273 魔 物 6
「ふざけんなよおおおぉ~~!」
喚く隊長であるが、もはや、どうしようもない。手を振って、予定通りふたりの若者を離脱させ、村へと向かわせた後、他のドワーフ達と共にオーガの群れへと向き直る。
……しかし、それから先は、どうしようもない。7人掛かりでようやく押さえ込めた変異種のオーガが、20頭以上。更にそこに、上位種のオーガが数頭加わっては、到底勝ち目はない。
自分から突っ込んでいっても一蹴されるだけであり、自分達が早々に壊滅すれば、逃がしたふたりが追われる。ここは、『赤き誓い』の少女達が掻き回してくれるのを期待して、負傷して弱ったオーガに止めを刺して廻る。それしかない。
しかし、いくら凄腕の少女達とて、これだけの数、しかも上位種の特殊個体を含むとなれば、多少なりと通用するのはせいぜい最初の一撃のみ。あとは、数と力と耐久性の前に、一瞬で潰されるだろう。
だが、それすらも利用して、脱出させたふたりのために、1分でも、1秒でも多くの時間を稼ぐ。それが、仲間達の、そして協力してくれた、まだ幼き人間の少女達の命すら駒にしての、自分が行う『外道ゲーム』の勝利目標だ。責任は、自分の地獄行き、という形で取る。
隊長が、そう悲壮な決意を固めた時。
「うおおおおおぉ! 秘技、『EX・真・神速剣』!」
「最高奥義、神滅剣!」
「うわ、そっちの方がカッコいい! ずるいぞ、マイル!」
「知りませんよ! 自分で、もっとカッコいい名前を考えて下さいよ!」
「ファイアー・スピアァぁ!」
「ドリルジャベリンッッ!!」
オーガ達は、順調にその数を減らし続けていた。そして、それをぽかんと眺めている、ドワーフ達。
「「「「「「…………」」」」」」
もしかすると、このままいけるかも? ドワーフ達がそう思い始めた時。
「ぐあっ!」
上位種の強烈な一撃を脇腹に喰らい、メーヴィスが吹き飛ばされた。
軽口を叩いていても、決して戦いを甘くみたり、油断していたわけではない。しかし、敵が強く、かつ数が多いため戦いが少し長引きそうだと思ったメーヴィスは、あまり無理な動きはしないように気を付けていた。でないと、ミクロスを使いドーピングしているメーヴィスの身体が戦いの途中で限界を迎えてしまい、戦闘不能に陥るからである。
それはメーヴィスの死を意味し、そしてそれはまた、強力な前衛の一角を失ったパーティの壊滅、更に奪還部隊の全滅を意味する。
なので、メーヴィスの肉体に大きな負担を与えるような強引な動き、無茶な速度での機動は最低限に抑えていたのであるが、そのため、上位種の横入りによる攻撃を避けきれなかったのである。おそらく、通常種の速度に慣れていたところに、ワンランク上の速度と威力の攻撃を受けたため、間合いを読み違えたのであろう。
脇腹にまともにはいった一撃は、おそらく骨の数本くらいはへし折ったであろう。
「メーヴィスさん!」
吹き飛ばされたメーヴィスの方に気を取られるマイル。
いくら速度と筋力が優れていても、所詮、マイルは戦いには素人同然。そう、戦いの駆け引きにおいては、マイルは戦いに慣れた上位種のオーガにすら出し抜かれる脆さがあった。
その、速度と筋力頼みで敵の攻撃を回避したり受け流したりしていたマイルが、他のことに気を取られ、攻守の流れが乱れると……。
「きゃあっ!」
マイルは力任せに叩き付けられた上位種の攻撃を受け流せず、剣で受けたものの、その威力をまともに受けてしまったために吹き飛ばされてしまった。それは、体重が軽いマイルの弱点である。
頑丈なマイルは怪我をすることはなかったが、メーヴィスとマイルが共に吹き飛ばされたことにより、オーガ達の前には、ドワーフ達がまともに対峙することとなってしまった。
「「「「「「…………」」」」」」
終わった。
ドワーフ達は、皆、そう思った。
しかし、たとえ僅かであろうと時間を稼ぐため、震える足で踏み止まるドワーフ達。
そこにレーナ達から2発の攻撃魔法が撃ち込まれたが、通常種の1頭に重傷、もう1頭に軽傷を負わせたに過ぎなかった。
味方撃ちを避けるために単体攻撃魔法を使っていたレーナは、こうなってはそんな悠長なことは言っていられないとばかりに、味方撃ち覚悟のホット魔法の詠唱を開始。ポーリンは、灌木の陰から飛び出して、倒れたメーヴィスのところへと駆け寄った。
幸いにもメーヴィスはかなり弾き飛ばされたため、オーガ達からは充分離れている。そのため、ポーリンがそこへ向かっても、それほど大きな危険はなかった。それならば、治癒魔法の効果を上げるため、ポーリンが敵の前に姿を現して接近するのは悪い判断ではなかった。
……マイル? マイルの頑丈さには定評があるし、ちゃんと剣で打撃のダメージが直接身体に当たらないよう防いでいた。それに、そもそも、悲鳴が『きゃあっ』であった。
マイルが本当に大きなダメージを受けたならば、その悲鳴は『ぎゃあ!』とか『ぐげぇ!』とかになるはずであり、そんな可愛い悲鳴を上げているということは、大したことはない、ということであった。なので、ポーリンもレーナも、マイルのことはあまり心配していなかった。
今は、とにかくドワーフを守り、そのためにはマイルとメーヴィスが戦線復帰するまでの時間を稼ぐ。それが全てであった。
本当ならば、ドワーフ達も巻き込むことを承知の上でのオーガに対するホット魔法の行使は、ホット魔法の熟練者であるポーリンの方が適任である。しかし、ホット魔法は、拙いながらもレーナにも使えるが、高度な治癒魔法はポーリンにしか使えない。そしてメーヴィスの一刻も早い戦線復帰が何より重要であるため、こういう任務分担になるのは仕方なかった。
吹き飛ばされたメーヴィスに一番近いのは、同じく吹き飛ばされたマイルであった。そしてマイルにも治癒魔法が使えるが、そんな暇があれば、マイルはすぐにオーガとドワーフの間に割り込むべきであり、メーヴィスの治癒に廻すというような使い方をすべきではない。そのことは、地面に転がって呻いているメーヴィスにもよく分かっていた。
そして、使い慣れないホット魔法の詠唱は、いつもの火魔法よりほんの僅かではあるが時間がかかり、レーナの詠唱が終わる前に、オーガ達がドワーフ達に襲い掛かった。
圧倒的。
鎧袖一触。
力任せのオーガの攻撃を受けきることができず、次々に叩き潰され、吹き飛ばされるドワーフ達。頭部だけは必死で守ろうとする努力によって、手足が折れ曲がり、肋骨がへし折れて倒れ伏しても、何とか即死だけは免れているドワーフ達であるが、それはただ『運が良かった』というだけのことである。そしてその運も、そろそろ打ち止めであった。
思い切り振り抜かれようとする、丸太のような、オーガの太い腕。そしてその先にある、ひとりのドワーフの頭部。その腕が確実に当たり、そして頭部が吹き飛ぶであろうことは、もはや確実であった。
(((((……死んだ!!)))))
皆がそう思った時。
どさり、と、そのオーガの腕が地面に落ちた。
「やらせません!」
そして、振り抜いた剣をそのまま強引に次の敵へとぶち当てるマイル。
体重が軽いためにただ吹き飛ばされただけであり、ダメージは殆ど受けていないマイルの戦線復帰は早かった。そして一撃必殺よりも手数を重視し、ドワーフ達が攻撃を受けるのを防ごうとマイルが奮闘していると、棍棒による強烈な一撃がきた。一番の脅威であるマイルに敵からの攻撃が集中するのは、当たり前であった。
上位種からの攻撃が頭上からまともに来たため、その攻撃を受け流すことができず、剣で受け止めたマイルであったが、相手との力比べになってしまった。
これは、マズい状況である。マイルの動きが封じられれば、他のオーガ達が再びドワーフに襲い掛かる。また、手が塞がっているマイルに、他のオーガが攻撃を仕掛けるに決まっている。それに、たとえ他のオーガの攻撃がなくとも、この力比べは、マイルにとって不利であった。
マイルは、以前は、自分の筋力と肉体の強靱さは古竜の半分なのだと思っていた。しかし、前回の古竜との戦いで、筋力も肉体も、それほどの能力ではないということを認識したのである。
そう、いくら神様(のような者)の科学力をもってしても、骨と筋肉の断面積が古竜とは較べるべくもないマイルの身体では、その構成素材が人間としての許容範囲内である限りは、到底古竜の数分の一の強度にも達することはできないのであった。
もしそれを可能とするならば、マイルの身体を超合金で再構成するくらいしか方法がないであろうし、そうなれば、それはもはや、人間ではない。
また、マイルの身長や体重は、『全ての生物の最大値と最小値の真ん中』とかではなかったし、知能、記憶力、声の大きさ等、あらゆる能力が例外なく全て平均値、というわけでもなかった。
つまり、マイルの能力は、『簡単に平均値が付与できて、神様やマイル本人の都合が悪くないもの』のみが平均値を付与されている、ということなのであった。
そして、力比べの膠着状態に陥ってしまったマイルが『マズい!』と思った瞬間に、ソレが来た。
マイルの視界が、何だか少し赤みがかったような気がして……。
「「「「「「ぎゃピぐぎゃげひぷべらば!!」」」」」」
そこに、地獄が現出した。そして、その地獄の色は、赤かった……。
そう、レーナが必死で高速詠唱した、使い慣れないホット魔法。それが今、着弾したのであった。
「「「「「「ぎゃああああああああ!!」」」」」」
敵も味方も関係なく、全ての者が絶叫し、転げ回った。その攻撃範囲から外れていた、ポーリン、メーヴィス、そして攻撃者であるレーナを除いて……。
『私、能力は平均値でって言ったよね!』7巻、昨日発売されましたよ!(^^)/
そしてスク水は、新旧、両バージョンですよ!(^^)/