284 エルフの護衛 1
2日間の休暇を取った『赤き誓い』は、次の依頼を物色すべく、ギルドの依頼ボードの前に陣取っていた。
「面白そうな依頼がないわよねぇ……」
レーナがそう言ってつまらなさそうな顔をするが、当たり前である。そんなに面白い依頼があるわけがない。危険で、面倒で、報酬の安いつまらない仕事。それがハンターの仕事の大半である。『他に能がない者が就く、底辺職』の名は、伊達ではない。
う~ん、と、皆が額にシワを寄せながら依頼ボードを眺めていると。
「あれ、これは……」
依頼内容ではなく、報酬額を基準にして見ていたポーリンが、ひとつの依頼に目を留めた。
『森の調査への同行。学者ふたりの護衛と、荷物、採取物の輸送を含む』
2泊3日の日程に対して、報酬がひとり当たり小金貨8枚と、破格である。これは、盗賊に襲われる危険性がかなり高いルートを進む小規模商隊の護衛依頼に匹敵する報酬額であった。
ポーリンが指差すその依頼を、レーナ達がじっくり読んでみると……。
『Cランク以上で、合計人数8~10名程度。但し、そのうち3名以上は女性であること』
「……女性を含むこと、っていうのは、良からぬことを企んで?」
「馬鹿ね、逆よ、逆! 良からぬことを企まれないように、女性がいるパーティを指定してるのよ。つまり、依頼主が女性なんでしょうね、多分……」
「あ……」
マイルの勘違いを正す、レーナ。
「でも、これじゃあ、該当するパーティは少ないですよね。8人以上の大所帯なんて、BランクかAランクのパーティくらいでしょう? こんな地方の小都市になんて……」
「だから、どこまで馬鹿なのよ! ちゃんと『合計人数』って書いてあるでしょうが! 2パーティの合同受注を想定してるのよ。だから、人数に幅を持たせて、組み合わせの自由度を上げているんでしょうが!」
「あ……」
普通、この手のことには頭が回るはずのマイルであるが、今日は少々不調であったようである。
「これ、私達が受ければ、あとのパーティはどこでも良くなりますよね。男性だけでも問題なくなるし、人数も4人から6人までとなると、大半のパーティが含まれますから……」
ポーリンが言う通りである。もし『赤き誓い』が受注しなかった場合、女性3人以上を含むパーティなど滅多にいないから、女性ふたりを含むパーティとひとりを含むパーティの組み合わせで、となり、それだけでかなり制限される。
先に受けたパーティが女性ひとりだった場合、あとのパーティは女性ふたり以上でなければならず、それだけで対象となるパーティが激減する。
「……いきますか?」
「そうねぇ。他にいい依頼もないしねぇ……。ここではもう長期間の護衛依頼は受ける気がないけど、3日間ならすぐ済むし、輸送じゃなくて森の調査、ってことは、各地のことを勉強するという『修行の旅』の目的のひとつにも合致しているから、悪くはないわよねぇ……」
ポーリンとレーナも乗り気のようであり、メーヴィスとマイルも勿論異議はなかった。
そして『赤き誓い』が受注処理を終え、ギルドを後にした直後……。
「貰った!」
「ああっ、くそ、テメェ、それは俺達が……」
「早い者勝ちだよ!」
「寄越せ、それはうちが……」
まだ募集が継続しているためボードに貼られたままになっていた依頼用紙が、壮絶な奪い合いとなっていた。
簡単で安全そうで報酬額が良く、男だけのパーティでも受けられる状態となっており、才能豊かな美少女ハンター4人と一緒の2泊3日。しかも、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の幸運を見せつけられたばかりである。当然の帰結であった……。
* *
「私達が、依頼者であるエートゥルーとシャラリルです。アカデミーで研究員をやっています。
今回は、人間があまり入り込まない部分への調査行を計画しています。皆さんには、私達の護衛と、器材や食料、そして採取物等の輸送をお願いします」
エートゥルーとシャラリルと名乗ったふたりは、20歳前後に見える女性であった。……そして清楚な雰囲気のふたりの両耳は、その先端部が少し尖っていた。
「バ、バルカン人!」
ぱぁん、とマイルの頭が叩かれた。
「エルフでしょうが! 『バルカン人』っていうのは、あんたのフカシ話に出てくる『論理的な人』のことでしょ。空想の作り話と現実をごっちゃにしないの!!」
そう言って、レーナに怒られるマイル。クライアントの前である、当たり前であった。
「皆さんにも、採取物を探して戴きます。その時に発見された、私達の目的物以外でお金になるものは、皆さんのものにして戴いて構いません。
但し、報酬の中には『採取物の輸送』というのも含まれていますから、当然、私達の採取物の輸送を優先して戴きます。……そうですねぇ、私達のものを8、皆さんのものを2、くらいの割合でしょうか? なので、皆さんが持ち帰れる御自分の品は、軽くて嵩張らず、価値のある物、つまり高価な薬草とか、そういったものに限られますけどね。
それと、研究上貴重なものを発見された場合には、別途追加報酬を支払うことにより引き取らせて戴きます。私達にとり研究上は貴重なものでも、市場価値としては大したことがありませんから、あまり高い額は払えませんが、御自分でどこかに売られるよりは良い稼ぎになると思います。本来はお支払いする必要のないものですが、まぁ、慰労金とでもお考え下さい」
それでも、充分な好条件であった。普通、この手の調査においては、雇用された護衛が発見したものは全て雇用主のもの、というのが相場であった。
王都から、調査のためにわざわざ地方都市までやってきたというふたりのエルフは、結構気前が良いようであった。おそらく、研究をするために研究者になった、というタイプであり、お金には頓着しないのであろう。
続いて『赤き誓い』と、もうひとつのパーティが自己紹介を行った。
エルフから見ると、マイルとレーナの外見は40~50歳くらい、メーヴィスとポーリンは数百歳に該当するからか、心配そうな様子はなかった。マイルの『魔法剣士』という名乗りには、若年者の『将来の黒歴史候補』とでも思ったのか、少し可笑しそうな顔をしていたが。
もうひとつのパーティは、剣士3名、弓使い1名、魔術師1名の、バランスの取れた典型的な男性5人パーティであった。なので、護衛の人数は9名となる。
そして、人間の街で暮らすエルフは少ない、と聞いていたにも拘わらず、国は違えど同じ研究者としてこの国の王都で暮らすエルフということで、当然、『赤き誓い』の面々には頭に思い浮かぶ名があった。
「エルフで研究員、というと、クーレレイア博士と同じ……?」
「「クーレレイア!!」」
ぽつりと呟いたメーヴィスの言葉に、激しく反応するエートゥルーとシャラリル。
あ、やっぱり知り合いなんだ、と『赤き誓い』の4人が思った時。
「「クーレレイア! あの、ド素人の腐れ外道があああああぁっっ!!」」
突然激昂し、わめき散らすふたりのエルフ。
やはり、知り合いのようであった。……悪い方向での。
しばらく経って、ようやく落ち着いたエートゥルーとシャラリルが言うには……。
「あの女は、ド素人のくせに、何十年も森で暮らせば誰でも当然知っているような当たり前の知識を振りかざして出資者の貴族や大商人に取り入って、易々と『博士』の称号と客員研究者の地位を……。
私達が、コツコツと地道な研究を続けながら講師や准教授を目指しているというのに、そのルートを無視して、お金と権力はあるけれど研究については無知な上層部に『おじさま~』とか言って取り入りやがって、あのクソがあああああぁっっ!!」
他国の話なので自分達の出世枠を取られたというわけではないであろうに、どうやら許せないらしかった。
そして……。
「おまけに、いい年をして、恥ずかしげもなく未だに父親にべったり! 私達もお父様にもっと甘えたいのに、年を考えて必死に我慢しているというのに!! なのに甘え放題で、しかも他のエルフ達もそれを許容して、いえ、『いつまでも父親想いの、可愛くて良い子供』として称賛しているのよ! 何よそれ! ふざけんなっていうのよおおおおおぉ~~!!」
……地雷を踏んだ。
それだけはよく理解できた、『赤き誓い』の面々であった。