298 調 査
「何よそれ!」
翌朝、マイルから事情を聞いたレーナが怒りの声を上げた。
「まず、マイル。あんた、どうして私達に黙って行くのよ! もう何回目だと思ってんのよ!」
「あ、いえ、『私が女神様なのは、仲間達には内緒』という設定で……」
「それは、相手にそう言えばいいだけでしょうが! 私達にその男と会うことを言っちゃ駄目な理由にはならないでしょ! 夜中に男とふたりきりで会うなんて、もし何かあったらどうするのよ!」
レーナが怒鳴り続けるが……。
「無いな……」
「無いですよねぇ……」
メーヴィスとポーリンが、否定的な見解を述べた。
「マイルを力尽くでどうこうできる男がいるとは、到底思えないな……」
「まず、無理ですよねぇ……」
「言われてみれば……」
メーヴィスとポーリンの言葉に、レーナも我に返って現実を見詰めたようであった。
「でも、マイルが力尽くでどうこうすることなら……」
「「あ……」」
「しませんよっっ!!」
レーナの呟きと、それを聞いて『その手があったか!』と言わんばかりのメーヴィスとポーリンに、マイル、激おこであった。
「と、とにかく、このままじゃ、『調査の結果、証拠なし』とかいうことになって、そのうち嫌がらせが再開されるかも……」
マイルの危惧に、ポーリンが異議を唱えた。
「……でも、マイルちゃんがあれだけ脅したのに、そんなことをするでしょうか?」
しかし、メーヴィスはマイルと同じ考えのようであった。
「今まで嫌がらせを指示していた者の意地や面子があるからね。それに、マイルは別に天変地異を起こしてみせたわけじゃない。女神様の扮装をした少女から偉そうに御高説を賜っただけで、魔物の進行路は元々国軍がいた場所から少し外れていただけ、と言われれば、それまでだ」
「た、確かにそうですね……」
というか、メーヴィスが言ったことが、ほぼ事実である。魔物の進行路が少しズレたのはマイルの威圧のおかげであるが、マイル自身は、女神の扮装をしただけの、普通……ではないが、一応は、『ただの少女』である。自称。
「え? でも、マイルがトンデモ技を見せたんでしょ?」
「治癒魔法。剣を曲げる。鎧に穴を開ける。岩に攻撃魔法を命中させる。現場でマイルが扮装した姿を見ながらそれらを実際に目の前で見せられた者達には、そりゃ効果絶大だっただろう。
しかし、しっぽを巻いて逃げ帰った者達が必死で叫ぶ『相手がとてつもなく強かった』という言い訳を信じる上官はいないし、マイルがやってみせたことをたとえ信じたとしても、真実は報告内容の数割程度だろうと思われれば、ひとつひとつのことは凄腕の魔術師ならできないことじゃないだろう?」
「う……、まぁ、今回マイルがやったのを劣化させて、その2~3割程度で似たようなことをやってみせるだけなら、Aランクの魔術師ならできるだろうけど……。だから、『報告が数倍に盛ってある』と思われたら、ニセ女神だと思われる可能性はあるわね、確かに……」
レーナも、メーヴィスの説明には納得せざるを得なかった。
レーナは、自分が魔術師であるため、マイルの使う魔法のトンデモ具合が身に染みて分かるのであるが、自分では魔法が使えない(と思っている)上、かなりアレなレーナとポーリンの魔法を見慣れているメーヴィスには、マイルの魔法のトンデモ具合が今ひとつピンときていないのである。
そのため、ふたりが本気を出した時の魔法とマイルの魔法の間にある『越えられない壁』というものの存在があまり強く認識されていないのであった。だから、マイルの魔法の数分の一程度の効果の魔法であれば、女神でなくとも使ってみせられるであろう、と。
そしてレーナも、魔術師以外の者であればメーヴィスと同じように考えてもおかしくはない、と思ったわけである。
「それって、マズいのでは……」
「マズいわね……」
「マズいだろうね……」
「激マズですよね……」
* *
「……で、お前が案内役を務めた、ライクスとやらか」
王都から来たのは、横柄な態度の官吏であった。勿論、平民出身である。このような任務に貴族が来るわけがない。……余程、何か美味しい余禄がありでもしない限り。
「はい」
必要最小限の返事しかしないライクス。
ライクスには、この領地に負担を押し付ける連中の一味であるこの男に、敬意を払ったり配慮したりする気は欠片もなかった。そして、平民のくせに貴族のような態度を取るところも、気に入らなかった。
そしてそれ以前の問題として、この男は、『女神様の敵』なのであるから。
これが貴族相手であれば、不興を買えば何をされるか分からないから少し考えもするが、平民の下っ端官吏程度であれば、独断で他領の領民に、それも国軍に雇われ協力してくれた唯一の現地人であり、今回の件の証人でもあるライクスに危害を加えたりすれば、自分の方が何らかの処罰を受けるはずである。
だから、ライクスには下手に出なければならない理由はない。この男は、ライクスをどうこうする権限があるわけではない、ただの使い走りの下っ端に過ぎないのだから。
この男も命令を受け仕事で来たのであろうから、ちゃんとした態度であれば、それなりに対応するつもりであった。しかし、こうあからさまに尊大な態度で馬鹿にしたような物言いをされたなら、話は別であった。
「……で、この小娘共は何だ?」
そう、ここ、ギルド支部の会議室には、ライクス、王都から来た官吏、ギルドマスター、サブマスターの他に、『赤き誓い』の面々が並んでいたのである。
マイル達は、王都からの使いが来るまでの間、日帰りの仕事を受けて『修行の旅』としての実績を積みながら待っていたのである。ちゃんとライクスの予定を確認して、ライクスが街にいる時は自分達もいるようにしていたので、仕事で街を離れている間にこの事情確認が終わってしまっていた、という心配はなかった。
「魔物押し出しの時の、相手側の行動に同行していたハンターです」
「何だと! 敵ではないか!!」
気色ばむ官吏に、呆れたような顔で説明してやるライクス。
「拠点を離れて移動しているハンターには、国も、敵味方も関係ありません。言うならば、雇ってくれた方が味方、でしょうか。だから、むこうの国を離れてこの国に来た今、こちらが雇えば、彼女達は我が国の味方ですよ」
「ふん、愛国心も信念も何もなく、金で命と良心を売る屑か。どうせ、金を払えばその身体も売るのであろう!」
「「「「…………」」」」
ぴしっ、と4人のコメカミに青筋が浮かんだが、官吏はそれに気付いた様子はなかった。尤も、たとえ気付いたところで、気にもしなかったであろうが。
官吏の質問には殆どライクスが答え、『赤き誓い』はいくつかの質問に簡単に答えただけである。元々、『向かってきた魔物と戦い、一部を殺し、大半を追い返した』ということ以外に、話すことはなかった。
そして官吏は、わざわざ森にはいり現場を確認する気など更々無く、最低限の義務は果たした、とばかりに、さっさと引き揚げていった。
「信じてないわよね?」
「信じてませんでしたよね?」
「信じていないよねぇ……」
「信じる者はすくわれる。……足を」
そして翌日、『赤き誓い』は、この国の王都に向けて出発した。
少々機嫌の悪い顔をして。
……そう、あの官吏が口にした侮辱的な言葉に、かなり気分を害して……、というか、はっきり言って、怒っていた。激おこである。
あの官吏は、不用意なひと言によって母国に大きな不利益をもたらしたのであるが、本人も、その上司達も、それを知ることはなかった。