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299 王 宮

「やはり、そうであったか……」

 王宮では、国王が、派遣していた官吏の男からの報告を受けていた。

 身分の低い者が直接国王に報告できる機会などそうそうあるものではなく、平民である官吏は、国王の歓心を得るために喋りまくった。ライクスが言ってもいないことを。そして自分で確認してもいないことを、憶測で、あるいは国王が望むような内容に改変し、断定口調で報告したのである。

 ……つまり、『女神など現れていない。あれは、大きな被害を出した部隊指揮官が責任逃れのためにでっち上げた、狂言である』という、自分が勝手に作りだした結論を。


「いくら魔物を国境線から押し出しても、向こうの被害があまり増えん。それどころか、こっちの被害が大きく、兵士がその責任逃れのために虚言を口にするようでは、らちがあかぬ。

 よし、すぐに再度侵攻作戦を実施せよ。今度は国境線の向こう側、マーレイン王国側の縁辺部まで軍を進め、魔物の群れを完全に森から追い出すのだ!」

「「「「「え……」」」」」

 官吏の男だけでなく、陪席していた貴族や軍人達からも驚きの声が上がった。


「へ、陛下、軍の越境行為は、侵略と看做みなされます! 今までのような、暗黙の了解の下の駆け引きとは……」

 少し焦ったような上級士官の言葉に、国王はあっけらかんと言い放った。

「それがどうかしたか?」

「は?」

「我が国の領地を広げる。とりあえず、あの森と、その向こうにある領地を併合するぞ。すぐに準備にかかれ!」

「は……、はっ!」

 開戦である。


 祖国の領土を広げ、他国の富と労働力を手に入れる。防衛戦ではなく侵攻作戦なので、略奪物と新たな領地が手に入る。それはすなわち、それらが手柄を挙げた者に下賜されるということであった。既存の貴族家への領地の追加か、新たに爵位を得て貴族となる者が現れるのか……。

 あまりにも急な話に驚きはしたが、それは貴族達にとっては決して悪い話ではなかった。

 戦いで死ぬのは、主に一般兵や、召集した農民兵達である。後方から指揮する貴族の上級士官が戦死することはそう多くはないし、もし危機に陥っても、降伏すれば済むことである。

 そうすれば、後で身代金を払えば無事に国に戻れる。捕虜となっている間も、貴族であれば丁重に扱われる。互いに『明日は我が身』であるから、おかしな真似をされることはない。なので、勝利した場合のメリットに較べれば、それらの可能性は大したデメリットでもない。

 隣国との関係はあまり良くはなかったが、世間の評価としては、いきなり侵略を始める程ではないと思われていた。なので、隣国マーレイン王国側も、急な侵攻には対応が遅れるはずであった。


「あの森が自然の防壁となり、長年に亘って、互いに領地争いとなることを防いでいた。しかし、それも今日までだ。『自然の防壁の前には、それを守るための兵力を置く』、それが軍事の基本だ。

 森の中央が国境線であれば、互いに条件は同じ。しかし、森を全てこちら側に取り込めば、それを防壁として有効活用できる。そして、その前面に戦線を押し出して、採取資源のある森と、鉱物資源のある山脈地帯と、そしてその先のマファンあたりまでを切り取るぞ!」

「「「「「おお!!」」」」」


     *     *


「……ということらしいですけど……」

 王都のギルド支部で、傭兵募集の貼り紙を見ながら、呆れたような様子でそう言うポーリン。

 あの官吏が報告しない限り新たな動きはないであろうから、のんびりゆっくりと採取や素材メインの狩りをしながら移動して王都に到着した『赤き誓い』一行が、ギルド支部で情報ボードや依頼ボードを確認していると、その横に貼ってあったのである。その、貼り紙が。


『傭兵募集。食事支給、戦闘手当、功績手当あり。詳細は国軍傭兵担当部署にて』


 勿論、国境線を越えるなどということは書かれていない。ここの情報がマーレイン王国側に筒抜けであることなど、皆が知っている。勿論、軍や王宮の者達も。

 なので、あくまでも、今回もいつもと同じく『不本意な結果に終わった前回の魔物押し出し作戦の仕切り直し』として、国境線まで押し出すだけと思わせての募集であった。

 別に虚偽記載ではないし、軍の行動はハンターや傭兵が口出しすることではない。それに、応募した時点で、ある程度の説明とヒントは与えられるのであろう。『対人戦闘生起の可能性あり』とか何とか……。

 ぎりぎり契約違反にならない程度に与えられるそれらの情報でピンと来ないなら、それは、自己責任であった。


「ギルドを介さない『自由依頼』の募集の貼り紙を、ギルドの依頼ボードの横に堂々と貼るとは……」

 メーヴィスも呆れたような口調でそう言うが、ハンターを傭兵として募集するなら、ここに貼るのが一番効果的なのは間違いない。そして、王宮から『ここに貼らせろ』と言われれば、断れないであろう。

 別にギルドが雇用契約に介在するわけではないので、この程度であれば『ハンターギルドは戦争には不介入』という原則に反するとは言えない。

 勿論、本職の傭兵達の方へは、正式に傭兵ギルド経由で依頼を出しているのであろう。今までは対人戦は想定していなかったため傭兵ギルドには声を掛けていなかったが、今回は別である。

 勿論、その他にも、街のごろつきや浮浪者等にも募集をかけているだろう。正規兵や農民兵より前に出す、使い捨て要員として。


「あ~、やめとけやめとけ!」

「使い捨てられて、カネも貰わないうちに御陀仏だぞ」

「それに、お前達なら、戦いが始まる前にヤラれちまうぞ。修行の旅の途中なんだろ、このままさっさと次の国へ行きな!」

 居合わせたハンター達が皆、貼り紙を見ている『赤き誓い』の面々にそう言って忠告してくれた。


「それとな……」

 そして、急に声をひそめて話すひとりのハンター。

「今回の件は、アレだ。『赤い依頼』だよ。前回の魔物の押し出しの時に、『絶対に手出ししちゃいけないモノ』が出たらしい。軍の内部ではその話は否定されていて、兵士や強制徴募の農民兵達は噂を広めると処罰されるらしいが、ま、そんなの俺達にゃ関係ねぇ。

 前回参加していたハンターや街のごろつき連中があちこちで触れて廻ってるから、今回は、まともな奴は参加しないさ。参加するのは、危険察知能力のない奴と、食い詰めて仕事を選ぶ余裕がない奴、そして馬鹿だけさ。だから兵隊と強制徴募の農民以外の参加者が少なく、それはつまり、確実に部隊の先頭に立たされるということだ。

 ……まぁ、嬢ちゃん達は『別の任務』を強要される可能性が高いと思うけどな……。

 で、受けるつもりか? その仕事……」


「受けないわよ!」

 即答する、レーナ。

「それがいい。ま、その依頼を受けなきゃ関係ないが、それでも、死ぬかも知れない戦地へ向かう兵士は気が立っているし、ヤケクソになっている者もいるからな。下手に兵士がいるところを出歩かない方がいいぞ。

 やはり、お勧めは、さっさと他の国へ移動することだな。また、帰り道にでもゆっくり寄ってくれや」




「良かったのですか、あれを受けなくて……。敵の内部にいた方が、情報も簡単に手に入るし、引っかき回すのも楽になるのでは……」

 ギルド支部を後にして宿屋を探している時に、悪だくみ担当のポーリンがそう言ったが、レーナは首を横に振った。

「駄目よ。正式に契約して雇われたら、それが明らかな違法行為だとか契約違反、契約外行為の強要とかでない限り、雇い主を裏切るわけにはいかないわよ。

 戦争のために傭兵を雇うのは違法じゃないし、宣戦布告をするかどうかは国家間の問題であって、雇われた傭兵には関係ないし。もし兵士達に襲われても、それは個人の問題であって、雇い主がそれを命じたのでない限り、契約には関係ないしね。

 だから、士官とかが身分や地位を盾にして違法行為や契約外のことを強要した場合を除き、雇用主を裏切れなくなっちゃうのよ、正式な契約を結ぶと。それはマズいでしょ?」

「う……」


 ポーリンは、正しいことのためには嘘も裏切りも容認するタイプのようであるが、レーナは、あくまでもハンターとしての規範を守るタイプのようであった。

 そしてメーヴィスは、言うまでもなく、騎士として恥ずべき行為、恥ずべき言動は容認できないタイプである。

 マイルは……。

「レーナさん、『それはそれ、これはこれ』、『心に棚を作れ!』ですよ!」

「やかましいわ!!」

 とにかく、『相手側に雇われる案』は却下のようであった。


「まぁ、私達のせいで死人や怪我人が出るようなことは許容できないんですけどね」

 そう言うマイルを、そんなことだろうと思った、というような顔で見る、レーナ達3人であった……。

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