271 魔 物 4
((((((気になる……))))))
そう思いはしても、それを口に出してメーヴィスに問い掛けることができないドワーフ達。
ハンターの過去や、その能力について詮索したり口外したりすることは、禁忌であり、御法度。ドワーフ達も、それくらいのことは知っている。そのため、興味本位で根掘り葉掘り聞き出すわけにはいかない。それも、重要な任務を帯びて危険な共同作戦を実施している、こんな時には。
しかし……。
((((((気になるううううううぅ!!))))))
鍛冶師バカ一代のドワーフ達が、あのメーヴィスの剣を見て、何も思わないわけがなかった。
自分達が使っている剣は、勿論、村で作られた剣である。そしてその剣を振るう自分達は、頑健で膂力に優れたドワーフ、しかも鍛冶を生業とする、鍛え上げられた身体の持ち主である。
しかし、あのオーガ達に対しては、力不足が露見した。
それは、剣の性能が及ばなかったからか。それとも、剣の性能を充分に引き出せるだけの力が自分達になかったからなのか。
しかし、あのガリガリでひょろひょろの人間の少女は、いとも容易くオーガ達を斬り裂いた。とても自分達より優れた筋肉の持ち主とは思えない、その身体で。
……剣か。
…………剣なのか。
………………剣なのかああああああぁっっ!!
そして、視線がメーヴィスに突き刺さるのであった。まるで、破壊力を持った位相光線のように……。
同じようにオーガを斬り裂いていたマイルの方には、それ程視線が集まることはなかった。
なぜならば……。
「嬢ちゃん、どこの氏族の者だ?」
「え、何のことですか?」
「いや、嬢ちゃん、人間とドワーフとのハーフだろ? その筋力、低い身長、平たい胸、コロコロした体型、明らかにドワーフの……」
「失礼なっっっっ!!」
というようなやり取りがあり、マイルが激おこ状態だからである。
そして、マイルの体型を褒めたつもりであったドワーフは、マイルがなぜ怒ったのか、全く理解していなかった。
……どうやら、ドワーフの、女性に対する美的感覚は、人間とは少し異なるようであった。
そして、マイルは考えた。
(そうだ! ドワーフを根絶やしにすれば、私の体型のデータからドワーフの数値が消えて、胸も身長も……)
『それはありません!』
勿論、マイルは本気でそうするつもりなど欠片もなかったが、その、あまりにも不穏当なマイルの思考に恐れを為したナノマシンが、すかさず完全否定した。
(本気のわけがないでしょ!)
マイルは脳内会話でナノマシンにそう言ったが、ナノマシンには、その真偽の程は分からなかった。
とにかく、明らかに純血の人間であるメーヴィスと、突然金色に光り始めた剣。そして、まるで熱したナイフでバターを切るが如く、すぱすぱと切断されたオーガの身体。それは、ドワーフ達がマイルなど無視してメーヴィスの剣だけに注目するのに充分な条件であった。
「うぬぬ、まだ、こんなところで死ぬわけにはいかん……」
「あの剣の組成と製法を聞き出すまでは……」
「生きて戻れば! 生きて戻りさえすれば、雇用契約終了後に、ただの世間話の一環として……」
さすがに、雇用主側が被雇用者に対して、依頼内容とは関係のない情報を聞き出すということは憚られるようであった。
「何してんのよ、さっさと行くわよ! まだ、討伐任務は終わったわけじゃないんだから!」
ドワーフ達がなかなか歩き出さないため、焦れたレーナが怒鳴りつけた。
そう、事前にドワーフ達から聞いた情報だと、オークもオーガも、まだ残っているはずであった。
確認した以上の数がいても全然おかしくはないが、視認し確認したより大幅に少ない、ということはないだろう。それに、オーガ達の住処は、もう少し先らしい。
どうやら、第1回奪還部隊が、それらの情報を入手したわけではないらしい。彼らは、そういうところまで判明する前に、大被害を受けて撤退したらしい。そしてそれらの貴重な情報は、その後、危険を冒してオーガ達の縄張りの奥深くまで侵入し調査した、文字通りの決死隊である、第1次から第4次までの調査隊が持ち帰ったそうだ。
「調査隊の報告によると、オーガは坑道の入り口付近に住み着いているらしい。オークは、そのあたりには近付かず、少し離れた林のあたり。その他の魔物は適当にバラけているが、まぁ、大したことはない」
説明によると、なぜか普通は敵対、というか、オーガの捕食対象であるはずのオークが、オーガの住処からそんなに離れていないところに住み着いているらしい。少し疑問であるが、そんなことは考えても仕方ない。
そしてその他の魔物、つまりゴブリンやコボルト、角ウサギその他は、数倍強かろうが、特に問題はない。それらの魔物達の元々の力を数倍しても、普通のオーク一頭にも及ばないのであるから、大した脅威ではなかった。それに、ドワーフ達の話では、異常に強いのはオークとオーガだけらしかった。
(いったい、どうして……)
物事には、全て理由がある。そして結果には、その原因となることが。
マイルは、それを考えていた。
(進化した? ピカチュウが、ライチュウになるように?
いや、それならば、オークはオークウォーリアとかハイオークになるはずだ。その後は、オークキングとか……。オーガも、オーガウォーリア、ハイオーガ、オーガキングとかになるはず。でも、さっきのはどう見ても、普通のオークやオーガだった……)
それに、進化するとしても、それは多くの個体の中からその候補となる強き者達が現れて、更にその中のごく一部の者だけが進化するはず。とても、集団全体が同時に進化したりするものではない。もしそんなことがあれば、それはその種が固定されるということであり、オークの中の特異個体、とかではなく、新たな上位種族の誕生だ。もし、そんなことになれば……。
角ウサギの上位種、『ハイ角ウサギ』とかが現れても、大した問題ではない。
しかし、もし『ハイオーガ族』とかいう新種族が現れ、その強大な戦闘力と強靱な肉体を武器にして大陸中に広がったら……。
(人類の存亡に関わる……)
マイルは、怖い考えになってしまった。
そして奪還部隊は坑道目指して進み、しばらく後に、坑道のやや手前で停止した。
「坑道は、魔法攻撃に耐えられますか?」
突然のマイルの質問に、隊長は少々面食らったが、考えてみれば、戦いは坑道の入り口付近で行われるのだから、この質問が出るのも当然である。
「ああ、坑道とは言っても、そう深いわけじゃないからな。露天掘りじゃない、という程度だ。だからそう崩れやすいわけじゃないし、たとえ崩れても、掘り直すのは大した手間じゃない。岩盤を掘ることを思えば、崩れた土砂を取り除くのはずっと楽だからな。それに、別の場所から新たに坑道を掘ってもいいし……。
だから、別に坑道が崩れて埋まっても構わんぞ」
確かに、その通りであろう。別に、地球の金鉱のように、地下数十キロに亘って坑道が延びているわけではないのだ。この世界には、鉄鉱石の採掘程度にそのような労力をかける理由も、それを可能とする技術もない。
また、オーガ達は、雨風を避けるためのねぐらとして坑道を利用しているだけなので、入り口のすぐ近くにいる。奥に進んでも、水も獲物も明かりもないのだから、そんなところへ潜っていくわけがない。
そして、狭い坑道内での戦闘は、剣を振り回す必要があり、ある程度の空間がないと戦いづらい奪還部隊の方が不利である。なので、中に踏み込むことはせず、戦いは坑道の外で行うつもりであった。
「入り口付近は、木々もないのよね? 今度は、思い切り火魔法が使えるわね……」
「最後に、坑道内にホット魔法を流し込んで残敵掃討を行います!」
「マイル、敵が最後の数体となった時点で、EX・真・神速剣の練習をさせて貰えないだろうか?」
「いいですよ。あ、最初にウィンド・エッジも試してみて下さい。今後に備えて、あのオーガ達にどれくらい効くか試しておくのもいいでしょうから。ま、牽制か目眩まし程度にしかならないとは思いますが、一応……」
そして、まだオーガの数も分からないというのに、既に勝利が確定したかのようなことを言う『赤き誓い』に、もう、全てを諦めたかのような顔をするドワーフ達であった……。