293 エルフの護衛 10
朝食は、昨夜のスープの残りを温め直したものと、堅パンと果物。
これでも、温かいスープと果物があるというのは、贅沢な方である。朝は慌ただしく出発の準備を行うので、悠長に火を熾して、とかいうのはやらないのが普通であった。
魔術師がいれば簡単であるが、『青い流星』の魔術師マレイウェンはあまり魔力が多い方ではなく、出発前に無駄に魔法を使うのは、それこそ『贅沢』というものであった。何しろ、自分達の命綱となる魔力を、朝の飲み物のために消費するのであるから、これ以上の贅沢も、そうそうあるまい。
魔力豊富な魔術師を3人も抱えている『赤き誓い』が、異常。ただ、それだけであった。
「じゃあ、これから出発地点に戻ります。昼頃には馬車との待ち合わせ場所に着いて、簡単な食事を摂りながら馬車を待ちます。ルートは往路からほんの少し逸れたコースを取りますから、ちゃんと採取物や調査物件は見落とさないようにして下さいね。
では、しゅっぱぁ~つ!」
エートゥルーの、気の抜けたような号令で進み始める調査隊一行。
「ケスバートさん、1時半、5メートル。カラックさん、11時、7メートル!」
「便利だなぁ……」
「マイルちゃん、だから臨時雇用としてでも……」
マイルは『青い流星』の分も探知報告を行い、マイルの収納容量を理解した雇用主達は、あまり根こそぎ採り過ぎて生態環境を崩さないことには気を付けながら、その他は片っ端から採取を命じた。
さすがに、いくら学術研究と名声を得ることが目的でありお金にはあまり拘らないとはいえ、地面に落ちている金貨や銀貨を拾わない程に達観しているわけではなかったらしい。そして、頭では理解していても、地面に転がっている宝石を簡単に諦められる程にも。
「しかし、いつもあんなに危険なんですか、調査って……」
ふと、マイルが気になっていたことを尋ねた。
いくら護衛を雇っているとはいえ、若い……エルフとしては。多分……女性ふたりでしょっちゅうあんな危険な場所に行っていれば、せっかく寿命が長いのに、すぐに死んでしまいそうな気がする。そう思ったマイルは、少し気になっていたのである。
「う~ん、ヒト種(人間、エルフ、ドワーフ)が滅多に立ち入らない場所だから、状況があまり分からなくて、正確な危険度判定ができないのよねぇ……。
でも、普通は一度に出るのはゴブリンやオークが10頭程度だから、護衛を10人くらい雇っていれば、そう危険はなかったのよねぇ。私達も攻撃魔法や支援魔法は使えるし。
まぁ、10頭前後の狩りの集団がいるなら、そしてそれらがたまに全滅させられるならば、もっと多い集団で狩りに出ようと考えてもおかしくはないわよね。いくらオークとはいっても、そんなに馬鹿だというわけじゃないんだから。今までは、たまたまそういうのには出くわさなかっただけで。
……マズいなぁ。これからは、護衛の数を増やさないとダメかなぁ……」
「なる程……」
「俺の失敗だ」
「「え?」」
エートゥルーの説明に、マイルが納得の相づちを打った時、後ろからグラフがそう言って口を挟んだ。
「俺の采配ミスだ。本当なら、あの程度のオークなら、この戦力で重傷者を出すことなく対処できたはずだった。
まず、前衛を俺達だけにして『赤き誓い』は全員後方からの固定砲台兼雇い主の護衛に充てたのが間違いだった。そのせいで、前衛の攻撃力不足、乱戦にはいってからの魔法支援の途絶を招いた。
本当であれば、雇い主も攻撃魔法が使えるのだから、治癒魔法と支援魔法が得意なポーリンと、剣が使えて近接防御もできるマイルを護衛に残して、メーヴィスとレーナも前に出し、レーナには単体攻撃魔法で精密攻撃、マレイウェンには支援魔法に専念させるべきだった。
全て、依頼主は護られるべき存在であるとしてその戦力をカウントしなかったこと、メーヴィスの剣技は解体場で見ていたのに、『お嬢様の道場剣術だろう』と考えて実戦では危なっかしいと思い、前に出すのを躊躇した、俺の判断ミスだ。すまない……」
「「「「えええええええ!!」」」」
『赤き誓い』一同、驚愕であった。
「あ、あああ、あんた、どうしたのよ! 何か、悪いものでも食べたの?」
「昨夜から、お前達に提供されたものしか食ってねぇよ!」
レーナが失礼なことを口走っているが、無理もない。あまりにも真っ当なグラフの自己分析は、初日の彼らの態度からはとても想像できなかった。昨日、かなり見直したのであるが、それにしても、あまりにも予想外の台詞であった。
(そういえば、以前、王都のギルド支部の素材買い取り係のおじさんが言っていたっけ。『ハンターの男達は、女を軽く見て色々と雑用を押し付けるけど、それはただ、少し甘えてじゃれているだけであって、いざという時には命懸けで女を護るもんだ』って……。
それに、グラフさんが言っている『判断ミス』って、アレだ。『戦場において、女性兵士を前線に出すと破綻が生じる』ってやつ……。
男の人は、どうしても本能的に女性を護ろうとするから、女性兵士の安全を重視し過ぎたり、危険から護るために無茶をすることによって被害を拡大させてしまう、っていうやつ。
今回も、私達を安全な位置に置こうとして自分達の負担を増やしすぎて、『青い流星』がオークの数に持ち堪えられなくなったんだ……)
前回と前々回に一緒になった『邪神の理想郷』と『炎の友情』は、受付嬢さんが厳選した、あの街で最もお勧めのパーティだったのだろう。実力もさることながら、その態度や信念において。
……まぁ、『邪神の理想郷』の嗜好と目的は、置いておいて。
そして、この『青い流星』あたりが、典型的な地方都市のCランクハンターの代表例なのであろう。……いや、それより少し上かも知れない。
実力、信念、そして小狡さ。
今まで、比較的優れたパーティとばかり出会っていた『赤き誓い』にとって、今回の一般的なハンターとの共同任務は、色々と勉強になるところが多かった。格下の獲物としてオークを侮ったがための危機。たとえ弱い敵を相手にした場合でも、戦いの趨勢を左右するのは数だということ。そして実力を把握しきれていない他のパーティを指揮することの難しさ……。
((((まだまだだ……))))
レーナ以外は、比較的謙虚な姿勢である『赤き誓い』の面々。
しかし、その内心では、あのメーヴィスでさえ、実は自分達はBランク程度の実力はとっくに身に付けていると考えていた。あとはただ、Cランクハンターとしての最低年数が経過するのを待ち、資格条件を満たせばすぐに昇級申請を行えばいい、と。
しかし、確かに瞬間的な戦闘力、攻撃力ではBランクをも超える力がありそうではあるが、『Bランクハンター』としての総合力には、まだまだ、到底及ばない。
そう思ったのか、レーナですら、殊勝な顔つきで考え込んでいた。
* *
「此度は、お世話になりました。特に、ラトル殿の我が身を省みぬ御助力がなければ、おそらく生きては戻れなかったでしょう。心から感謝致します」
照れてまともにお礼が言えないレーナとは違い、騎士を目指すメーヴィスは、感謝や相手に対する称賛の言葉は、何のてらいもなく素直に口に出せる。同じく素直なマイルとか、『言葉を口にするのは無料ですから』と、心にもないことを平気で言えるポーリンもであるが……。
馬車との待ち合わせ場所に到着し、マイルが収納から取り出したサンドウィッチ(今朝、皆がまだ寝ているうちに起きだして作った、と説明してある)や果物、超小型ファイアーボールで作ったスープでの簡単な食事を終えた後、メーヴィスは、再度、『青い流星』に対する正式な感謝の言葉を述べていた。
……ちなみに、マイルではなくレーナがファイアーボールによる調理を行うのを見たエートゥルーとシャラリルは、うつろな笑いを溢すのみであった。
「いや、こっちこそ、目算が違って危ないところを助けられたんだ。そのせいで起こった危機なんだからあれは俺達のせいだし、女の子を護るのは当たり前だろ」
「俺達と一緒にいた女の子が怪我したとかいう噂が広まったら、後々、困ったことになるしな……」
そう言って謙遜するグラフとラトルは、好感度が高かった。なので、マイルとポーリンも話に乗った。
「いえいえ、殴りかかるオークの前に割り込んで立ち塞がり女性を護るなんて、普通、できませんよ! 凄いです!」
「女の子なら、そんなの一発で惚れちゃいますよねぇ!」
「ちょ、マイル、ポーリン!」
……やり過ぎである。
というか、明らかにメーヴィスをからかって遊んでいる。
しかし、それで気を良くしたのか、『青い流星』の5人が、ささっと素早く目配せした。そして、パーティリーダーのグラフが代表して口火を切った。
「君達『赤き誓い』が修行の旅の途中であること、そして最終的には母国に戻ることは承知している。そこで、どうだろうか、俺達『青い流星』が以後の君達の旅に同行する、というのは……。
俺達は全員が自由の身で、実家の跡取りだとか親の面倒をみるとかいう問題はないから、そのまま君達の母国に住み着くことも全く問題ない」
「君達だけでは、前衛が足りなさすぎる。俺達が一緒なら、バランスが良く、安全なパーティになると思うんだけど……」
「うん、名案だな!」
グラフに続き、必死で後押しするラトルとケスバート。そして返事は勿論。
「「「「御遠慮します!!」」」」
即答であった。
「ど、どうして……。さっき、あんなに持ち上げていたくせに、なぜいきなり落とすんだよ!」
そして、マイルがドヤ顔で決め台詞を口にした。
「しょせん、お前達は流れ星。如何に輝こうと、落ちる運命にあったのさ……」
「「「「「何じゃ、そりゃああああぁ~~!!」」」」」
がっくりと項垂れる、『青い流星』の5人であった……。