277 帰 還
「ありがとうございました!」
隊長が聞かせてくれたドワーフの神話は、古竜以下、妖精以上であった。
……つまり、エルフや魔族に伝わっている程度の曖昧さ、である。
内容は、エルフや魔族に伝わっているような、『我らこそが選ばれた種族である!』とかいうようなイタいものではなく、ごく普通に、ドワーフ、エルフ、人間、獣人、魔族が力を合わせて世界の未来を、というものであった。概ね古竜寄りのスタンスであるものの、大筋では他の種族に伝わるものと似通っている。……人間の間では失伝してしまっているが。
やはり、安価で大量の印刷物を作成することができない世界では、後世に情報を残すには、世代交代のサイクルが短い種族には不利なようである。
(こうなったら、自分で本を作って、憧れの司書に! ……って、それはいいや。私は、ひとりの書き手という役割で、地球の物語をこの世界に伝えることに専念しよう。そう、魔改造した、『にほんフカシ話』によって……)
「マ、マイル、どうかしたのか? 急に、怪しい笑みを浮かべたりして……」
「あ、い、いえ、何でもないですよ、別に……」
慌てて手を振って誤魔化す、マイル。
今日の祭りには、ドワーフの女性達も大勢参加している。
(村を挙げてのお祝いだから、当たり前か……。
しかし、昨日までは、屋外で女性の姿を見ることはあまりなかったな。もしかすると、一見友好的ではあっても、本当はかなり警戒していて、女性を人間達の眼に触れさせないようにしていたのかな……。じゃあ、もう、心を許してくれた? それとも、村を挙げてのお祝いである、今だけ?)
マイルがふと見ると、向こうの方で、商人達が数人の村人達と、何やら話し込んでいる。
商人達の表情が明るいことから、商談がうまくいったのかも知れない。今回は製品在庫が少ないから仕方ないであろうが、問題が解決したため以前と同じ単価での取引でも問題がなくなったであろうし、次回からは製造量も元に戻るであろうから、当然といえば当然であろう。
今回の収入は半分になるが、それくらいをカバーする蓄えくらいはあるであろうし、元々食料等は自給自足が原則で、外部から購入するのは、塩以外は贅沢品の類いが中心であるから、少し我慢すれば済むことである。
(良かった……)
全て、丸く収まった。
そして、お腹も膨れ、ようやく手が空いたマイルは、ジュースを手にして、ぼんやりと考え事をしているような体勢を取り、いよいよアレを開始した。……そう、『訊問』である。
(ナノちゃん?)
『……』
(黙秘すると、要求が増えるよ?)
『……分かりました。約束は約束ですからね。たとえそれが、弱みに付け込んだ卑劣な手段により為されたものであったとしても……』
(何よソレ! 往生際が悪いよ!)
『…………』
そして、マイルにナノマシンが行った説明は……。
『実は、あの裂け目は異次元世界に繋がっており、そこに住むオークとオーガが……』
(それは、メーヴィスさんから聞いた!)
『以前の次元連結魔法の影響で、次元の壁が裂けやすく……』
(それも、メーヴィスさんから聞いた!)
『……』
(……)
『…………』
(…………)
『………………』
(………………)
そしてとうとう諦めたらしいナノマシンが、ようやく新情報を喋り始めた。
『概ね、メーヴィス殿が予想された通りです。あの特異種のオークとオーガは、現在この世界におりますものの原種というべきものであり、住みやすいこの世界で安穏と暮らしているうちに次第に能力が低下し弱体化したものとは違い、元の世界での過酷な環境下で生存競争を生き抜き、ますます強靱な方向へと進化したものです』
(え? 元の世界……? それじゃ、オークやオーガって……)
『はい、元々、この世界の生物ではありません。他の魔物の多くを含めて……』
考えてみれば、当たり前である。
ひとつの大型生物が発生し固定化するのに、どれだけの年月がかかるのか。
猿あたりから分岐して、オーガとなるまでに。そして、豚と猿が交雑して……、いや、そもそも、そのようなかけ離れた種の異種交配が可能なものなのか。
では、元々そういう系統の、遥か昔からの種族?
しかし、この世界は何度かの文明の崩壊を経験した世界である。その、世界規模の進化した文明時代に、人間を襲い喰らうような種が放置されていたとは思えない。
……動物園で保護されていたものが、文明の崩壊後に繁殖?
いや、その前に、危険を感じた人々により全滅させられるであろう。一夜にして文明が滅びたわけではないのだから……。
では、なぜ、危険な魔物が世界中に蔓延っている?
(……その理由が、これですか……)
異世界からの、危険な生物の大量流入と、その定着。
それが、この世界が昔は高度な文明を築いていたにも関わらず、現在、世界中に危険な生物が蔓延している理由。
元々のこの世界の生物が野生化したものが『動物』であり、そのうちの危険なものが、猛獣とか野獣と呼ばれている。そして、異世界から大量に流入し、繁殖した危険な生物達が……。
『そう、魔物と呼ばれているもの達です』
(…………)
(で、どっちが先なの?)
『え?』
マイルからの唐突な問いに、一瞬戸惑った様子のナノマシン。別に、いつもマイルの思念波をモニターしているというわけではないらしい。
(いや、だから、文明が滅びたから魔物が蔓延したの? それとも、魔物が蔓延したから文明が滅びたの?)
『……』
(……)
『…………』
(…………)
『………………』
(………………)
「マ、マイルさん、あちらで一緒に踊りませんか?」
「え?」
勇者、現る!
「向こうで、ダンスが始まったようですから、一緒に……」
(な、ななな、ナンパだあああぁっっ!)
多分、喋り方から、若者であろう。そうは思う。
しかし、その男性は髭を生やしており、声が野太く、そしておっさん顔であった……。
「あ、あの、わわわ、私、ダンスはオクラホマミキサーとマイムマイムしか踊れないので……」
アデルとして貴族令嬢らしい生活をしていたのは8歳までなので、まだ社交ダンスは学んでいなかったのである。
(パチンコで確変にはいった時に踊る、喜びのダンス……、って、それは『射幸ダンス』!)
どうやら、錯乱しているようであった。
まぁ、ドワーフ達が踊っているのは、勿論社交ダンスなどではなく、どちらかといえばフォークダンスか盆踊りに近いものであったが……。
「マイルさんのその腕力、人間とは思えぬ低い身長と慎ましやかな胸……。あと、たくさん食べてもっとコロコロになれば、凄い美人に……」
「余計なお世話ですよっっっっ!! それに、これは私がまだ13歳だからです、成長中の子供だからですよっ! すぐにナイスバディになりますよっっっ!」
そのネタを振られるのは、2度目である。しかし、2度目だからといって慣れるものではなく、マイル、再び激おこである。
「それなら、レーナさんを誘ってあげて下さいよっ! もう16歳だから、成長期が終わっているであろうレーナさんを!」
「なっ!」
怒りのあまり、レーナを指差して、決して言ってはならないことを口にしてしまったマイル。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
既に、声を掛けてきた男性の姿はない。どうやら、危機察知能力が優れていた模様である。
いや、それならば、なぜマイルに声を掛けてしまったのか。
「マイル、今、何て言ったの……」
「あ」