262 ドワーフの村 3
盗賊は、往路によく現れる。
往路は、村で売るための嗜好品や日用品が積まれている上、仕入れのための現金がある。それに対して復路では、買い付けた金属製品が積まれており、それらの積み荷は、街道を外れて移動するため馬車は使わない盗賊達では運びづらいし、換金しようにも近傍で売ればすぐに足が付くし、たとえ盗品だと承知で買い取る者がいたとしても、思い切り買い叩かれて、ろくな稼ぎにはならない。
おまけに、仕入れのためのお金は無いし、往路に積んでいた商品を売ったお金さえも仕入れに廻し、現金はほぼ底をついた状態である。これで、復路を狙う者がいるはずがない。
そして魔物達ですら、少し知能のあるものは、往路、つまり低い方から高い方へ進む馬車の方が人間以外の食い物もあるからお得、と認識している始末である。
……そして、襲ってきた。お約束通りである。
ピィィィィ~~!
前方から聞こえる指笛の音に、全ての馬車が停止し、中央の馬車から、休憩番であったマイルとポーリンが飛び出した。そう、敵襲の合図である。先頭馬車と最後尾の馬車からも、他のパーティの休憩番であった者達が飛び出している。
そして護衛の者達が馬車から出て、全員に声が届くであろうタイミングで、今度は叫び声が聞こえた。
「敵襲! 前方、オーガ4!」
前方を守っているのは、『邪神の理想郷』の5人である。
Cランクハンターとしては実力派であるが、あくまでも『Cの真ん中より、少し上』程度である。5人にオーガ4体は、少し厳しかった。すぐに前方に駆け出す『赤き誓い』の4人。
それに対応して、最後尾の『炎の友情』の6人は、最後尾にふたりを残し、残り4人のうちのふたりが隊列中央部の左右に留まり、最後のふたりが応援のため先頭へと駆けていった。彼らはプロの護衛であり、全兵力を前方の敵へ振り向けて、無防備となった後方や側面からの奇襲を許すような馬鹿ではない。
そして、いくら相手がオーガ4体とはいえ、Cランクハンターが11人いれば、問題ない。そう思っていたら……。
「後方、オーガ3!」
最後尾に残った『炎の友情』のふたりから、焦ったような叫び声が。
どうやら、オーガのくせに、前後からの挟撃という作戦を使ったらしい。時間差で、こちらの戦力を前方に偏らせてから後方に姿を見せたのは、多分、意図してではなく、偶然そうなっただけだと思われる。
「炎、全員後ろへ!」
『邪神の理想郷』リーダー、ウォルフの指示で、中央と前方に来ていた『炎の友情』の4人が急いで後方に戻る。これで、前方が4体のオーガに9人、後方が3体のオーガに6人。一見、前後の戦力配分は妥当であるかに見えるが……。
「私も後ろに!」
「よし、行け!」
マイルの申告に、ウォルフが即座に許可を出した。マイルと同じく、人数とは別に、純然たる戦力としては後方チームが手薄だと判断したのであろう。そしてマイルが即座に後方へと向かった。そして、前後、ほぼ同時に戦闘が開始された。
「フレア!」
魔術師が、接近戦が始まるまで待っているわけがない。呪文詠唱は、駆け寄る時に済ませている。そして敵味方入り交じっての混戦となる前に、ポーリンが全体攻撃魔法の『フレア』を放った。
炎が敵全体を包み込むが、攻撃範囲が広い代わりに威力が落ちる全体攻撃魔法では、頑健なオーガを倒すまでには至らない。
しかしそれは、最初から織り込み済みである。倒さなくても、オーガの突進の勢いを削ぎ、ダメージを与えられれば、それでいい。別に、戦力はポーリンだけではないのだから。
そして……。
「炎爆!」
どぉん!
爆炎と共に、1体のオーガが沈んだ。レーナの攻撃魔法である。
狙っていたオーガが沈んだため、メーヴィスはその隣、ウォルフが狙っている獲物に正対した。あとの2体には、『邪神の理想郷』の残り4人が、ふたりずつ正対している。
足が止まったオーガ。ふたり対1体が3組。
Cランク下位のハンターであればかなり危険な状況であるが、彼らにとっては大したことではない。そして勿論、レーナとポーリンは次の魔法詠唱を行っているが、それは万一に備えてホールドしておき、後は前衛職の剣士達に任せるつもりであった。あまり手柄を独り占めするのは、良くないので。
一方、後方では、中央部にいたふたりしか応援が間に合わず、4人対3体で戦いが開始されていた。
『邪神の理想郷』より少し実力が劣る『炎の友情』が、メンバーの3分の1を欠いた状態で3体のオーガを相手にするのは、かなり危険、というか、怪我人を出さずに済む状況ではなかった。それが分かっているため、必死で走る残りのふたりであるが、どうも間に合いそうになかった。
仲間が、せめて後遺症なく回復できる程度の怪我で済むようにと祈りながら走る『炎の友情』のふたりの横を、ひゅん、と何かが駆け抜けた。そして、馬車や商人達を護ろうと必死で剣を振りオーガを塞き止める4人の後ろで大きく跳躍し、くるくると回転しながら4人を、そして3体のオーガを飛び越して、オーガの後方に着地した、ひとりの小柄な少女。
そして剣を抜き放ち、反応が遅れたオーガを後方から斬りつけた。
オーガの前後を挟んだ形での、5対2。そして、すぐに7対2になっては、最早オーガに勝ち目はなかった。その後すぐに、全てのオーガが地に沈んだ。
『炎の友情』は、マイルが駆け付ける前にかなり危ない状態に陥っていたらしく、ひとりが左腕に裂傷、他のひとりが脇腹に打撲を受け、骨折には至らなかったものの、ヒビくらいははいっているのではないかと思われた。
マイルがすぐに治癒魔法を掛けてやることもできたが、一応、『赤き誓い』では治癒魔法はポーリンの担当ということになっている。別に急ぐわけでもないので、ここは、ポーリンの出番を奪ってはいけないと考えるマイル。
そう、マイルも、少しは『他者に対する配慮』とか、『空気を読む』とかいうことを覚えつつあったのだ。ほんの少しずつ……。
後方での戦いが終わった時には、前方での戦いはとっくに終わっていた。レーナが1体減らして3体となり、しかもポーリンの魔法で弱り、ペースを乱されたオーガなど、メーヴィスを含む6人の前衛達を相手にしてはひとたまりもなかった。
* *
護衛、商人、そして御者達も含め、全員が中央の馬車の側に集まっていた。異状の有無の確認と、以後の打ち合わせのためである。
「では、負傷者は『炎の友情』のおふたりだけですね。治癒魔法を掛けますから、力を抜いて、楽な気分で……」
そして、ポーリンの治癒魔法によって痕も残らず綺麗に治った腕を見て、驚く商人と御者達。
脇腹の打撲の方は、見た目では分からないため、驚かれることはなかった。本当は、派手に見える外傷より、骨や潰れた筋組織、破裂した血管等を完全に修復する方が、この世界の普通の治癒魔術師達にとっては難易度が高いのであるが。
……眼に見えない部分は、イメージしづらい。特に、人体の仕組みを知らない者達にとっては。しかし、マイルによりそれを教えられたポーリンにとっては、それはそう難しいことではない。そういうことである。
「一応、オーガは持っていきましょう。この辺りは常時依頼の駆逐対象区域外ですし、肉も、飢饉ででもない限り食べたいとは思えないですけど、皮や牙は防具の一部に使われることがあるそうですから、もしかするとドワーフの皆さんが買ってくれるかも知れません」
「ああ、それに、街道に出るオーガを討伐したとなりゃ、村の連中にとっちゃあありがたいだろうし、俺達の腕の証明にもなる。途中で盗賊や魔物に襲われて、せっかくの作品がごろつきやヒト形の魔物共の手に渡ったりする心配がないと分かれば、自信作を出し惜しみされる心配がなくなるからな」
そう言って、マイルの言葉に賛成してくれるウォルフ達。
「え? しかし、荷馬車は満杯……、ああ、収納魔法ですね……」
あの、デカいテントを『いちいち分解・組み立てするのが面倒だから』というだけの理由で、組み立てたままの状態、つまり中身がほぼ空間のみなのに膨大な体積に無駄に魔力を使う状態で収納しているのだから、まだまだ容量には充分な余裕があるはず。それくらいのことが推察できない者は、店持ちの商人になれるはずがなかった。
その収納魔法が、もし自分にも使えたら。もしくは、この少女を従業員として雇えたら。いやいや、自分の妻に。妾に。愛人に……。
そう思うと、決して叶わぬ夢と分かってはいても、色々な薔薇色の未来が次々と脳裏に浮かぶ、商人達。
夢を見るのは、自由である。誰に文句を言われる筋合いもない。
その視線に込められた膨大な熱量に、マイルが少々背筋がぞわぞわする感覚に襲われるだけのことであった……。