269 魔 物 2
「ポーリンさん、治癒魔法を! その後は、攻撃魔法にして下さい! 今は、治癒より死者や怪我人を出さないことを優先です! レーナさん、攻撃魔法を続けて下さい、混戦だから威力の小さい単体用のを数撃ちで! 味方撃ちに注意、もし誤射しても殺さないやつで! メーヴィスさん、真・神速剣、時間制限に注意、吶喊!」
珍しく、レーナではなくマイルが戦闘指示を出した。それも、思い切り早口で。
しかし、その指示内容は的確であり、皆、反射的にそれに従った。
ポーリンは、保留にしていた治癒魔法を無駄にすることなく、吹き飛ばされた3人のうち、一番怪我が酷そうな者に。その後は、攻撃魔法の高速詠唱を開始。魔物相手なので、脳内詠唱にして使う魔法の種類を隠す必要はない。
レーナは、同じく保留にしていた攻撃魔法を放った後、同様の単体相手の攻撃魔法の詠唱を始めた。もしドワーフに当たっても、後で治癒魔法で何とかなる程度の怪我で済むようなやつを。
しかし、あまり弱い魔法だとオークを倒せないので、多少のことはやむを得ない。
そしてメーヴィスは、当初はオーク程度であれば必殺技なしで戦うつもりであったが、マイルの判断に従い、真・神速剣の使用を開始した。メーヴィス自身も神速剣では通用しないと判断していたし、EX・真・神速剣では、ごく短時間しか身体が保たず、すぐに自滅してしまう。真・神速剣も時間制限はあるが、EX・真・神速剣よりはずっとマシである。
レーナとポーリンが保留していた最初の魔法を放ち、それぞれ再詠唱にはいった瞬間、メーヴィスとマイルが並んで飛び出し、混戦の中に躍り込んだ。そして同時に振るわれる、それぞれの愛剣。
敵味方入り乱れての近接戦闘においては、魔法攻撃より剣の方が手っ取り早い。……敵との間に、隔絶した実力差がある場合には、であるが。
そしてメーヴィスとマイルには、それがあった。
戦場を駆け巡る、2本の剣。
撃ち込まれ続ける、連射速度に全振りされた攻撃魔法。
おそらく、『赤き誓い』の4人がいなければ、28対8の戦いで、ドワーフ達は数名の重傷者や死者を出すか、悪ければ敗北して壊滅していただろう。普通ならば、数名の軽傷者を出す程度で済むはずの相手に……。
しかし、メーヴィスとマイルの乱入により、緒戦でいきなり総崩れになりかけたドワーフ達は何とか持ち堪え、レーナとポーリンの魔法攻撃による適切なアシストに助けられ、何とか重傷者を出すことなくオークを殲滅することに成功したのであった。
「……で、どういうことよ……」
マイルとポーリンに治癒魔法を掛けて貰っている軽傷者達を横目に、レーナが隊長を問い詰めていた。
「どう、とは?」
「ふざけないでよ! どうしてオークがあんなに強いのか。そして、どうしてそれを黙っていたのか、ってことに決まってるでしょ!」
吠えるレーナに、隊長は、きょとんとした顔をしていた。
「いや、魔物は強いぞ、と言ったと思うが……」
「そんなの、ただの脅しか、油断を戒めるための忠告だとしか思わないに決まってるでしょうがっ!
どうして、もっとちゃんと説明しないのよッッ! それに、そもそも、あんなの相手に勝算はあったの!」
問い詰めるレーナに、隊長は平然と答えた。
「勝算があろうとなかろうと、勝つ。我らドワーフの誇りにかけて。ただ、それだけのことだ……」
「それで、前回負けて、這々の体で逃げ帰ったんでしょうがあああああぁっっ!!」
* *
「で、どうしましょうか……」
「どうしようか……」
「後で揉めないようにと、商人さん達に頼んで正式な契約書を作って貰い、依頼料は前金で貰っちゃってますからねぇ……」
「どうしようもないわよ!」
そう、どうしようもなかった。
『赤き誓い』は、契約のプロである商人に頼んで、不備のない契約文面を考えて貰い、前金で村長からの依頼を受けたのである。
ギルドを通さない、依頼主と受注者が直接交渉して契約する『自由依頼』は、事後に揉めることが多い。そのための安全措置として、きちんとした契約書を作り、前金で、ということにしたのであるが、それが裏目に出て、今は逆に『赤き誓い』を縛っていた。
申告内容に虚偽があれば、契約は即座に破棄、依頼料はそのまま没収、ということになり、何の問題もない。しかし、ドワーフからの依頼や申告、状況説明には、虚偽も不備もなかった。
討伐相手は、オーク、オーガを始めとする魔物全般。村人達が討伐を試みたが、魔物達が強かったため失敗。再度の討伐にあたり、支援を依頼する。
……おかしな部分は、何もなかった。
「俺達は、『魔物は普通よりかなり強かった』と、報告したぞ。そして依頼契約の前に、村長がそれをちゃんと伝えたはずだ。なのに、何が不満なのだ?」
後ろから、話を聞いていた隊長が口を挟んだ。そして、レーナが再び怒鳴った。
「負けた者は、『相手は弱かった』とは報告しないわよ! 強かった、って言うに決まってるでしょうが! そして、それが本当だと思う上官はいないわよっっっ!!」
まぁまぁ、とメーヴィスが宥めるが、レーナはまだ、ガルガルしていた。
「まぁ、そう思っても仕方ないですよねぇ。魔物は武術訓練なんかしないから、1個分隊の精鋭オーク、なんてのはいませんから。ときたま強い個体が現れることはありますけど、それはあくまでも個体差ですからねぇ……」
マイルが言う通り、そういう特殊例が集団を組んでいる、というのは、聞いたことがない。そして、あのオーク達の強さは、ただの個体差ということで済ませるには、あまりにも異質であった。
「ハイオーク並みの強さだったけれど、特徴的には、普通のオークだったよねぇ……」
メーヴィスが言うとおりであった。
『赤き誓い』は、まだ駆け出しだった頃、資金稼ぎのためにお弁当と水筒を持って丘へと出掛けることがあった。大物狙い、すなわち「ハイオークとゴブリンキング狩り」、いわゆる『ハイ・キング』である。そのため、彼女達はハイオークには詳しかった。
「それに、そもそもハイオークばかりで構成された群れなんて、いるはずないでしょ。そんなの、将軍ばかり9人で編成された1個分隊、みたいなものよ。誰が欲しがるってのよ、そんな部隊」
レーナの突っ込みに、メーヴィスが頷いていた。
「でも、私の国には、『船頭多くして、船、山に登る』という、多くの指揮官が力を合わせれば、不可能も可能になる、という格言が……」
「マイル、それ、前にも言ってたよね? そして、多分そういう意味じゃないと思うからね、私が読んだ兵法書に書かれていたことと併せて考えると……」
メーヴィスには、マイルの言う『母国の格言』というものが、どうしても信用できなかった。それはまるで、マイルが語る『にほんフカシ話』並みの胡散臭さであった。
「ま、まぁ、それはもういいわよ。問題は、これからどうするか、ってことでしょ」
レーナの言う通りである。
「オークが強いのは、まぁ、分かりました。理由は分からないですけど……。
で、8頭倒したから、残っていたとしても、たかが知れているでしょう。今の私達の戦力ならば、問題ないはずです。もしゴブリンやコボルト、角ウサギとかが出てきても、そんなのがたとえ数倍の強さになっていたとしても、別に問題ないですよね。問題なのは……」
「オーガ、だね……」
マイルの言葉を、メーヴィスが引き取った。
「普通のオークと、さっきのオークとの力の差。その比率を、そのままオーガに当てはめたとすれば……」
「はい、『ハイパー・オーガ』の誕生です。オーガロードが開かれちゃいます。『オーガバトラー戦記』ですよ!」
今度は、マイルがメーヴィスの言葉を引き取った。
皆は、マイルが何を言っているのか分からなかったが、言わんとしているニュアンスだけは何となく伝わったので、そのままスルーした。
「まぁ、どうするって言ったってなあ……」
「どうしようもないよなぁ……」
そして今度は、ドワーフ達から声があがった。
「今回退いても、どうせ魔物達を討伐しなきゃ村はお終いだ。
じじぃ共が村の意思決定権を握っている限り、人間の街に助けを求めるという選択肢は無ぇ。そして、じじぃ共の許容範囲内であり、支援戦力、そしてふたりもの凄腕治癒魔術師の助力が得られる機会なんか、村に残された時間的にも、予算的にも、もう二度と無ぇだろう。
今回が、最初で最後、唯一の機会だ。あんた達には済まねぇが、俺達に付き合って貰いたい……」
顔を見合わす、『赤き誓い』の面々。
「あの、私、まだ13歳なので……。正式なお付き合いのお申し込みは、まだちょっと……」
ぱしん、とレーナのチョップを喰らうマイル。そして……。
「それはいいんだけど、このあたり、竜種が住み着いていたりはしないよね? そして、数倍の強さになった竜種の群れが現れたりはしないよね?」
メーヴィスの質問に、蒼い顔をしてプルプルと首を横に振るドワーフ達であった。