290 エルフの護衛 7
(死ぬ!)
メーヴィスは反射的に『気』の力で身体を強化したが、その程度でどうなるものでもない。
メーヴィスの頭の中を、過去の出来事が映像となって凄い速さで流れた。
両親との会話。まだ幼い頃の、3人の兄達との剣の訓練の真似事。兄の騎士任官式を見て、自分も騎士になると誓った、あの日のこと。
そしてハンター養成学校で出会った、3人の仲間達。
夢も果たせず、家族に恩を返すこともできず、仲間達を残して、こんなところでオーク如きに殺されて、終わる。
どうして?
敵を『オーク如き』と舐めていたから。
『ミクロス』と気の力、そして特製の剣のおかげでちょっとばかし強くなっただけなのに、自分の力を過信して調子に乗っていたから。
仲間との連携を考えず、ひとりで勝手な戦い方をしていたから。
長い時間に思えても、実際にはごく僅かな時間であった。
ならば、時間が引き延ばされたかのような自分の体感時間を利用してオークの攻撃を回避しては、と思っても、超加速されているのは脳内に流れる記憶の映像だけであり、その他の思考や身体が高速化したわけではないらしく、それは叶わない。
(ごめん、とうさま、かあさま、兄さま達。そして、みんな……)
どすっ!
がん! どごっ! ばき! ぶしゅっ!
肉がひしゃげ、骨が折れ砕け、そして肉が斬り裂かれる音が続いた。
……メーヴィスの周囲で。
「え……」
呆然とするメーヴィスの眼に映ったのは、自分とオークの間に割り込み、オーク達からの攻撃をその身に受けながらも、その中の1頭の腹にショートソードをめり込ませた、剣士のラトル。そして側面から大剣を全力でオークに叩き付けるグラフ。延髄に細剣を突き刺すカラック。短剣を思い切り振り抜き、オークの喉笛を斬り裂くケスバート。そして、ようやく詠唱を終えた攻撃魔法を叩き込むマレイウェンの姿であった。
皆、自分の身を護ることよりメーヴィスに襲い掛かるオーク達を攻撃することを優先したため、それまで相手していたオークからの攻撃を受けて負傷していたが、来ると分かっていた攻撃なので、まともに喰らったわけではないため戦闘の継続には支障ない。
痛みなど、身体の不調を知らせるための信号に過ぎない。『ああ、それはもう分かったから!』と言って無視すれば済むことである。戦いの真っ最中である戦士達に、戦いの足を引っ張るだけの『お知らせサービス』など必要ない。
「うおおおおおぉ!」
「舐めるなああぁ!」
「クソがああぁっっ!!」
ラトルはオークに接近し過ぎており、また無理矢理オークとメーヴィスの間に身体をねじ込んだため体勢も悪く、剣を振ることができない。なので、オークの身体から剣を引き抜いた後、剣の柄をオークの眼に叩き込み、首に当てた刃を無理矢理押し引いてめり込ませた。いくら日本刀のような鋭利な刃物ではなく押し潰し叩き斬るための刃であっても、全く切れないというわけではない。
そして、他の者達も剣を振るい、メーヴィスを取り囲んでいたオークを倒し、あるいは押し返した。
「マイル!」
「行きます!」
ここに至って、ようやく状況を悟ったレーナ達が即座に反応した。
敵味方が交じり合っているため、離れた場所からの魔法攻撃はできない。なのでマイルが全速でメーヴィス達の元へと向かう。
「アース・ジャベリン!」
「アイス・スピアー!」
レーナとポーリンが、保留にしていた単体攻撃魔法で、マイルの前方のオークを排除する。マイルにとっては大した障害ではないが、剣を振るために僅かでも速度が落ちるのを避けるためである。
「アイス・ニードル!」
「アイス・アロー!」
そして、エートゥルーとシャラリルから、更に2発の攻撃魔法が放たれた。
進路上のオークが片付いたのを確認して、ポーリンがマイルの後を追う。マイルが行った以上、あと必要なのは、攻撃魔法が得意なレーナではなく、治癒魔法が得意なポーリンの方である。
依頼主を放り出すわけにはいかないので、攻撃力の大きいレーナが残り、ここを死守する必要があった。……おそらく、もうこちらへ来るだけのオークは残っていないであろうが、それでも、万一の場合に備えなければならなかった。これは依頼任務であり、依頼主の命がかかっているのだから。
「くそ、醜態を……、いや、そんなことはどうでもいい! 私のせいで『青い流星』のみんなに万一のことがあれば……」
一時的にメーヴィスとオークとの間に距離ができた。
そしてメーヴィスはその機会を逃すことなく、ポケットから掴み出した3本の瓶の蓋を開け、一気にその全てを飲み干した。
「とりあえず、痛みを感じなくしてくれ! 治すのは後でいい。頼んだぞ、ミクロスうぅぅ!」
立ち上がったメーヴィスが、オークを必死で塞き止めている『青い流星』の間に割り込み、剣を振るった。
「EX・真・神速剣!」
ざしゅ!
ぶしゅっ!
ずしゃっ!
「え? 動けるのか?」
「怪我は?」
ずばっ!
ばしゅっ!
どしゃっ!
「「「「「つ、強ぇ……」」」」」
メーヴィスの『EX・真・神速剣』を至近距離で見て、驚愕の声を漏らす『青い流星』。
しかし、驚きはしても、それで動きが止まるようなことはない。さすがに、そんな素人ではない。
そしてかなり数を減らしていたオーク達は、メーヴィスの連撃により、既に今までの戦いでかなりのダメージを受けた数頭を残すのみとなっていた。そこに、『青い流星』達が襲い掛かった。
「メーヴィスさん、助けに来ました……、って……」
そしてマイルが剣を振りかぶって突入してきた時、既に立っているオークは一頭も残っていなかった。
「ぐっ……」
突然、『青い流星』のうちのひとりが地面に崩れ落ちた。
そう、それは、メーヴィスを庇いメーヴィスとオークの間に割り込んだため、オークからの攻撃を数発喰らった、剣士のラトルであった。
アドレナリンかドーパミンか、何やらその手の物質がドパドパと出まくっていたのか、今まで割と平気そうに戦っていたのであるが、オークの攻撃を何発か受けたのである、いくら防具を着けているとはいえ、人間に殴られたのとはわけが違う。戦いが終わり、危険が去ったと思った瞬間、気が緩んで一気に反動が来たのであろう。
「おい、ラトル、大丈夫か! くそ、メーヴィス、お前、そんなにピンピンしてやがるくせに、大きなダメージを受けたみたいな振りをしやがるから、ラトルが……」
自身も少し怪我をしているグラフにそう言って責められ、メーヴィスが俯き……、
「げふっ! ごぼっ!!」
思い切り血を吐いて倒れた。
「「「「えええええ!」」」」
「メーヴィスさん!」
マイルが慌てて駆け寄り、右手をメーヴィスの身体の上にかざして動かした。そう、医療用トリコーダーを意識して、メーヴィスの身体をナノマシンにスキャンさせているのである。
「肋骨の粉砕骨折、折れた肋骨が刺さって肺を損傷、右腕単純骨折、靱帯損傷、アキレス腱断裂、その他損傷箇所多数……。何本飲みました!」
「ぐぶ、さ、さんぼん……」
一瞬、怒鳴りかけたマイルであるが、思いとどまって、それは後回しにすることにした。
既に足の遅いポーリンも到着し、オークが一掃されたと判断したレーナも雇い主達を連れてきていた。
「ポーリンさん、ラトルさんを! かなりダメージを受けているようですから、骨折だけでなく、内臓の損傷や脳内の出血もよく注意して下さい。レーナさんとエートゥルーさん、シャラリルさんは、その他の方の治療を!」
「わ、分かりました!」
「分かったわ……」
一番重傷であるメーヴィスを自分が。そして次に重傷そうなラトルをポーリンが。その他は打撲や擦過傷程度、悪くても骨が1~2箇所折れている程度であろうから、普通の治癒魔法で問題ない。後で、念の為マイルとポーリンが再確認すれば良いだろう。
エルフは治癒魔法に秀でているのが普通なので、おそらくレーナに当たった者が一番不運であろう。
……とは言っても、レーナも充分人並み以上の治癒魔法が使えるのであるが。『火魔法ほど得意ではない』というだけであり、決して苦手だというわけではない。
「す、すまん、暴言を吐いた。忘れてくれ……」
メーヴィスの、肋骨を除く怪我の大部分が、オークの攻撃を受けたためではなく『ミクロス』の反動によるものだとは知らないグラフが、重傷を押してまで戦ったメーヴィスに酷い侮辱をしてしまったと思い、後悔に満ちた顔をしていた。