270 魔 物 3
(しかし、どうしてオークがあんなに高性能に……。ハイオークでもあるまいし。
ハイオーク、ハイオーク……、あ、食べ物のオクタン価が高いから、出力が上昇して……)
索敵魔法を使いながら、どうでもいいことを考えているマイル。
そう、結局、魔物討伐は続行されることとなったのである。主体はドワーフ達であり、『赤き誓い』はあくまでもオマケの支援部隊なので、決定権は、ドワーフ達にある。
しかし、続行が決定された時、マイルが強硬に主張して、ドワーフの隊長に認めさせたことがあった。
ひとつ、オーガの集団に遭遇した場合、ドワーフ28名は、7人ずつ4つの分隊を構成し、分隊単位でそれぞれ1頭ずつのオーガに対処すること。
ふたつ、『赤き誓い』の行動は完全フリーとし、戦闘中にその戦い方や行動の優先順位等には口出ししないこと。言いたいことは、戦闘が終わった後に聞く。
みっつ、『赤き誓い』の戦闘能力や得意技等については、他言無用。決して口外しないこと。
ドワーフ達も、ハンター達の禁忌である『個人情報を漏らす』ということの意味と、それをしでかした者の末路については、よく知っていた。さすがに、踏めば致命傷となる地雷のことは、ちゃんと学習していた模様である。
そして彼らは元々、ハンターパーティの戦い方に口出しをするつもりはなかった。力任せである自分達の戦い方と、ハンターの、それもチームとしての戦い方とが異なることくらいは分かっていたのである。
ひとつ目の条件も、オークに大敗を喫しそうになった自分達には、文句を言う資格がない。5頭以上のオーガが現れた場合、『赤き誓い』が何頭まで対処可能なのかは分からないが、それは、考えても仕方ない。先程のオークとの戦いから、彼女達が自分達より遥かに強いということは分かっている。その彼女達の判断に従うしか方法がなかったのである。
そして、気持ちを新たにして再度魔物の捜索を行っていると、再びマイルが合図により皆を停止させた。
「……魔物、大型です。さっきのオークとは違う反応ですので、オーガである可能性があります。数、11!」
「「「「「なっ!」」」」」
ドワーフ達が4頭を担当したとすると、『赤き誓い』の4人が、7頭。自分達の子供や孫、ひ孫達よりも年下の少女4人に、普通の数倍の強さのオーガが7頭。
「駄目だ、撤退……」
「行くわよ、みんな!」
「「「おお!!」」」
隊長の指示は、『赤き誓い』の鬨の声に掻き消された。
「アイス・バレット!」
オーガの群れと出会うと同時に、先行して詠唱していた氷魔法を叩き付けるレーナ。たくさんの氷の弾丸が群れ全体に降り注ぎ、機先を制されたオーガ達は、その場に立ち止まったまま腕で顔を庇っている。
森の中で強力な火魔法を放つことはできず、そう得意ではない氷魔法を放ったレーナであるが、それは『火魔法を得意とするレーナとしては、それほど得意ではない』というだけのことであり、普通の魔術師と較べると、充分に強力な攻撃魔法であった。
しかし、所詮は小さな氷の弾丸が広範囲に降り注ぐ魔法であるため、一発ずつの威力は弱い。相手がコボルト程度であればまだしも、オーガ相手に大した怪我を負わせられるようなものではない。
だが、敵の動きを止め、その視界を自らの腕で塞がせるという、レーナが狙った目的は充分に達成されたのであった。
オーガ達が氷の弾丸による攻撃が終わったことに気付き、顔面を護っていた腕を下ろそうとした時には、既に遅かった。メーヴィスとマイル、ふたりの剣士がオーガの群れの中に飛び込んでいたのである。
そして、振るわれる2本の剣。
「ぐっ、堅い!」
マイルは1頭のオーガの腹を斬り裂いたが、メーヴィスの剣は何とか切り傷を付けられただけで、致命傷を与えるには至っていない。それを見たマイルが叫んだ。
「やっぱり、このオーガ達……、って、みなさん、戦って下さい!」
先行する『赤き誓い』についてきたものの、ドワーフ達は戦闘に加わらず、後ろで突っ立っていた。レーナは次の攻撃魔法の詠唱中であり、他にドワーフ達を怒鳴りつけられる者はいなかった。
今まで丁寧な言葉遣いをしていたマイルにいきなり怒鳴りつけられたドワーフ達は驚いたが、さすがに、味方が強力な敵と戦うのをぼんやりと傍観していた自分達の失策に気付き、我に返ると、慌てて戦いに参加した。
「手筈通り、4組で! 余計なことは考えないで!」
下手に分散されると、却って自分達が戦いにくくなる。そう思ったマイルが、事前の作戦を再度念押しする。
レーナは、間もなく詠唱が完了する。今度は敵味方が入り交じっているため、範囲攻撃ではなく、単体攻撃のアイス・ジャベリンである。そしてポーリンは、積極的な攻撃には加わらず、攻撃を受けそうになった味方を救うための単体攻撃魔法を保留状態にしたまま、戦場全体を監視していた。
何も、敵と直接交戦するだけが戦いではない。そして、皆で同数の敵を分担する必要もない。役割分担。適材適所。それがパーティとしての戦いである。
そして、メーヴィスは……。
「我が愛剣よ、その真の姿を現せ!」
何やら、怪しげな呪文を唱えていた。
(あの、対・古竜戦の時、予備武器である短剣は、私の想いに応えてくれた。ならば、主武器であるこの剣が、この熱き想いに応えてくれないはずがない!)
【【【【【キタキタキタキタキタアアァ~~!!】】】】】
あの、最大の見せ場であった対・古竜戦の美味しいところを、全部短剣に持っていかれ、のたうち廻って悔しがった、ショートソード担当のナノマシン達。
それが、遂に! 遂に! 遂にやってきた、この見せ場!!
短剣と違い、ショートソードには『本当は切れ味がいいけれど、普段はそれを覆い隠している』などという仕掛けはない。元々、頑丈ではあるがそう目立たない剣、ということで、おかしな仕掛けはないのである。
【だが、そんなことは関係ない!】
そう、ハイになったナノマシン達にとって、そんなことは、ごく些細なことに過ぎなかった。
【研げ! 研げ! 研げえぇぇ!!】
【ミスリル・コーティング!】
【単分子刃形成! 行っけええええぇ!!】
【視覚効果だ、ハッタリだ! カッコいい演出だアァ!】
そして、金色に輝く剣身。
「うおおおおおぉ!」
メーヴィスが振るうショートソードに、今度は見事に斬り裂かれるオーガの身体。
「何ですか、それはあああぁ!!」
付けた覚えのない機能、付けた覚えのない性能。
眼を剥くマイルであるが、今は、余計なことを考えている暇はない。
マイル自身は、いくらオーガが強くなっていても、パワーと速度と頑丈さで後れを取るようなことはない。いわゆる、『相性がいい相手』というやつである。
しかし、他の者達は、そういうわけにはいかない。このオーガ達が相手であれば、一撃で即死、ということも充分にあり得る。そのため、パーティメンバーとドワーフ達の状況を常に確認しているので、精神的にかなりいっぱいいっぱいであった。
実は、その役割はポーリンが果たしているのであるが、どうやらマイルはポーリンだけに任せておくのは不安なようであった。それは果たして、仲間の役割をもフォローする良い行いなのか、仲間を信じていないという良くない行いなのか……。
ドワーフ達の方へ向かおうとするオーガを、4頭目までは何もせずに通し、5頭目にアイス・ジャベリンを叩き込んだレーナは、少し後方に下がりつつ、次の呪文詠唱を開始。ポーリンも、ドワーフ達が相手をしているオーガの後方から、同じくアイス・ジャベリンを叩き込み、再び戦場全体を見回しつつ、素早く次の詠唱を開始していた。
「メーヴィスさん、右!」
「よし!」
マイル達も、5頭目以降はオーガがドワーフ達の方へ向かわないよう牽制しながら、次々と傷を負わせてゆき、隙を衝いては致命傷となる攻撃を加えていった。
* *
「……これで良し、と」
倒したオーガ達を収納し、ようやく一段落の奪還部隊一同。
しかし、のんびりしたマイルとは打って変わって、何やら落ち着かない様子のメーヴィス。
それも、仕方がないであろう。
じ~っ。
じ~~っ。
じいいいいいぃ~~っ。
オーガとの戦いが終わってから、ドワーフ達からの熱い視線がメーヴィスに集中していた。
いや、正確には、メーヴィスが腰に佩いた、ショートソードに。
(((ああ、そりゃそうか……)))
そりゃ、仕方ない。
そう思い、居心地が悪そうにもじもじしているメーヴィスから、そっと視線を外す3人であった。