285 エルフの護衛 2
「Cランクの『青い流星』だ、よろしく頼む」
一緒にこの仕事を受注したもうひとつのパーティは、男性5人の、ごく普通のパーティであった。年齢は、皆、20歳前後。見た目だけであれば、雇い主達と同年代に見える。……見た目だけは。
依頼主との顔合わせが終わった後、もうひとつのパーティに仕事の擦り合わせのため、と食事に誘われたので、マイル達は素直についてきたのである。
見知らぬパーティが合同で依頼を受けるのであるから、確かにそれは大事なことであった。得意な戦い方も腕前も知らない相手に背中を任せられるはずがない。
そして、『食事代は奢る』と言われたのでは、『赤き誓い』にそれを断る理由はなかった。ほんのひとかけらも。
簡単な自己紹介は、さっき依頼主の前で済ませたが、あれはあくまでも営業用である。今からの自己紹介は『仲間用』なので、最初から仕切り直す。
「さっき言った通り、俺を含めて剣士が3人、弓士と魔術師がひとりずつ。リーダーの俺が大剣使いで壁役兼突破役、カラックが細剣、ラトルが歩兵剣だ」
パーティリーダーであるグラフの剣は、地球でいうところのバスタードソードかクレイモアあたりに該当しそうな、片手剣、もしくは両手剣である。おそらく、普段は両手剣として使い、相手によって盾を必要とする場合には片手剣として使うのであろう。それは、人並み外れた膂力を必要とするはずであるが……。
あとは、突き主体で手数で敵を翻弄する細剣と、地味であるがそれだけ堅実な、安定の歩兵剣。槍士がいないのでリーチの長い武器がないが、それくらいはどうとでもなる。
「そして、弓士兼短剣使いのケスバートと、魔術師のマレイウェン。マレイウェンは攻撃型だが、そちらのポーリンが支援型らしいから皆へのサポートはお願いする」
それを聞き、こくりと頷くポーリン。……そう、ポーリンは支援型なのである。ホット魔法やら熱湯魔法やらで忘れがちであるが、本来は治癒や支援魔法が得意……のはずであった。
「こっちは、腕力と持久力は今ひとつだけど速さと必殺技にはいささか自信がある、私、メーヴィスと、攻撃魔法、特に火魔法が得意なレーナと、治癒魔法が得意なポーリン。
……それらが得意だというだけで、レーナもポーリンも他の魔法が苦手だとか使えないとかいうわけじゃないから、いざという時には他の魔法の使用も問題ない。そしてそっちにいるのが、……『マイル』だ。一応、魔法も剣も使える『魔法剣士』という触れ込みだけど、まぁ、『マイル』という分類の生物で、『マイル』という名の職種だと思って貰えば間違いない」
何だそれは、というような顔の『青い流星』の面々と、なんですかそれは、とメーヴィスに文句を言うマイル。
しかしレーナとポーリンは、うんうん、と頷いているのであった。
その後、更に詳しい話をする両パーティであったが、『青い流星』の皆の顔がしだいに引きつり始めた。……どんどんと積み上げられる、料理の空き皿を見て。
そう、こんな機会に、レーナとマイルが遠慮をするはずがなかった。しかも、『青い流星』の連中は、女の子達にいいところを見せようとして少し高い店を選んでいたため、被害は甚大であった。
ひと皿銀貨1枚半から2枚近くする料理の皿が、既に十数枚積み上げられている。レーナとマイル、それぞれの前に。そして、ふたり程の大食らいではないとはいえ、メーヴィスも女性としては身長が高く、毎日身体を動かしているから、普通の女性よりは健啖である。また、ポーリンは、タダ飯となれば、吐く寸前まで食う。それも、高いものを集中的に。
既に、合計金額は銀貨80枚、つまり小金貨8枚分を越えていた。それは、今回の仕事の報酬額ひとり分に匹敵する金額であった。
(((((…………)))))
『青い流星』が今回の仕事を受けたのは、安全性の割には報酬がいいということもあるが、主な理由は『赤き誓い』と一緒に行動できるから、ということであった。その目的からすれば、小金貨8枚分の出費など、大したことではない。
そう思うが。……そう思いはするが。
(((((ちょっと食い過ぎだろ、お前ら……)))))
そう、心の中で叫んでしまう『青い流星』の5人であった……。
* *
そして2日後の朝。
「では、出発します!」
雇い主であるエートゥルーの号令で、馬車が動き始めた。
馬車と御者はレンタルで、半日かけて目的地である森の入り口まで送り届けてくれて、また2日後の昼頃に迎えに来てくれることになっている。
馬車の中では調査やサンプル採取等の話が続き、昼前に森の入り口に到着した。
「じゃ、荷物を運んでくれ」
「「「「え?」」」」
到着して馬車を降りて早々、『青い流星』の連中がマイルに向かってそう言った。馬車から荷物を降ろすのを手伝おうともせずに。
「収納魔法が使えるんだろう? 荷物も採取物も全部任せた。……え、何、おかしな顔してるんだ? 俺達が狩った獲物も、全部運んでくれるんだよな?」
先日の顔合わせでの自己紹介や戦術の打ち合わせでは、魔物との戦いについての調整が中心であり、それとは関係のないマイルの収納魔法については話題には上がらなかった。しかし、マイルの収納については別に隠してはいないし、色々とやらかしているから、この街のハンターやギルド職員で知らない者は殆どいないだろう。
だから、教えていなくても『青い流星』のみんながマイルの収納魔法のことを知っているのは、別に不思議でも何でもない。……それはいいのだが、問題は、『言い方』である。
まるで、それが当然であるかの如き言い方。お願いする、とか、感謝の気持ちの欠片もない。
そもそも、依頼主が8~9人もの人数を募集したのは、護衛だけでなく、採取の手伝いや、採取物の輸送のための人数を確保するためである。それは、顔合わせの時に説明された。なのに、輸送は最初から全てマイルの収納任せ、そして自分達は地味であまり稼ぎにならない採取ではなく、狩りを行い、しかもそれを全てマイルの収納で運ばせるつもりらしかった。
「え? あなた達、何を言っているの? 私達の荷物を運ぶのも依頼のうちなのに、私達の荷物どころか、自分達の荷物も女の子達に運ばせるつもり? 逆ならばともかく、いったい何を考えてるのよ!」
マイル達が呆れていると、馬車から降りてきた雇い主のふたりが怒ったような顔でそう言った。
「え、コイツ、馬鹿容量の収納魔法が使えるんだよ。だから、荷物運びは任せりゃいいんだよ」
何が悪いのか分からない、という顔で、平然とそう言う『青い流星』のリーダー、グラフの言葉に、エートゥルーが今度は呆れたような顔で言った。
「いくら容量の大きい収納持ちでも、たくさんの物を入れていたら、それだけ維持に魔力と精神力を必要とするでしょうが! 安全な街中ならばともかく、危険な森の中で無駄な負担を掛けさせてどうするのよ! 自分の物は自分で運びなさい! まさかあなた達、この子達が私達の依頼を受けたのを見て、最初からこの子達に荷物を全て運ばせるつもりでこの依頼を受けたわけじゃないでしょうね?
それに、均等割りした私達の荷物を運ばないと言うならば、契約不履行ね。契約違反として、今すぐ契約解除します」
「なっ……」
依頼主のふたりのエルフ、エートゥルーとシャラリルは、顔合わせの時に『赤き誓い』が何も言わなかったため、マイルの収納魔法のことは今初めて知ったのであるが、それを知っていたらしい『青い流星』がマイル達をいいように利用することは許さなかった。
魔法に秀でたエルフには人間より収納魔法が使える者が多いため、収納魔法が使えないふたりも、その欠点や大変さをよく理解していたのである。……マイルがその範疇に収まらないことを除いて。
顔合わせの時は、もっとまともそうであった。しかし、依頼を受けて現地まで来た今となっては、もう『赤き誓い』が依頼の受注をキャンセルすることはできないであろうと考え、ずけずけと『赤き誓い』の能力目当ての要求をし始めたのであろう。もしここで『赤き誓い』が仕事をやめれば、契約不履行で依頼失敗、違約金が発生するのだから。
しかし、ここでまさかの、依頼主からの『「青い流星」の方が契約不履行で依頼失敗扱いになる』との通告である。
「ぐぬぬぬぬ……」
計画が狂い、唸り声を上げるグラフ。
どうやら、『赤き誓い』に好印象を抱かせてパーティに勧誘、とかいうことは考えず、ただ単に『赤き誓い』を利用するだけのつもりだったようである。
ここが王都であるならばともかく、国境近くの地方都市に過ぎないマファンに修行の旅の途中である他国の新人パーティ、しかも実力派の若手パーティが腰を落ち着けるわけがない。そう考えて、遠慮や配慮、好感度の維持等は無視しての、今回限りの『赤き誓い』を利用した稼ぎを、とでも考えたのであろう。
今までの2回の仕事では、手柄も稼ぎもその大半を『邪神の理想郷』と『炎の友情』に奪われていながら、ニコニコと笑って仲良さそうにしていたのだから、『赤き誓い』は、先輩パーティの言いなりになる、お人好しの馬鹿な連中であろう。そう思って、いいように利用するつもりだったのに、依頼主から余計な口出しをされてしまった。
……『青い流星』の面々は、そう考えていた。『赤き誓い』自身は、先程の自分達からの指示を拒否したわけではなく、指示通りにする前に依頼主からのストップが掛かっただけなのだ、と。
そう、信じていた。
そして、世間ではこう言われている。
『信じる者はすくわれる。……足を』