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「ありがとうございました!」

 そう言って礼をするメーヴィスは、ボロボロであった。

 今日も、短期間訓練の客が帰った後の、弟子達だけを相手にした鍛錬において、ここ数日の締めの訓練となっているメーヴィス相手の総掛かりが終わったのである。弟子達はこれから道場の片付けと清掃を行い、その後、裏庭で井戸水を手桶で被り、着替えを行う。

 弟子扱いとはいえ、大金を払っているメーヴィスに道場の掃除をさせるわけにはいかないと、自分もやると言ったメーヴィスを、師匠であるラディマールはシッシッと追い払った。それに、いくら男女の別を気にせず一緒に鍛錬していても、さすがに半裸で水を被ったり着替えたりする兄弟子達に交じることは躊躇われ、メーヴィスは宿に戻ってから身体の手入れや着替えを行っている。なので、メーヴィスは兄弟子達よりも一足早く道場を後にした。

 そして、宿へ向かいながら、考え込むメーヴィス。


(……今日も、あまり進展はなかった……。

 当初の予定では、残る訓練日数は、あと2日。

 延長するか? いや、それではマイル達に心配をかける。では、今回はここまでとするか?

 確かに、得られたものは大きい。兄様達に教わった『綺麗な剣術』だけでなく、駆け引きや応用技、汚いやり口等、他のハンターや盗賊、兵士等を相手にした対人戦の能力は、かなり上がったという自覚がある。

 お師匠様や兄弟子達には、支払った小金貨分の、いや、それ以上の、大切なものを色々と教わり、与えて戴いた……)


 半ば諦めかけていたメーヴィスであるが、その脳裏に、マイルが以前言っていた言葉が浮かんだ。

『メーヴィスさん、諦めたら、そこで戦いは終了ですよ!』


(何を考えていたのだ、私は! みんなが、大切なパーティ予算と、そして乙女にとって最も貴重な『時間』という、決して増えることのない有限の資産を注ぎ込んでまで与えてくれたこの数日間を、最初から諦めて無駄にすることを考えるとは!

 もう2日しかない、ではなく、まだ2日もある、だ。マイルなら、必ずそう考える!

 考えろ! あと2日で、強くなる方法を! 1対多での対人戦の訓練ができる機会など、そうそうあるものではない。この機会を無駄にしてはならない! 考えろ、メーヴィス・フォン・オースティン!!)

 そして、メーヴィスの脳裏を、様々な考えが駆け巡る。


『あの、その、実は、勝てるかも知れない方法があるんですけど……』

 上兄様との戦いの前日、マイルに掛けられた言葉。

『速さに慣れればいいんですよ

 気の力で筋肉が強化されて

 痛みは単なる危険信号です。だから、「それはもう分かったから!」って言って無視すりゃいいんですよ

 心に棚を作りましょう!

 速度は威力の向上に

 回転力というものはですね

 猫っていいですよね』


 何となく既視感のある言葉の群れが、脳内を駆け巡る。

 そして……。


「……これだ!」

 ひと声、そう叫んだメーヴィスは、急いで宿へと戻り、さっさと身体の手入れと着替えを済ませ、大急ぎで夕食を腹へと詰め込んだ。

 いくら気がいていても、身体の手入れと食事をおろそかにするようでは、立派な騎士とはいえない。騎士は、身体が資本。主への忠誠を示すには、頑健な肉体が必要なのである。


 そして全ての準備を済ませたメーヴィスは、愛剣をベッドへ持ち込み、しっかりとその柄を握り締めて、全開にした。

 ……その、精神力と妄想力の全てを。

 精神的に疲れ果て、そのまま意識を失うように眠ってしまうまで……。


     *     *


「……今日は、これを使わせて下さい」

 鍛錬が一通り終わり、いよいよ今日も最後の『メーヴィスの総掛かり戦』の時間となった時、メーヴィスが自分の荷物の中からある物を取り出した。

「これは……」

「はい、私の剣、つまり実剣に、布を巻き付けたものです」

「…………よかろう」

 メーヴィスの眼をじっと見詰めた後、ラディマールがそう言った。

「これだけしっかりと布を巻き付けてあれば、そうそう怪我をすることもあるまい。しかし、木剣より振り回しにくくて不利になるかも知れんぞ。それで良いなら、使っても構わん」

「ありがとうございます!」

 兄弟子達も不満はないらしく、皆、黙って頷いてくれた。

「では、皆様、胸をお借り致します。……メーヴィス・フォン・オースティン、参る!」




「見事!」

 ラディマールが立ち上がってそう叫び、メーヴィスは兄弟子達に礼をした。戦闘不能の判定を受け、戦力外となった12人の兄弟子達に……。

 メーヴィスは、何回打撃を喰らおうが訓練続行。敵役である兄弟子達は、実戦であれば戦闘不能になる攻撃を喰らえば、戦力外として戦列から離れる。そういうルールでの総掛かり戦であったが、昨日までは、兄弟子達を全滅させる前に、メーヴィスが打撃によるダメージと疲労で動けなくなり終了していた。

 それが今日は、最初のうちは数発喰らいはしたものの、その後は攻撃を受けることなく全て回避か受け流し、12人全てを倒しきったのであった。


「この1日で、何があった?」

 そう尋ねるお師匠様に、メーヴィスは晴れ晴れとした顔で答えた。

「友の言葉が、私に新たな力を授けてくれました」

「……そうか。良き友に恵まれたな……」




 そして翌日、訓練の最終日。

 最初から最後まで致命傷と判定される打撃は受けずに12人の兄弟子達を下したメーヴィスは、師匠であるラディマールに短期集中訓練の修業しゅうぎょうを宣言された。

「我が流派には、修業証書だとか、免許皆伝の証明書とかいうものはない。そんなものは必要あるまい。己の技で証明すればいいだけの話じゃからな。

 剣技というものは、10年鍛錬しても大した成果が出ない者もいれば、3日間で大きく成長する者もいる。僅かな日数ではあったが、お前は成長できたかどうか。……それを他者に聞く必要はあるまい?」

 メーヴィスは、こくりと頷いた。


「お前は、短期集中訓練の『お客様』としてここへ来たが、今、お前のことを『お客様』だと思っている者は、ここにはひとりもおらぬ。お前は、我がラディマール道場の門下生であり、皆の同門である。以後、そう名乗ることを許す。

 そして忘れるな、お前には多くの兄弟子がおり、そしてこれからは、多くの弟弟子ができる。

 困った時には、皆を頼るがよい。

 では、行くのじゃ、お前を待つ、友たちの許へ!」

「はっ! 皆様方、お世話になりました。この御恩、決して忘れませぬ。では、おさらばです!」

 深々と頭を下げ、メーヴィスは道場を後にした。

 今夜は宿に泊まり、明朝、マイル達が滞在する街へ向けて出立する。


「……行ったか。久し振りに、楽しめたわい……。

 よし、さっさと掃除をして、着替えろ! 皆で飲みに行くぞ。全部、儂の奢りじゃ!

 今日は、気分が良い。飲まずにいられるか!」

「「「「「「おおおおお!!」」」」」」

 結構金には渋い奥方様が、苦笑いをしている。ということは、今のお師匠様の発言が認可されたということである。門下生達は、大急ぎで道場の清掃を開始した。


「あとで、オースティン家という貴族がどこの国の貴族か、調べておいてくれ。

 奴が名を上げたら、うちの宣伝に使わせて貰おう。そして奴が困った時には、ささやかな援助を行おう。そして、奴が嫁に行く時には……、祝いの品のひとつでも贈ってやろう」

「はいはい……」

 勿論、奥方には分かっていた。自分の夫が言う『ささやかな援助』というのが、残り少ない自分の『ささやかな命』を懸けるという意味であることを。


「なぁ。もし、娘が生きていたら……、いや、何でもない……」

「はいはい……」




 愛剣を抱き締めて眠る、メーヴィス・フォン・オースティン。

 どんな夢を見ているのか、試練の時が迫っていることを知らないその寝顔は、幸せそうであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一通り読み終わってから読み返すとこの話めっちゃ泣ける
[良い点] ここで泣ける話を持ってくるとは……。参りました。
[一言] >しっかりとその柄を握り締めて、全開にした。  ……その、精神力と妄想力の全てを。  精神的に疲れ果て、そのまま意識を失うように眠ってしまうまで…… そうかこの時点で、イメージがナノマシン…
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