280 報 告 1
野営時に夕食を振る舞うことにより、何とか雰囲気を元に戻すことができた『赤き誓い』一行。
「しかし、なんちゅー馬鹿力だよ……」
マイルについては考えるのを放棄していたウォルフ達であるが、自分達と同じ剣士であり、人が好くて常識人であると思っていたメーヴィスまでが『あっち側の人』であったと知った衝撃は大きかった。
((((((化け物ばかりかよ……))))))
その無言の思いを察したメーヴィスは、心の中で叫んでいた。
(違う! 私を、マイルを見るような眼で見るなああぁ~~!!)
そして、メーヴィスの表情から、その内心を察知したマイル。
「人を、なんだと思ってるんですか!」
「「「「「「…………」」」」」」
せっかく戻った空気が、またちょっぴり悪くなってしまった。
「ところで、マイル……」
「何ですか?」
メーヴィスが、少し不思議そうな顔でマイルに尋ねた。
「どうしてあの時、土魔法を使って、嵌まり込んだ馬車の車輪の前に斜めに誘導路を作るとか、へこみを盛り上げるとかしなかったんだい? その方が遥かに簡単で、安全確実だったと思うんだけど……」
「うっ……」
メーヴィスの指摘に、引き攣った顔で固まるマイル。
「それよりも、いったん馬車を収納魔法で収納して、その後、少し前方に出せば済んだのじゃないかと思います……」
「ぐはぁ!」
ポーリンの無慈悲な指摘に、崩れ落ちるマイルであった……。
魔法やマイルの能力に慣れていない、商人や『邪神の理想郷』、『炎の友情』の面々が思い付かないのは仕方ない。しかし、マイル自身が思い付かないのは、如何なものか。
落ち込むマイルであるが、憐れみの視線が集まり、先程からの微妙な空気がなくなったのは、良かったのか、悪かったのか……。
* *
「依頼完了報告です」
ギルドの受付窓口で、そう申告するメーヴィス。他の2パーティのリーダーであるウォルフとベガスも一緒である。パーティごとの受注なので、それぞれは別契約である。窓口の受付嬢は、勿論、リュテシーであった。
(よし、今回も、この子達は無事だった! 全て、『邪神の理想郷』と『炎の友情』を差し向けた、私のおかげ! この子達は、私が守った!!)
リュテシーは、己の判断と采配が少女達を守り、成長させていると信じ、調子に乗っていた。
「皆さん、お疲れ様でした。そして、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の皆さんは、若手パーティを守り導いての依頼任務の御完遂、ありがとうございました!」
「「「「「「…………」」」」」」
リュテシーの言葉と、ギルド職員や他のハンター達からの称賛の視線に、不機嫌そう、というわけではないが、複雑そうな表情の両パーティのメンバー達。
……しかし、ここで『赤き誓い』の能力を暴露するようなことを言うわけにはいかない。
だが、さすがにギルド上層部にも全てを黙っている、というわけにはいかない。他のハンター達や一般住民に危険が及びそうな特異事象については、報告せねばならないのだから。
「ギルドマスターはいるか? 報告することがある」
「え……、はい、自室にいらっしゃいますが……」
真剣な表情のウォルフの様子に少し驚きながらも、そう答えるリュテシー。
ウォルフ達もハンターギルドの一員なので、ギルドマスターのことを『いらっしゃいます』と敬語を使うことには問題ない。ハンターギルドの受付嬢は結構高給取りのエリート職、少女達の憧れの職業なのである。そのあたりでミスをすることはない。
「取り次ぎを頼む」
ウォルフの言葉に、リュテシーは席を立ち、急いで2階へと上がっていった。
「で、わざわざ、何の報告だ?」
代わり映えのしない、ドワーフの村への商隊の護衛依頼を受けたパーティからの報告。
わざわざ忙しいギルドマスターが直接会って聞く程のものではないが、危険度の割には決して高いとは言えない報酬額で、半ばボランティアのように受けてくれる、数少ない『お人好しの、信頼できるベテランハンターパーティ』達である。少し話を聞く時間をかけてやるくらいは、問題ない。
というか、その『信頼できるベテランハンターパーティ』の連中が、ギルドマスターに直接報告すべきだと判断したわけであるから、ここは当然、『聞かねばならない』と考えるべきであった。
「……新種のオークとオーガが出ました。個体差や単発の変異種ではなく、集落ひとつ丸々がその特性を持った、種として固定されたものです。
オークは、オーガ並み。オーガは、オーガキング並みの強さです。1頭だけとか、上位種とかではなく、普通種が、1頭残らず、全て……」
「なっ!」
ウォルフからの報告に、思わず椅子から腰を浮かせるギルドマスター。
無理もない。そんなものが繁殖すれば、村が滅び、町が呑まれ、国が、人間が……。
そしてそれが、既に集落を形成するだけの個体数! このままでは、確実に繁殖する!
本当か、などという馬鹿な質問はしない。こんな冗談でギルドマスターをからかうハンターなど、いやしない。下手をすれば、ギルドからの除名処分である。そして、信頼できるベテランパーティがふたつと、他国からの修行の旅の途中である、見込みのありそうな若手パーティがひとつ。とても、悪質なデマを流すとは思えない……。
「場所はどこだ! すぐに確認のための調査隊を組む。案内を頼めるな! いや、ギルドからの強制指名依頼だ、嫌とは言わせん!」
そんな脅しのようなことを言わなくとも、断るような連中ではない。それを知っていながら、ついそう怒鳴ってしまったギルドマスター。それだけ、危機感と焦りが大きかったということであろう。
「いや、落ち着いて下さい、ギルマス……」
「これが、落ち着いていられるか! この町始まって以来の、いや、下手をすると、この町どころか……」
「いえ、もう片付いてますから! 全滅させましたから!!」
「え……」
ぽかん。
それ以外の表現が思い付かないような、ギルドマスターの顔。
「な、何を……。オーガキングの群れに相当するものを、お前達だけでどうこうできるはずが……。
からかったのか? 貴様、それがどういうことか分かっているのか!!」
蒼くなっていた顔を、今度は怒りで真っ赤にして怒鳴るギルドマスター。
「いやいや、俺達も馬鹿じゃないですから! そんなことをすればどうなるかくらい、ちゃんと分かってますって!!」
「……最初から、全部話せ」
さすが、地方都市とはいえギルド支部を任されているだけのことはある。差し迫った危険がないと分かると、一瞬で落ち着きを取り戻し、思わず立ち上がっていた腰を再び椅子へと沈めた。
「詳細説明は、こいつら……、『赤き誓い』が行います」
自分達は、討伐には行っていない。そして一番全体状況を把握しているのは、『赤き誓い』の面々である。
また、説明の中では、どうしても『赤き誓い』の特技や戦闘能力をある程度喋る必要がある。
ギルドと女神に対して行った宣誓により、ギルドマスターが秘密を漏らしたり、それを悪用したりする可能性は非常に低いものの、『どこまで喋るか』という兼ね合いは、本人達に任せた方が気が楽である。なのでウォルフは、説明の役目を簡単に丸投げしたのであった。
「ティルス王国王都支部所属、修行の旅の途中であるCランクハンターパーティ、『赤き誓い』のマイルと申します……」
そして、マイル脚本による、今回の説明が行われるのであった。