291 エルフの護衛 8
「骨を元の位置に移動、破片を組み合わせて接合、腱を伸ばして接合、血管と神経を修復、筋肉を復元、自己治癒力増強、細菌殲滅……」
呪文を唱えるマイルの後ろでは、ポーリンが『青い流星』のラトルに同じような呪文を唱えていた。そしてレーナとエートゥルー、シャラリルは、ごく普通の『この世界の治癒魔法らしい呪文』を唱えている。
「嘘……」
「どうしてあんな速さで、あんなに綺麗に治るのよ……」
エートゥルーとシャラリルは、マイルとポーリンの治癒魔法を見て、愕然。
「頼むから、よそ見しないで治療に専念してくれよ……」
グラフとカラックにそう泣き付かれ、途切れてしまった治癒魔法を慌てて詠唱し直すエートゥルーとシャラリルであった。
* *
「……で、どういうことですか!」
地面に正座させられ、マイルに詰問されるメーヴィス。
「す、すまない。オークと甘く考え、油断を……」
「そっちじゃありませんよ! どうして3本も使ったんですか! 普通は1本のみ、どうしても、という時だけ2本で、その時には要注意、って、あれだけ言ったのに……。前回の『指導』を忘れたのですか!」
メーヴィスがそれを忘れるはずがなかった。対古竜戦の後の、数時間に亘る、マイルのあの地獄のお説教のことは……。
「だ、だが、私のせいで『青い流星』の皆に万一のことがあったら、と……」
メーヴィスは、マイルが部位欠損も修復できるかも知れないということは知らない。なので、死亡だけではなく、怪我によるハンター稼業廃業、という可能性も考えると、いくらマイルとポーリンが優れた治癒魔法を使えるとはいえ、その『万一』という可能性は決して小さなものではなかった。
そう言われると、マイルも弱い。何せ、マイル自身が『他の者に自分のせいで100円損させるくらいなら、自分が1000円損した方がマシ』と考える人間であり、他者を数分待たせる可能性をなくすために数十分前に待ち合わせ場所に行って待っているような人間なのだから。
しかし……。
「そ、それでも、2本までです! 3本だと、神経が引き千切られるショックに耐えられず、本当に死ぬ可能性があるんですから! それも、そう低くない確率で……」
勿論、初めてミクロスを渡された時に、メーヴィスはその説明を聞いていた。その後のお説教の時にも、もう、嫌というほど。
しかし、『青い流星』の命には代えられない。なので、全てを承知でそうしたメーヴィスは、マイルに必死で謝るものの、その顔に恐怖や動揺、そして後悔の気配など微塵もなかった。
また同じような状況になれば、再び同じことを繰り返す。
それが騎士というものであり、『メーヴィス・フォン・オースティン』という名の、騎士志望の少女なのであるから。
……いくら言っても、無駄。
そう思ったマイルは、肩を竦めた。
というか、マイル自身も、同じようなシチュエーションであれば、同じような選択をする。それを自覚しているだけに、もう、言うべき言葉がなかった。
(もう、あとはメーヴィスさんの自己責任、ということにして貰おう……)
そう思いはしても、自分が与えた薬が原因で仲間に死なれたのでは、堪ったものではない。
(失敗したかも……)
メーヴィスにミクロスを与えたことを後悔するマイルであるが、今更取り上げることはできない。
自分が養殖レベリングでレーナとポーリンの魔術師組をチート化してしまったために、力の差に悩み、苦しんでいたメーヴィス。そのメーヴィスがあんなに喜んでいたのに、そのミクロスを取り上げるなどということは……。
(結局、全部、私のせいだ……)
そしてマイルとメーヴィスの会話を聞いていた『青い流星』の面々の顔色は悪かった。
まさか、メーヴィスが命の危険がある魔法薬を使ってまで自分達を助けに駆け付けてくれたとは思ってもいなかったのである。しかも、そのような魔法薬が、いったいどれくらいの価値のあるものなのか、想像もつかない。
あの時、メーヴィスが駆け付けてくれなければ、程なくして自分達の戦線は崩壊していただろう。それを助けてくれた上、命の危険がある貴重な魔法薬を使ってまで、普通であれば動くことのできないような重傷を負った身体で奮戦し、自分達を救ってくれた。
その恩人に自分達がかけた言葉が、『お前、そんなにピンピンしてやがるくせに、大きなダメージを受けたみたいな振りをしやがるから、ラトルが……』であった。
「「「「「あああああああ!!」」」」」
自己嫌悪と、あまりの情けなさ、申し訳無さに、頭を抱えて呻く『青い流星』の5人。
あの驚異の探索魔法、馬鹿容量の収納魔法に続き、『人体強化の魔法薬』というとんでもない代物を見せられて、固まっているふたりのエルフ。
そして、皆が落ち着くのを、岩に腰掛けてのんびりと待つレーナとポーリンであった。
* *
「すまなかった! 本当に、すまなかった!」
再度、メーヴィスに頭を下げて謝罪する、グラフ以下『青い流星』一同。
それを、こちらこそ、と恐縮そうな顔で頭を下げるメーヴィス。
メーヴィスにとっては、無謀な突っ込みをした挙げ句、油断して不覚を取った自分を助けるために我が身を盾としてくれたラトルを始め、自分の身を護ることより優先してメーヴィスに襲い掛かるオークを阻止してくれた『青い流星』のみんなは、命の恩人であり、自分のせいで怪我をさせてしまった人達なのである。互いに相手を恩人と思っているため、謝罪合戦がなかなか終わらない。
「いい加減にしなさい! 共同受注した仲間なんだから、助け合うのは当たり前でしょ、お互い様よ!」
そしてレーナの一喝で、ようやく場が収まったのであった。
「マイル、オークを収納して頂戴。こんな場所で狩ったんじゃ討伐報酬はないけど、肉は素材として良い値で売れるから、結構な稼ぎになるわ。あ、『青い流星』のみんなの分も入れてあげなさいね」
「は~い!」
レーナの指示で、ひょいひょいとオークの死体を次々と収納魔法(ということにしているアイテムボックス)に入れてゆくマイル。
「え? い、いいのか?」
それを見て、驚いたような声を出すグラフ。
「雇い主を護るために共同して戦ったし、メーヴィスを自分の身体を盾にして護ってくれたでしょ。誠意ある態度を見せられたのに、いつまでも意地悪する程の子供じゃないわよ!」
フン、という態度でそう言うレーナであるが、それが照れ隠しであることなど、一目瞭然であった。どうやら、メーヴィスを護ってくれたことにかなり感謝しているようであるが、それを改めて言葉にするのは苦手らしかった。
「はは、済まないな、助かるよ……」
何となくレーナの気持ちを察したのか、そう言って苦笑いするグラフ。
そして、ポーリン、メーヴィス、マイルの3人は心の中で呟いていた。
(そういう気遣いができて、しかも自分達が盾になって他のパーティの者を護るような気概があるなら、どうして最初からそういう態度で接しなかったのか。悪い人達じゃないし、腕も悪くないのに、あれじゃ、いつになっても女性にモテないだろうに……)
しかし、世の中、不器用な男や馬鹿な男はたくさんいる。
自分の良さをアピールできなかったり、悪い奴なのに外面だけは良かったりと、人それぞれである。そのうち、彼らの良さに気付いてくれる女性が現れるのを待つしか……、と考えたところで、マイル達はようやく気付いた。
(この連中が、独身だとか彼女がいないだとか、勝手に決めつけていたけれど、もしかすると妻帯者だったり、彼女持ちだったりするかも知れない。でも、それを聞いたら、自分達に気があるのかと思われたりして、面倒なことになるかも。
あああ、何となく気になるけれど、聞くわけにはいかない……)
そして、悶々とするマイル達3人を、怪訝そうに見るレーナであった……。
「ね、ねぇ、マイルちゃん……」
「はい?」
突然エートゥルーに話し掛けられ、マイルはきょとんとした顔で返事をした。
「マイルちゃん、この依頼が終わったら、私達の専属になるつもりはない? あ、勿論、他の3人も一緒で、私達の研究の手伝いとか、調査への同行とかを……」
マイルがよく見ると、エートゥルーの眼が怪しく輝いていた。
思いがけない言葉に、マイルが一瞬返事を躊躇っていると、横からポーリンが口を挟んだ。
「……それって、マイルちゃんに研究を手伝って貰うんじゃなくて、マイルちゃん『を』研究する手伝い、ですよね?」
「「うっ……」」
エートゥルーとシャラリルが、言葉に詰まった。
「やっぱり……」