264 ドワーフの村 5
「……で、マイルちゃん、パーティ予算はどれくらい潤いそう?」
にこやかな笑顔のポーリン。しかし……。
「え? これは、私が自由時間に仕入れて、自由時間に販売している、今回みんなで受注した依頼とは全く関係のない、個人的な活動……、ひいっ!」
にこやかな笑顔のポーリン。しかし、ほんの数秒前とは、纏っている雰囲気が180度変わっていた。
「……で、マイルちゃん、パーティ予算はどれくらい潤いそう?」
「あ、あわ、あわわ……」
ポーリンの全身から立ちのぼる邪悪なオーラに、蒼白になるマイル。
「……苦労してんなぁ、嬢ちゃんも……」
収納魔法が使えるマイルを羨ましそうに見ていた商人達も、気の毒そうな顔に変わっていた。
「ポーリン、それはちょっと……」
「前回のは、依頼人である商人の荷だったし、商隊、つまり人員と荷の護衛依頼だったから、マイルも最初から『依頼の一部』と考えてたでしょう? 今回は、ちょっと違うわよね。ポーリンも、分かってるんでしょ?」
「ぐぬぬ……」
メーヴィスとレーナに窘められ、悔しそうな顔のポーリン。
マイルは、ポーリンと違って別にお金に執着しているわけではないが、いくら仲間とはいえ、いや、仲間だからこそ、お金に関してはきちんとしておきたかったのである。お金が原因で壊れた友情の話など、どこにでもある。
お金は、銀行以外から借りてはいけない。そしてもっと大事なことは、お金は、銀行以外には貸したり預けたりしてはいけない、ということである。
また、たとえ脅されても、謂われのないお金は払わない。一度払えば、永久に食らい付かれる。
それは、前世において父親が、自分と妹に何度も言って聞かせてくれたことであり、たとえ生まれ変わった後であっても、その教えは守るつもりのマイルであった。
とにかくマイルは酒を売り続けた。いくら売っても在庫が無くならないらしきことに気付いたドワーフ達は、最初は他の者に遠慮して数本ずつしか買っていなかったが、どんどん追加購入し始めた。お金が足りなくなった者は、自宅に駆け戻っている。そして……。
「売ったああぁ~~!」
ようやく一段落して、背伸びするマイル。
その後ろで、ぎぎぎ、とハンカチを噛むポーリン。
結局、膨大な量のお酒は、お昼を待たずして完売した。その後、商人達の方も順調に売れている模様である。何しろ、何度も来ているのであるから、何がどれくらい売れるのかを完全に把握している。これで大量の売れ残りを出すようでは、商人失格である。
それに、この村は一応は自給自足を目指してはいるものの、どうしても他所からの購入が必要なものがある。そう、塩とか薬とか、そういう類いのものである。それらのものと、生きていくのに絶対に必要、というわけではないが、まぁ、そこそこ必要なもの。紙とか、石鹸とか、そういったものも、勿論売れる。あまり嵩張らず、破損の恐れが少ないものは、そう滅茶苦茶な高値になるわけではない。
そして、嗜好品。いわゆる、贅沢品、というやつである。調味料とか、高品質の布地とか……。
質のあまり良くない布や毛皮等は村でも作られているが、いくらコロコロしていても、やはり女性は大事な時、つまり祭りや結婚式、その他色々なイベントでは素敵な服で着飾りたいものなのである。……いわゆる、『勝負服』というやつであろう。
ここは山間の村であるから、往路は、登り道である。本当ならば、買い付け金を抱えた危険な状態である往路は、殆ど儲けにならない荷を積むよりは、馬車を軽くして、速度と安全性を重視したいらしい。しかし、村側からの要望もあり、そうもいかないらしいのであった。
さすがに、重くて悪路や逃走時に破損しやすい上に、必需品ではなく完全な贅沢品であり、なおかつあまり高くは売れないという酒類は勘弁して貰い、ごく少数の『機嫌取り用』しか運ばない。
一応、エールや安物の醸造酒は村でも造られており、酒を飲んで酔っ払う、というだけならば、商人達が高いリスクを冒してまで無理をする必要はないのである。
「え? 村のために往路も少し危険を冒して必需品を積むのは分かりますけど、商売なんですから、ちゃんと危険や労力、そして経費に見合った値段で売ればいいんじゃないですか? どうして碌に利益が出ないような価格で? 本当に必要な品なら、村の人達もそれに見合った価格で買うでしょう? それで買わないなら、それは『そんなに必要なものじゃない』ということであり、そんな品を利益無しで危険を増やしてまで運んであげる必要なんかないでしょう!」
野営の時に商人達からその話を聞いたポーリンは、そう言って憤慨していた。他人のことであっても、こと商売に関することであれば、納得できないこと、理不尽なことには沸点の低いポーリンである。
「商売には、色々と難しいことがあるんですよ……」
そう言う商人であったが、その眼は、少し不愉快そうであった。ポーリンにではなく、他のことに対しての……。
お酒を売り切ったマイルが売り場を撤収していると、村長のところへ行っていた商人のリーダーが戻ってきた。自分の店の商品は連れてきた手代に任せているので、リーダーはその間に各部との調整に廻っていたらしい。リーダーだけ従業員を連れてきているのは、そのためである。
しかし、そのリーダーの顔色が芳しくない。
「ちょっと早いが、食事にしよう。みんな、いったん店を閉めてくれ!」
閉めるといっても、露天である。会計台に、前もって用意してあったらしい『休憩中』の札を掛けるだけなので、数秒しかかからない。
村人達も、商人達が昼の食事休憩を取るのはいつものことであるし、どうしても欲しい物は既に買っている。後はゆっくりと物色するだけなので、急ぐわけでもない。皆も、それぞれの家へと戻っていった。田舎では1日2食の村も多いが、この村の者は肉体労働が多いため、1日3食らしい。
並んだ馬車を背にして、携行食を囓る商隊の一行。この村にいる間はマイルの収納にある食材は封印であり、村で買い付ける食材を使うのは、夕食からである。昼は、時間とお金の節約のため、簡単に済ませる。それくらいは、村の食材屋やその係累達も文句は言わないだろう。
そして、堅パンを囓りながら、商人のひとりがリーダーに小声で話を振った。
「……で、どんな悪い話で?」
互いに長い付き合いらしい商人達は、戻ってきた時のリーダーの雰囲気だけで、問題が発生したことを察したらしい。勿論、もうひとりの商人も、それが既に確定事項であるかのような顔をしている。
そもそも、まだ昼時には少し時間があるのに、戻ってすぐに皆を集めようとしたこと。馬車を背にして周囲が見渡せるような陣形、つまり話が他者に盗み聞きされるのを防ぐかのような座り方を指示したこと等から、皆には丸分かりだったらしい。
……勿論、皆、というのは、商人、『邪神の理想郷』、そして『炎の友情』の皆のことである。3人の雇われ御者、そして『赤き誓い』の4人は、全く気付いていなかった。
そしてリーダーもまた、小声で答えた。
「鉄製品が、約束の半分くらいしか用意されていないらしい。そして、合計価格はいつもと同じ、だそうだ」
「「「なっ!」」」
リーダーの店の手代を含めた、3人の商人が驚きの声を上げた。
無理もない。それは、買い取る商品の価格が2倍になったということである。そして商品の数が半分になるわけであるから、以前と同じ利益を確保するためには、商人達の利益分も2倍上乗せしなければならない。つまり、街での販売価格を丸々2倍にしなければならないということである。でないと、必要経費も賄えない。
……そんな話が通るわけがない。
季節や天候に大きく左右される生鮮食品でもないのに、同じ商品で、価格が前回の2倍。そんなものを買ってくれる客はいない。さすがに、鉄製品で、『時価』はないだろう。
皆、他のルートで仕入れられた他店の商品を買うか、値が戻るまで買い控えるかのどちらかに決まっている。
「……正気か……」
そう、そんな値段では、鉄製品だけでも赤字になる。ましてや、その利益を廻してサービスしている、往路で運んだ生活必需品の安売りなど、論外である。
つまり、次回はない。
この村への商隊の運行は、今回が最後となる。それも、今回の買い付けは無しで。
収入の道と共に、必需品を入手する方法も失った、経路上に盗賊や魔物が跋扈する村。
……終わりであった。
「で、でも、村の皆さんは、そんな素振りは全然無かったですよ?」
「「「「あいつらは、旨い酒が目の前にあれば、他の全てを忘れるからなぁ……」」」」
マイルの言葉は、商人達に一刀両断された。