278 鍛冶師バカ一代
マイルが必死にレーナに謝っている時、メーヴィスもまた、ドワーフの男性達に声を掛けられていた。それも、複数の男性達に。
……但しこちらは、見た目も実年齢も、共に完全な『おっさん』達であった。
「頼む、剣を見せてくれ!」
「え……」
そう、それは、メーヴィスが特異種のオーガをスパスパと斬っているのを見た鉱山奪還部隊の中の鍛冶師達と、彼らから話を聞いた工房主達であった。
「頼む、少し見せてくれるだけでいいんだ、お願いだ!」
「ちょこっとだけ! ちょこっとだけだから!」
「先っちょだけでいいから!」
何やら人に聞かれたら誤解されそうな台詞の連発に、困り果てたメーヴィスがマイルの方を見たが、マイルは今、どうやらレーナと揉めているようであり、とてもそれどころではないらしかった。
「う~ん……」
困って唸るメーヴィスであるが、お人好しのメーヴィスが、必死で懇願するドワーフ達を追い払うことなどできるはずがなかった。
マイルがはっきりと拒絶するよう指示すれば、さすがにそれには従うが、今はマイルに確認できそうな状況ではない。
「「「「「「お願いしますっっ!!」」」」」」
「……わ、分かりました……」
敵と対峙した時や戦闘時以外は、押しに弱いメーヴィスであった……。
腰から鞘ごと剣を外し、ドワーフに渡すメーヴィス。
幸い、短剣の方はドワーフ達の前では使っていないため、そちらは見せるように要求されたりはしなかった。
普通は、予備武器は緊急用の一時凌ぎとして使うものなので、そんなに大金を叩いて名剣を用意するものではないから、特に気にしなかったのであろう。……本当は、メーヴィスの場合は短剣の方が遥かにヤバい代物であったのだが。
「「「「「「うむむむむむむ……」」」」」」
ドワーフのひとりが、受け取った剣を抜いてまじまじと見詰め、他の者達も周囲から至近距離まで顔を寄せて見詰めている。
「素材の主成分は鋼だと思うが、別の金属がかなり混じっている……。それと、この、少し金色を帯びた赤茶っぽい色が付いている原因が分からねぇ……」
剣を持ったドワーフの言葉に、他の者達も頷いている。
「でも、あの時の発光現象は何だ? それに、見た目、そんなに切れ味が凄そうには見えねぇんだが、そこはどうなんだ?」
「確かに……。う~む……」
そう、既にナノマシン達により研がれた刃部分には、短剣と同じく、偽装のためのコーティングがなされていた。……以前は、そんなものは必要なかったのであるが。
そのため、見た目は以前と同じく、ごく普通の『力任せに叩き斬るための、普通の剣』にしか見えなかったのである。
「どこで手に入れた? 誰が造った?」
「見るだけ、って言ったじゃないですか!」
約束が違う、と文句を言うメーヴィスであるが、鍛冶師バカ一代がそんなことを気にするはずがない。
「材質は何だ? 成分比率は?」
「焼成温度はどれくらいだ?」
「あの時、確かに発光したよな? あれは何だ?」
取り囲まれ、矢継ぎ早に浴びせかけられる質問の嵐。
「あ、あう……」
オーガの群れに取り囲まれても動じないメーヴィスであったが、むさいおっさんの群れに取り囲まれるのは苦手のようであった。
「し、知りません! 私が造ったわけじゃありませんから!!」
必死でそう叫ぶメーヴィスに、ドワーフ達も、さすがに『少し無理を言ったか』と反省した様子。
「で、では、せめて入手した店だけでも……」
しかし、反省はしても、追及を諦めるかどうかとは別であった。
この連中に、諦められるわけがない。初めて目にした未知の技術である、自分が更なる高みへと登るためのチャンスを掴むためならば、たとえ残りの寿命が半分になろうとも構わず契約する。そんな連中ばかりなのであるから。
「うう……」
さすがに、このあたりでマイルとレーナも揉め事に気が付いた。
事はメーヴィスとマイルの能力に関係することであり、それは『赤き誓い』にとっての秘匿事項である。個人的な喧嘩を優先して見逃すことができるようなものではなかった。
「……それはハンターの秘匿事項よ。それ以上はやめて頂戴」
マイルのコメカミをぐりぐりしていたレーナが、メーヴィスを取り囲んでいるドワーフ達に向かってそう言った。
そして、これ幸いと、先程の件をうやむやにすべく、マイルもそれに続いた。
「あれは、とある貴族家に伝わる、お家の秘伝です。あまりしつこいと、情報秘匿のために、それなりの対処をすることになりますが……」
ハンターの秘匿事項。
貴族家の秘伝。
そして、情報秘匿のための、『それなりの対処』……。
それが指すものは、『口塞ぎ』以外の何物でもない。
いくら『鍛冶師バカ一代』のドワーフ連中でも、それが分からないほどの馬鹿ではなかった。
「「「「「「…………」」」」」」
言われていることは分かる。
確かに、あれ程の剣であれば、世界の常識がひっくり返るだろう。そんな剣の存在を知れば、軍が、貴族が、いや、王宮が放っておくわけがない。すぐに呼び付けられ、その秘密を吐かされることになるだろう。
だが、うまくすればお召し抱え、貴族の身分ですら夢ではないかも知れないのに、こうして一介のハンターの身に甘んじているということは、『そういうこと』なのであろう。本人の意思か、一族の掟かは分からないが、それはおそらく『禁忌』なのであろう。
そう思ったドワーフ達であるが、それでも、一度その存在を知ってしまった超技術の存在を忘れることなどできるはずがない。その悶々とした表情は、とても明日から心機一転、鍛冶仕事に集中して、などということができそうには見えなかった。おそらく、心乱れて、それどころではないであろう。
それを察したマイルが、やむなく、フォローすることにした。
「……仕方ないですね。このままじゃ、皆さんが仕事に集中できそうにないですから、あれのことを少しだけお教えします。……但し、絶対に他言無用、ひと言でも漏らせば、このことを聞いた人全員の口を塞がねばなりません。それでも良ければ、ですが……。
なので、巻き込まれたくない人は、この場から離れて、聞かないようにして下さい」
「「「「「「本当か!!」」」」」」
この場を離れる者など、ひとりもいなかった。
それどころか、村中の鍛冶師、いや、それだけでなく、鍛冶を生業とはしていない戦闘要員、猟師、樵、採掘者、農夫、その他全ての者達が集まってきた。
さすがに、年少の子供達はうっかり喋る恐れがあるためか、母親が引き離しているようであったが……。
「まず、あれは、剣の力ではありません」
「「「「「「え?」」」」」」
マイルの最初のひと言で、ざわつきが消えた。
そして静まり返った静寂の中で、マイルが、近くにいた奪還部隊の一員であった者に頼んだ。
「その剣を貸して戴けますか?」
わけが分からないものの、言われた通り、鞘ごと腰から外した剣をマイルに差し出すドワーフ。
「あれは、魔法の一種なのです。こうやって……」
自分の左腰に鞘を留め、右手ですらりと剣を抜き、左手の親指と人差し指で剣身の、鍔のすぐ先の部分を摘まんだマイル。そしてそのまま、すうっと指を滑らせる。
そして、金色の光を放つ剣身。そう、あの『ミスリルの咆哮』のグレンとの戦いで使った、秘技、『光線剣』の要領である。剣身はそのままで、その外部を魔力でコーティング。更に、刃の部分には単分子の厚さで魔力刃が形成されている。
「メーヴィスさん、両手で包み込めるくらいの石を!」
「分かった!」
マイルの指示通り、近くにあった手頃な石を拾い上げると、それをマイルに向かって放物線を描くように軽く放り投げるメーヴィス。
「はっ!」
マイルが軽く剣を振り、そして真っ二つになって落ちる石。
「このように、剣に魔法を纏わせることによって切れ味を増すわけです。皆さんが打たれた剣は、この通り、強い魔法を纏ってもそれに負けて折れることのない優れた剣だということが、今、実証されました。充分、メーヴィスさんの剣に張り合える品です」
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
喜びの叫びが上がり、ドワーフ達は皆、酒をがぶ飲みし始めた。
混沌の度合いを増す祭り……というか、既に、ただの大規模な飲み会である。
そして、マイルの説明を全く信じていない『邪神の理想郷』と『炎の友情』のメンバー達だけが、マイル達をジト眼で見詰めているのであった……。