263 ドワーフの村 4
「見えてきました! グレデマールの村です!」
4日目の朝、商隊の先頭であり、視点が高い位置にある1番馬車の御者が、後方の者達に向かってそう叫んだ。
先頭である1番馬車の御者は、商人ではなく、プロの雇われ御者である。先頭が一番技量を必要とし、大変な役目であるのは、どの業界でも同じである。
今回は、一度オーガに襲われただけで……、いや、一度で充分である。もし護衛がもう少し少なければ、もしくはCランクの下あたりのパーティが混じっていれば、護衛に死者や重傷者を出すどころか、商隊そのものが大被害を受けていた可能性もあったのである。
7体のオーガに襲われるというのは、決して『よくあること』ではなかった。
とにかく、今回は無事、グレデマールの村に到着できたのであった。
到着が朝方なのは、昨夜は村のすぐ近くで野営したからである。夕方に到着したのでは村に迷惑がかかるし、余計なお金がかかるだけだから、という商人達の判断でそうなったのであるが、なるべく町や村で宿泊したいというハンターの常識からは、少し違和感があった。
説明された理由は、納得できなくはないが、それならば村の隅の空き地とか、広場とかで野営させて貰えば済むのではないか。水を分けて貰えるだけでも、かなり快適さが違うのではないか。そう思う『赤き誓い』であるが、他の2パーティは、毎度のことなのか、疑問に思っているらしき様子はなかった。
「あれ、もうそんな時期だっけ。商隊の皆さん、ようこそ、グレデマールの村へ!」
村の少し手前で、10歳前後に見える女の子に出会った。
(おお、初ドワーフ! 少しころころとしていて、可愛い……、って、騙されちゃダメだ! 幼児体型の子供のように見えて、これで3人の子持ちのおばさんとかに違いない! 喋り方が大人びているから、間違いない!)
そう見破ったマイルが、少女のように見えるドワーフの女性に話し掛けた。
「あの、私達のパーティは、ここに来るのは初めてで……。よろしくお願いしますね。
……で、失礼ですが、何歳ですか?」
(((((あちゃ~……)))))
直球ド真ん中。いや、ボークか、ビーンボールである。あんまりなマイルの質問に、呆れ果てる面々。
「本当に、自分で言う通り、失礼な子だねぇ……。まぁいいか。
私ゃ、10歳だよ!」
「「「「「そのまんまかよ!!」」」」」
(ダブルトリック! 子供に見せかけて、実はおばさん。と思わせて、実は子供。
ドワーフ、恐ろしい子!)
マイル、まずは1敗であった。……何と戦っているのかは分からないが。
ドワーフの少女は、別に髭は生えていなかった。そしてそう極端なずんぐりむっくりの体型ではなく、このあたりのヒト族の女性としては10歳児の平均である144センチより少し低い身長に、やや丸みを帯びたというか、少しころころした体型なだけである。
どうやら、身長が頭打ちになるのが早いだけで、子供の時の成長はヒトとあまり変わらないらしい。エルフと同じパターンである。
もし、マイルの以前の推測通り、マイルの身体がヒト、エルフ、ドワーフのそれぞれの平均値を更に平均化したものであったなら、ドワーフの特徴の大部分が、高身長でスマートなエルフの体型と打ち消し合って、少し小柄なヒト種の女の子、という程度になったのは、幸運であった。互いにその特徴を増幅し合うこととなった、『胸』の部分を除いて……。
ドワーフの少女と別れ、商隊は村の中央部にある広場へと向かった。まずは、積んできた商品を売るのが先である。そして夕食は、村の者から買った新鮮な食材で料理を作り、食べる予定であった。昼は、時間がないので携行食。
山に突き当たって行き止まりの村に旅人が訪れることなど滅多にないため、宿屋などあるはずがない。そして、小さな食堂というか、飲み屋が1軒あるが、急な20人以上の客が普段の客に追加されて、捌けるわけがない。食事というものには、事前の仕入れや、仕込みというものが必要なのだから。
なので、自前で食事の支度をせざるを得ないのであった。
ならば、いつもの野営と同じく、マイルの収納の食材で、と考えた『赤き誓い』であるが、そこはそれ、『村にお金を落とす』というサービスも必要であり、今まで買っていた食材を今回は買わないとなれば、色々と差し障りがあるらしい。
そう大きくはない村なので、猟師や肉屋、食材店等は、鍛冶屋とか村長とか、そういう色々な者達と親戚であったり、友人同士であったりするのである。色々と、面倒臭い……。
そして商人達のリーダーが村長宅に挨拶に向かい、その間に、他の商人達が広場に馬車を並べて荷を降ろし、露天の売り場を作り上げた。
「あれ? マイルちゃん、何やってるの?」
何やら長机を出して、その上に瓶や壺を並べ始めたマイルを見て、ポーリンが不思議そうな顔をしてそう尋ねた。マイルの後ろには、少し大きめの瓶も置かれている。
「あ、ドワーフの皆さんに喜んで戴けるかと思って、お酒を仕入れてきたんですよ。ちょっと上等で、酒精の強いやつを……」
ざわっ
良い商品を一番に買おうと、商人達の設営を見守っていたドワーフ達の間にざわめきが広がった。
「上等な酒、だと……」
「わざわざ運んできたなら、安酒じゃあ意味がないだろう。期待していいのか?」
小柄でずんぐり、髭を生やした、いかにも『はい、物語に出てくるドワーフでござい!』といわんばかりの連中が、わらわらと寄ってきた。
「はい、勿論です! う~ん、少し試飲して戴いてもいいかな。でも、1本ずつしか出しませんよ。皆さんに提供すると、試飲だけで飲み尽くされてしまいますからね!」
マイルがそう言うと、違ぇねえ、と苦笑するドワーフ達。
そして公平さでは皆が信頼しているらしい8人の代表者が選抜され、試飲用に、ワイン3種類、蒸留酒5種類が1本ずつ、その代表者達に渡された。蒸留酒は、麦やトウモロコシから造られたウィスキータイプのものと、果実から造られたブランデータイプのもの。サトウキビや糖蜜は高価なので、ラム酒はあまり出回っていない。
代表者達は、各々それらの中から1本を受け取り、並んだドワーフ達に少しずつ注いで飲ませ始めた。勿論、本人が最初に飲んだ後で、である。カップは、使い回し。そんなことを気にする者はいない。
「「「「「「…………」」」」」」
香りを嗅ぎ、少し口に含み、舌で転がすようにして味わい、そして飲み込む。うっとりとしたような顔をして。
(……気持ち悪い)
マイルがそう思うのも、無理はない。髭面のおやじのうっとり顔は、確かに気持ち悪かった。
「くれ! 全部、1本ずつ!」
「俺は、ワイン以外を2本ずつだ!」
「こら待て! 他の者の試飲がまだ終わっていないのに、抜け駆けするな!」
「家に戻って、カネ持ってくる。3本ずつ、取っておいてくれ。いいな、全部売るなよ、絶対だぞ!!」
他の者に先に買われて売り切れては大変と、すぐに買おうとする者。手持ちが少なかったのか、慌てて家にお金を取りに戻る者。そして、それらの試飲済みの者の様子を見て、試飲を待たずに購入に走る者。
「大盛況ですなぁ……。まぁ、街で買うのの2倍の価格で買えるなら、無理もないですが……」
マイルの店の盛況振りに、呆れたような顔の商人達。
今は客がマイルの方に殺到しているが、日用品や塩、嗜好品なども買わないわけにはいかないだろうから、落ち着いたら自分達の方も売れる。なので、商人達は別に困っているわけではない。
ただ、呆れているだけである。『馬鹿げた容量の収納魔法』というものの、あまりの反則さに。そして、街での価格のたった2倍という、超安売りに。
往復と滞在日数を合わせて、8日間。15人の護衛と、7人の商人と御者。延べ176人日である。平均日当が、危険手当も含めて1日小金貨2枚として、352枚。日本円にして、352万円。
これに、馬車や馬の減価償却、商店としての必要経費や利益等を考えると、小金貨600枚は必要である。
そしてそれは、販売金額ではなく、『粗利』、つまり売り値から仕入れ値を引いた金額で、である。
また、魔物や盗賊に襲われて全てを失う場合に備えて、その分の余剰利益も出しておかねばならない。無事逃げ切れた場合でも、無茶な飛ばし方をして馬や馬車、そして商品の一部が駄目になることもある。
それを、生きていくための必需品でもないのに重くて破損しやすいという高リスク商品である酒が、たった2倍の価格。そんなこと、アレがない限り、絶対に不可能であった。
いくら、この商隊の稼ぎのメインは復路の鉄製品だとはいえ、そんな冒険を冒せるわけがない。
((((((馬鹿容量の、収納魔法……))))))
その、あまりの羨ましさ、そして自分達には絶対に手に入らないという高嶺の花に、ため息を漏らすしかない商人達であった。
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