295 移 動 2
「そろそろ、国境通過です」
マイルの声に、黙って頷く3人。
相手国に敵対する依頼を受けているのでない限り、ハンターが街道ではなく森や山岳部等で国境を越えることは全く問題ない。ハンターは、特別な場合を除いて国への納税の義務がないからである。勿論、商人がそんなことをすれば、抜け荷として厳罰である。
「じゃあ、今日はこのまま進んで野営、明日のうちには森の外縁部に着くと思いますから」
以前、上空から森の終端を確認したことのあるマイルが言うのだから、そうなのであろう。移動速度を、自分ひとりで自重無しで進んだ場合のもので計算したりしていない限りは……。
そして翌日の夕方、『赤き誓い』はマイルの言葉通り森の外縁部へ到達した。
途中で数頭のオークを狩ったため、ポーリンの表情も和らいでいる。
一行は、森から出ずに、外縁部の少し手前で最後の野営を行った。……森から出てから野営した方が安全、かつ快適であるが、『赤き誓い』にとって、『安全』など、今更である。そして、森の外側で野営すれば、近傍の住民達に見つかる。料理のための炎は、かなりの遠距離から視認できるであろうから。
別に、見つかったからといって、何か問題があるわけではない。しかし、魔物や盗賊の襲撃が日常茶飯事であるこの世界で、わざわざ自分達の存在を触れて廻るような者は少ないし、そういう者は早々に死んで子孫を残せない。なのでこの世界には、慎重な人間が自然と多くなる。
……そう、『淘汰圧』というやつである。
いつものようにマイルがアイテムボックスからテントを出し、続けて簡易竈やテーブルに椅子、そして調理台と食材を取り出した。そしてポーリンが具材を切り刻み、スープを作る。
「粒よ踊れ、踊り舞いて熱く滾れ、うりゃ! うりゃうりゃうりゃ!!」
各自のスープ皿に水と具材を入れたまま加熱調理できるので、鍋から取り分ける必要も、鍋を洗うことさえ不要である。それを見ていたレーナが愚痴を溢していた。
「やっぱり、その方が便利よねぇ。護衛依頼はCランクハンターの嗜みだけど、色々と面倒なのが嫌なのよねぇ……」
そう、分子振動を利用したポーリンの湯沸かし魔法をあのエルフコンビに見せるのは何かマズい気がしたため、護衛任務中は、湯沸かしはポーリンではなくレーナのファイアー・ボールに任せていたのである。……それでさえ目を剥かれたのは予想外であったが。
とにかく、今はもう自由に魔法を使うことができる。
「ウィンド・エッジ!」
後ろでは、メーヴィスがウィンド・エッジでマイルがアイテムボックスから出した猪の四肢を切断していた。これまた、マイル以外は『魔法ではない、「気」を使う秘伝』だと思っているため、魔法に詳しそうなエルフの前での使用は躊躇われた。それに、もしウィンド・エッジを見られた後でメーヴィスが魔法を使えない体質であることを知られたら、どうなるか分かったものではない。
メーヴィスは、まだウィンド・エッジを獲物の腹を裂くのに使うと内臓を切ってしまうため、その部分は包丁で直接捌く。要・鍛錬であった。
毛皮も売れるので、これも皮剥ぎ用の包丁で綺麗に剥ぎ取る。
……何となくすすり泣きが聞こえるような気がするため、料理や皮剥ぎには短剣は使わない。
「「「「部外者がいないと、楽ちんだし、落ち着く……」」」」
そう、人目を気にしての日々は、彼女達には窮屈であった。
「メーヴィス、あとで清浄魔法と温水シャワー魔法を使うから、多少汚れても構わないわよ!」
「おお、それは助かる! じゃ、今夜の分だけでなく、1頭丸ごと捌いておくか!」
勿論レーナとポーリンも、マイルに教わって清浄魔法や温水シャワー魔法が使えるので、汗や獲物の血で汚れることは気にしなくて済む。そしてその恩恵を受けられるメーヴィスも。
……但し、他のパーティや依頼主が一緒にいなければ、の話であるが。
* *
「行くわよ」
翌朝、食事は簡単に済ませて、テントを収納するだけという超簡単な撤収作業を終えると、『赤き誓い』は森を出て、そのまま真っ直ぐに進んだ。村や街があるなら、危険な森の外縁部から離れる方向にあるに決まっている。
そうしてしばらく進むと、小径に行き当たった。森の恵み、つまり山菜や果実、薬草や薪の採取、そして獣や魔物を狩る者達が使うものであろう。これを辿れば最寄りの村に着く、というわけである。
マイル達は、別に村に用があるわけでも、立ち寄るつもりがあるわけでもない。ただ、少し被害状況を確認しようと思っているだけである。
マイル達は、滞在していた街のギルド支部で、情報を手に入れていた。それによって、前回の魔物押し戻しの件ではこちらの国にも死者は出ておらず、国軍にかなりの負傷者、ハンターに数人の軽傷者、そして村では畑の一部に被害が出たということを把握していた。
国軍に怪我人が多かったのは、自分が危なくなれば魔物を通して自分の身を守るハンターに対して、軍人は己の全力で魔物を塞き止めようとするからであろう。自分が無事であれば次の魔物をまた止められるのに、無理して怪我をすれば、その後は戦力にならず何の役にも立たないというのに。
そのあたりが、自由人であるハンターと軍人との違いなのであろうか……。
しかし、『赤き誓い』にとって、それらはもう『済んだ仕事』であり、今は何の関係もない。自分達が関わった仕事の、『相手側』の結果が知りたい、見てみたいなどというのは、こういう仕事を生業とする者達にとっては『心の贅肉』であり、あまり褒められたことではなかった。
それは、以後の仕事において悪影響を及ぼすことはあっても、決して良い結果をもたらすことはないからである。
「…………」
村らしきものはまだ見えないけれど、畑は見えてきた。それと、『以前、畑だったと思われるもの』も。
おそらく、魔物が暴走した跡なのであろう。少し修復しようとしたらしき形跡はあるものの、踏み潰され、そして踏み固められた畑を元の状態に戻すには、まだ当分はかかりそうな様子であった。
それらを横目に進んでいると、前方に数人の子供達の姿があった。
「森に採取に行った帰り、でしょうか……。しかし、それにしては時間が早過ぎるような……」
マイルが不思議そうにそう言ったが、ポーリンが呆れたような顔で言った。
「それは、マイルちゃんが……、というか、私達が全員、朝に弱くて起きるのが遅いからですよ。
農村の人達はみんな、空が明るくなる頃には起きて、まずひと働き。朝2の鐘(午前9時)と昼1の鐘(午後零時)の真ん中くらいの時間に家に戻って食事、そして食休みの後、夕方、暗くなるまで働くんですよ。
ですから、今頃家に向かっていても何の不思議もありませんよ」
「ああ、ブランチと夕食の、一日二食かぁ……」
「「「ぶらんち?」」」
「あ、朝食と昼食を兼ねた食事のことですよ」
「何だ、ファーストランチのことじゃないの。あんたの国ではそう言うの?」
「あ、ええ、あはは……」
街の者は、昔はともかく、今は一日三食が普通であるし、貴族も、そして学園も同様であった。
またハンター達も、空きっ腹の状態で昼前まで危険で身体を酷使する仕事をするのも、ファーストランチでがっつり食って、満腹で動きが鈍り、そして腹を刺されれば致命傷になるような状態で午後の仕事をするのも、あまりにも馬鹿な所業である。
そのため、マイルを始め、『赤き誓い』の4人は全員、今までずっと一日三食の生活しかしたことがなかった。……時間的に制約のある依頼任務で他の者達と一緒に行動した、ほんの数回を除いて。
自分達だけであれば、簡単な食事には殆ど時間はかからない。マイルの収納から弁当やサンドウィッチを出して食べるだけなのだから。もう仲間内にはマイルの収納の状態保持の秘密がバレているので、そのあたりは既に自重なしになっている。
「じゃ、ちょっとあの子達に話を聞いてみましょうか」
村に寄るつもりはないけれど、少し話を聞くくらいは構わないだろう。そう思ってマイルが子供達に駆け寄って声を掛けると、子供達がバッと固まり、年少の者や女の子達を後方に隠して、年長の男子達が壁を作った。……バリバリの警戒態勢である。
「え……」
転生し、そして記憶を取り戻しエクランド学園に入学してからは、割と子供達とは良好な関係を築ける方だと思っていたマイルは、何だかショックを受けた模様であった。
「あ~……。マイルちゃん、ちょっとオーク2~3頭出して下さい」
「え? ……は、はい……」
わけが分からないものの、ポーリンに言われた通りに3頭のオークを収納から出したマイル。
そして、ポーリンが驚きに目を瞠る子供達に向かって説明した。
「ほらね、私達はこう見えても凄腕のハンターなのよ。手ぶらなのは、獲物が獲れなかったり村人から奪ったりするからじゃなくて、稼ぎまくれるハンターパーティにしかいない、収納魔法の使い手がいるからなの。他にも、たっぷり獲物や採取物が入っているのよ。だから、みんなが集めた山菜や薬草とかは全く必要ないのよ」
「「「あ……」」」
半数が未成年(に見える)の、駆け出しっぽい女の子だけのパーティが、森の方から手ぶらで出てきて、採取物を持った子供達に近付いてくる。武器を身に着けて。
「「「そりゃ、警戒するわ……」」」