276 村への凱旋
「じゃあ、帰りましょうか」
全て終わった、とばかりに、意気揚々と引き揚げようとしたレーナであったが……。
「いや、すまんが、このままオークの住処を潰したい。その後の生き残り程度は、さすがに俺達だけで殲滅するが、今は怪我人無しでオークの住処を潰せる機会を逃したくないんだ、頼む!」
まぁ、村の防衛責任者としては、至極当然の要望である。そして、勿論それは契約の範囲内である。……というか、オーガの住処を潰した時に、オークの住処も潰す、という話になっていた。それを『赤き誓い』が了承していたのに、レーナがうっかり失念していただけである。
「……そういう話だったわね。ちょっと忘れていただけよ!」
レーナは、一応、自分のミスを認めて、謝罪らしきものをするだけの度量はあった。……ツンデレなりに。
そして、ドワーフ達の案内で、オークの住処へ。
……瞬殺。
いや、ポーリンが『ちょっと弱めの、赤いそよ風』を吹かせた後、マイルが強風でそれを吹き散らし、その後、即座にドワーフ達が吶喊。『赤き誓い』は、ドワーフ達が危ない時にのみ手を出すべく、戦場全体の監視。
最後は、ドワーフに花を持たせるという作戦である。
これくらいはさせてやらないと、彼らにも都合というものがあるだろう。矜持とか、嘘を吐くことなく変異種の魔物の撃破数を家族や恋人に誇るとか、色々な都合が……。
また、だからといって、自分の力を過信して慢心するようなことはないであろう。あのオーガ達の力を骨の髄まで思い知った今となっては……。
……そう、『赤き誓い』の面々も、他者に対するサービス、という概念を理解していたのであった。幸いにも。
「……マイル、探索魔法の結果は?」
「大丈夫です、変異種のオーガもオークも反応はありません。普通のなら遠くにそれらしい反応がありますけど、それらならドワーフの皆さんで問題なく対処できるでしょうからね。何しろ、何百年もここで暮らしてきたんですから……」
小声で、ドワーフ達には聞こえないようにこっそりとマイルに確認したレーナは、安心したような顔をした。いくらあとは『赤き誓い』には関係のない話であり、ドワーフ達が自分でやるべきことだとは言っても、やはり後で『ドワーフの村で、魔物との戦いで死人が出たらしい』などと聞かされるのは気分の良いものではない。
しかし、既に変異種が一掃されたことをドワーフ達に教える気はない。その方が、彼らの将来のためには良いだろうと思うからである。そしてどうやらそれは、マイルも同意見らしかった。
……そして凱旋。
死者も、後遺症が残るような重傷者も出さずに、強力な魔物の群れを撃破しての、完全勝利である。村はその知らせに沸き、直ちに宴会の準備が始まった。
「信じておったぞ! 皆、よくやってくれた!」
鉱山奪還部隊のみんなを絶賛する村長と村人達。『赤き誓い』のみんなから見ると子供に見える女性達も群がり、口々に褒めそやすため、奪還部隊の若手、特にまだ独身だと思われる連中はテレテレである。……若手といっても、髭を生やしたおっさん面なので、少女に見える女性ドワーフ達にテレている様子は、気持ち悪いことこの上ない。
「……って、あの子は……」
マイルが見ると、あの、商隊が村に着いた時に出会った少女の姿もあった。そしてその子とデレた顔で話している、おっさん顔のドワーフ……。
「……って、あの子、見た目通りに、本当に10歳じゃないですかあああぁっっ!! それに手を出すとは……」
思わず叫ぶマイルの肩を、ポンポンと叩く隊長。
「お前達人間からはどう見えるか知らんが、あいつは幼馴染みの恋人より5歳年上の、15歳だ。そっとしといてやってくれ……」
「「「「え!」」」」
固まる、マイル達4人であった……。
そしてしばらくすると、村長が『赤き誓い』のところへやってきた。
「此度の助力、感謝する。お前達の活躍は、皆から聞いておる。よくやってくれた。
今宵は、皆と共に祝宴を楽しんでくれ。勿論、村の警備に残ってくれた者達や、商人の者達も一緒にな」
「はい、ありがとうございます」
メーヴィスが皆を代表して礼を言い、他の者はそれに合わせて頭を下げた。
「おぅ、お疲れさん。で、どうだった……、って聞いても、聞くだけ無駄か」
「ま、オークもオーガも殲滅したそうだし、人数は全員揃っているし、怪我人らしい者もいない。……聞くまでもないか……」
少々ぞんざいではあるが、一応、労をねぎらってくれる『邪神の理想郷』リーダーのウォルフと、『炎の友情』リーダーのベガス。
「すまんな。村でのうのうとしていて、ちゃっかり依頼料だけ貰っちまって……。それも、嬢ちゃん達が話をつけてくれて、俺達は何もしていないのによ……」
「いえいえ、とんでもない! 皆さんが村を守ってくれていたからこそ、戦闘力の高い村の皆さんを大勢連れて行けたし、村のことを気に掛けずにゆっくりと順に対処できたんですから!」
さすがメーヴィス、口が上手い。……いや、メーヴィスはリップサービスではなく、本当にそう思っているのであろう。だから、それが伝わり、村に残った護衛ハンター達も心からの笑顔となった。
夕方から、村の広場で宴会……、いや、村を挙げての『祭り』が始まった。
何しろ、村の存続すら危ぶまれていた状態が解消され、報告によれば、どうやら同種の魔物が再び現れる可能性も低いらしいのである。それは、浮かれても仕方がない。
幸いにも、食料や酒には余裕がある。今、祝わなくて、いつ祝うというのか!
各家庭で作られた料理が持ち寄られ、広場でも肉が焼かれている。そして貯蔵庫の扉が開かれて、村で作っているエールや蒸留酒が振る舞われた。村人が共同作業で造る酒類は、いつもは販売してその収益を村の予算に廻すが、今日は無料である。
……そして、いくら祝いであっても、マイルから買った酒は、誰ひとりとして自宅から持ち出してはいなかった。あれは、自分ひとりで、大事にチビチビと飲むのである。こんなところで一気にがぶ飲みしたり、他の者に飲まれたりするわけにはいかなかった。絶対に。
大らかそうに見えても、そのあたりにはセコい、ドワーフ達であった。
「おぅ、飲んでるか?」
「あ、隊長さん……」
「飲んでないわよ!」
奪還部隊の隊長が、ある程度飲み食いして一段落した後、『赤き誓い』のところにやってきた。
しかし、レーナが言う通り、マイル達は食い気専門であり、お酒は飲んでいなかった。
「こんな、酒精が強くてキツいだけのお酒なんか、飲めないわよ!」
そう、マイル達、特にレーナは、まだお酒を美味しいと感じることはなく、飲んでも、少し気持ち良くなった後は、急激に気持ち悪くなって吐いてしまうのであった。なので、食事の時に、甘くて酒精の弱い果実酒をほんの少し飲む程度であり、『お酒を楽しむ』とか、『酔いを楽しむ』というような飲み方をすることはない。
そのため、酒精が強く、口当たりが尖った感じであるここの酒は、『赤き誓い』の皆の口には合わなかった。それは、造った酒を何年も飲まずに寝かせておくなどという概念が、この村には存在しないためである。
「あ、そうだ!」
『赤き誓い』のところに顔を出したものの、話は帰路でたっぷりできたため、今更改めて話すこともない。礼と謙遜の応酬は、もう、嫌という程繰り返したため、今更蒸し返す気もない。そこで、マイルが聞きたいことを思い付いた。
「あの、ドワーフの間に伝わる神話、教えて戴けませんか?」