少し得意げであった。
(これは既に、マイルの実家の秘伝の域を超えた技、すなわち『メーヴィス流気功術』を名乗っても良いのではないだろうか……)
メーヴィス、少しばかり調子に乗りすぎであった。
「と、とにかく、かたじけない! お見受けしたところ、剣士であられるようなのに、まさか治癒魔法を使いこなされるとは……。薬の持ち合わせがない、と言われるはずですな。そもそも、そのようなものは必要とされないのですから……」
少女が回復し、失った血はどうしようもないため本調子ではないものの、ゆっくりとであれば自力で移動できるまでになったことに、礼を言いながら頭を下げる護衛リーダーと、それに続く残りふたりの護衛達。
「いえ、騎士を目指す者として、困っている者を助けるのは当然のこと。お役に立てたならば光栄です。では、これにて……」
メーヴィスが別れの言葉を告げ、立ち去ろうとした時、護衛リーダーの男性が他の3人に素早く目配せをし、少女を含む3人が軽く頷いたのを確認すると、メーヴィスに引き留めの声を掛けた。
「お待ち下さい! お見受けしたところ、行き先は我らと同じ方向の御様子。何とか、国境を越えるまで、我らとの御同行をお願いできないでしょうか!」
彼らがそう願うのも、無理はない。
もし、彼らが『治癒魔法』だと思っているあの処置が不完全であったり、まだ本調子ではない少女が再び動けなくなった場合に備え、自分が同行していれば、安心感が違うであろう。
そう思ったメーヴィスは、少し考えた後、それを了承した。
まだミクロスは4本残っているし、元々行き先が同方向であることから、多少移動速度が落ちたところで、大したことはない。最悪でも、街への到着が1日遅れる程度であり、それくらいであれば、仲間達もそう心配することもあるまい。
そう考えて自分を納得させたメーヴィスであるが、勿論、最初からそれ以外の選択肢はなかった。何しろ、彼女は、『メーヴィス・フォン・オースティン』という名の、騎士志望の、誇り高き貴族の娘なのだから。
「かたじけない! この礼は、必ず……」
護衛リーダーがあまりにも何度も頭を下げるので、メーヴィスは、ふと思い付いたことを口にした。
「ならば、あまりお気になさらずに済むよう、依頼という形にされませんか? 次の街までの、護衛依頼。依頼料は、小金貨1枚で如何ですか?」
ただ同然である。
普通の護衛依頼であっても、相場は1日当たり小金貨2枚以上である。それが、明らかに訳ありで、追跡者による攻撃がありそうな雰囲気。そしてその場合、おそらく相手は盗賊どころではない技量の持ち主である確率が高い。
そして更に、もしもの時には、秘薬を用いた治癒も期待されているであろう様子。おまけに、本調子ではない少女に合わせて歩くと、翌日に到着することは難しそうであった。
普通の見積もりであれば、最低でも金貨1枚。ポーリンであれば、おそらく金貨3枚は吹っ掛ける案件である。勿論、パーティ当たりではなく、ひとり当たりの報酬額が、である。そしてそれは、決して暴利ではない。それだけ危険度が高い、『ヤバい案件』だということであった。
ハンターギルド支部に掲示されていれば、間違いなく『赤い依頼』。そして普通なら、ハンターギルドではなく、傭兵ギルドに依頼すべき案件である。……もしくは、領主軍か王都軍(国軍)等の、正規の軍隊に。
「……返す返すも、かたじけない! 申し訳ないが、お言葉に甘えさせて戴く……」
当然、護衛の者達も、そのあたりの相場くらいは知っている。なので、メーヴィスの申し出がお金目当てではなく、自分達に気を使わせまいとしてのことであることくらいは承知している。
そして、もっと多額の報酬を提供することが可能であったが、それを口にすることはできなかった。メーヴィスが報酬額など関係なく引き受けてくれたことがはっきりと分かっているのに、今、ここで報酬額のことなど言い出せば、それは、この騎士志望の女性を侮辱することになる。全てが終わった後で、そっと多めの報酬額を手渡せば済むことである。
今は、黙って厚意に感謝し、頭を下げるだけで充分であった。
少女の足に合わせ、ゆっくりとした速度で進む一行。
何度か同方向への馬車が通りがかったが、同乗は全て断られた。
馬車に乗せるのは少女だけでいいからと頼んでも、徒歩の者に合わせて速度が落ちるのを嫌がられたり、隙を見て襲い掛かるという偽装盗賊ではないかと疑われたりして、相手にされなかったのである。
そうでなくとも、ひ弱そうで身分が高そうなお嬢様が徒歩で移動しているのは不自然であり、商人達が面倒事に巻き込まれるのを嫌がるのは、仕方なかった。彼らも、自分の人生と、家族や従業員達の生活が懸かっているのである。無用な危険を冒したいとは思うまい。
このまま街道を進んでいれば、そのうち追いつかれるであろう。そして、すぐに発見される。
……彼らが逃れようとしている、相手の手の者達に。
しかし、街道を外れて森や荒れ地、岩山等を進むことはできない。他の者達はともかく、少女の進行速度が極端に低下し、そして転んだり足を挫いたりして負傷し、余計移動速度が落ちることとなるのが関の山である。
また、いくら身を隠しつつ森の中を進んでも、移動速度が極端に低下したのでは、追跡者の本隊が楽々先回りして前方を押さえ、後方から散開した別働隊が追い込みを掛けてくれば、詰む。ここは、無理を承知で、できる限り距離を稼ぐ方が、まだ少しはマシであろう。
そして、移動しながら、彼らは必要最小限の情報をメーヴィスに教えてくれた。さすがに、理由も教えずに戦いに巻き込むのは申し訳ないと考えたのであろう。そして、正義は自分達にある、ということを伝えたかったのかも知れない。
「……なるほど、継承順位第1位であるお嬢様を亡き者とし、継承順位第2位の者が後継者の座を、というわけですか。よくあるお話ですね。
いえ、まぁ、世間ではよくある話だとは言っても、当事者にとっては大問題ですよね、勿論……」
メーヴィスには全く悪気はないのであるが、本当に、『よくある話』以外の感想が思い浮かばなかったのであった。護衛の3人は少し鼻白んだ様子であるが、お嬢様は、苦笑いである。おそらく、自分でもそう思っていたのであろう。事実、あまりにもありふれた話であった。
事情説明は、それだけであった。
家名も、継承順位第2位の者との血縁関係も、その他の詳細も、語られることはない。そのような情報は不要であり、何の意味もない。
それに、メーヴィスは『我が一族の秘伝』とか言ってしまったし、その所作や言動から、平民の出ではないことは容易に窺い知れる。いくら助力を願ったとはいえ、他国の貴族に、あまり詳細を、それもこの場では何の意味もない情報を聞かせたところで、何の益もない。
しかし、メーヴィスも馬鹿ではないし、貴族家の子女である。今までの会話から、ある程度のことは察していた。お嬢様や護衛達は、おそらくそのことには気付いていないであろうが……。
そして、まだ明るいうちに、追っ手に捕捉された。
街道脇に生えた巨木を背に、周囲を取り囲まれたようである。
「6人か……。先行の捜索部隊だな。逃がすと、こちらの位置と状況を本隊に知らされる。ひとりも逃がさぬよう全員潰して……、って、そもそも、向こうがこっちを逃がす気、皆無か」
リーダーが言う通り、向こうは情報を持ち帰ることを優先するのではなく、このままこちらを捕縛、もしくは殺すつもりらしかった。どちらにするかは、彼らが受けている命令次第であろう。
そして、いったん目を離せば、再び一行をすぐに再発見できるかどうかは分からない。『発見したけれど、報告のために離れている間に見失いました』というのと、『発見し、捕らえました』。どちらが手柄になるかなど、考えるまでもない。
そして、戦力は、むこうは6人、こちらは3人とオマケがひとり。向こうが盗賊とかであればともかく、どうやら向こうも騎士か手練れの兵士であるらしい以上、こんな手柄の機会をみすみす見逃すわけがない。オマケの新米女性ハンターなど、彼らにとっては数のうちにも入らないであろうから、実質、2対1の戦力比なのである。
「メーヴィス殿、大木を背にして、お嬢様の直衛をお願いする」
護衛リーダーは、メーヴィスにそう告げた。
それは、護るべき者の安全に配慮すると共に、自分達が全滅した場合には降伏し、ただ雇われただけのメーヴィスに累が及ばぬようにとの配慮であろう。常識で考えれば、若い女性ハンターが騎士や手練れの兵士に敵うわけがない。あくまでも、メーヴィスは少女の治癒要員として雇われたのであろう。……彼ら、護衛の3人の認識では。
しかし、メーヴィスが受けた依頼は、『護衛任務』であった。
「なる程。妥当な判断のように思えますね……」
メーヴィスは、その指示の妥当性を認めるかのような返事を返した。
「……だが、お断り致します」
「「「「え?」」」」
「いくら雇われた身であっても、ハンターには、明らかに誤った指示や命令に対しては、拒否したり、代案を提言する権利があります。そして皆さんは、私の力を見誤り、間違った判断をされています。
……大木を背にして、皆さん3人でお嬢様の護衛を。そして私は……」
そしてメーヴィスは、すらりと剣を抜いた。
「敵の殲滅を引き受けます!」