261 ドワーフの村 2
初日は、何事もなく終了した。まだ街が近いので、盗賊や魔物が跋扈している地域ではない。
「では、ここで野営致しましょう」
商人達は何度もこの道を往復しているので、休憩や野営をする場所は、毎回決まっているらしい。天候や馬車の故障、襲撃その他で大幅に予定が狂わない限りは。
そして、街道から逸れて、馬車で囲んだ空間を作る。夜間に襲われた場合に備えて、馬車を盾にするのである。暗闇で馬車を走らせるのはあまりにも無謀であるし、商品を満載した馬車で盗賊や魔物から逃げ切れるわけもない。馬車を捨てて馬に乗って、というのも、商人には難しいであろう。
結局、撃退するか、降伏するかしかない。
しかし、降伏は、相手が盗賊であった場合のみの話である。
相手が魔物であった場合には。
……その時は、自分達が雇った護衛の力を信じるしかない。
「あの、ちょっとここを離れていいですか?」
いつものように、マイルが商人達に了承を得るべく、そう頼んだ。
お花摘み程度であれば、いちいちそんな了承を得る必要はない。なので、少し遠くへ離れるつもりであるらしいが、こんな場所でそう遠くへ行くわけもなく、大した問題ではない。なので商人は快く許可を出したが、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の皆の眼は、期待に輝いていた。
そしてマイルが出発した後、レーナが商人達に告げた。
「私達、夕食は用意して戴かなくて結構よ」
え、という顔の商人達に、残りの2パーティのハンター達も、次々と口を揃えた。
「俺も」
「俺もだ」
「俺達も……」
「「「えええええ!」」」
夕食抜きで、どうするのか。
驚きながらも、言われたとおり、自分達の分だけの夕食の準備を始める商人達であった。
そして、しばらく経って。
「戻りました~」
戻ってきたマイルは、手ぶらであった。しかしその表情から、ハンター達はがっかりしたりはしていない。
「じゃ、出しますね」
案の定、収納から獲物を取り出すマイル。
鹿。
柿のような果実。
そして、お馴染み、水樽。中身は果汁水で、隣に置いたボウルには魔法で造った氷が。
それを見て、懐からごそごそと巾着袋を取り出すハンター達。
「あ、雇われている勤務時間内に狩ってきたものは、お金を取るわけにはいきませんから。お代を戴くのは、事前に買った果物で仕込んでおいた果汁水と、タレや塩、香辛料等の調味料だけです。
果汁水は1杯小銀貨2枚、調味料は大サービス、何と小銀貨5枚で、使い放題!」
さすがに、8日間のうち、村に滞在する2日を除いた6日間、ずっと大量の小銀貨を払い続けるのは、ちょっとアレである。前回に引き続き、『赤き誓い』のために嵌められたのに、それはあまりにも不憫である。なので、特別サービスをすることにしたマイル達であった。
「おお、マジか!」
「た、確かに、納得できる説明だ。じゃ、すまんが、お言葉に甘えるぞ!」
いや、中堅ハンターである彼らには、それくらいのお金が無いわけではない。大した金額でもない。しかし、ステーキ1枚を受け取るごとに小銀貨を渡すのが、なぜか敗北感というか、してやられたというか、悔しい思いが湧き上がってしまうのである。美味しいけど! 嬉しいけど! 感謝しているけど!!
それが、飲み物と調味料以外は無料、しかも調味料は使い放題だというならば、是非もない。
(喰ってやる。思い切り、喰ってやるううぅ!)
ハンター達は、完全に開き直っていた。
そして、慣れた手つきでてきぱきとマイルが出したかまどの準備をするレーナと、マイルが狩りに出ている間に探しておいた枯れ木を一瞬の内に薪に変えて、続いて鹿の解体にかかるメーヴィス。それを手伝い、適当な大きさに肉を切り分けるポーリン。
マイルは、収納から食器やら調味料やらタレやらを取り出して、最初に出しておいたテーブルの上へ並べてゆく。
そして、それらを呆然と眺める、商人と雇われ御者達。
「「「「「「「…………」」」」」」」
「し、収納……、ですかな……」
商人のひとりが、自信の無さそうな声で、マイルにそう尋ねた。
いや、見た通り、収納以外の何だと言うのだ、という話であるが、その商人の態度も無理はない程の、マイルの収納魔法の容量であった。
鹿。子鹿ではなく、大型の成獣である。そしてテーブル、椅子、かまど、調理器具や食器、水樽、その他諸々。そして止めに、マイル達の後方にある、組み立てて色々と補強されたままの、大型テント。
『赤き誓い』は攻撃魔法、治癒魔法が使え、魔法による水も提供できるとのみ聞いていた商人達は、『赤き誓い』の各々が身に着けた装備から、魔術師はふたりだと思っていた。そして、前衛の剣士がふたりだと。
3パーティ共、互いの戦い方は前回の共同任務で知っているため、互いの特技や戦い方を教え合う必要がなかった。そのため、商人達はそれを知る機会がなかったのである。そして戦闘能力には関係ないため、マイルは収納のことをわざわざ商人達に説明したりはしていなかった。
「あ、はい。色々と便利でして……」
それは、便利であろう。出来得るものならば、その美味しそうな首筋に噛みついて、ちゅうちゅうとその能力を吸い取ってやりたい! その思いが抑えきれない、商人達であった……。
「さ、皆さんもどうぞ!」
マイルに勧められ、焼け始めた鹿肉と、ポーリンがかまどで作っている、『スープの素をお湯で溶いたやつ』ではない具沢山の本物のスープを見て、そして後ろを振り返り、携帯食である堅パンと干し肉を載せた自分達の簡易テーブルを見た商人と御者達。
そして、皆の声が揃った。
「「「「「頂きます!」」」」」
その後、商人達によるマイルの勧誘合戦を何とか躱し、逆にマイルが、商隊が運んでいる荷について色々と聞き出した。
マイルが予想し、街である程度の聞き取り調査をしていた情報の通り、どうやら輸送面でデメリットの多い酒類は商品としては運んでいないらしく、村長や腕の良い鍛冶師の機嫌を取るための贈り物用のが少し積んであるだけらしい。
(よし、ビンゴ!)
機嫌取り用の品に選ばれるということは、村では酒、それも高級酒の価値が高いということだ。そして、村にはそれに匹敵するものがない。あとは、問題は売り値をどうするか、だけであった。
「あの、贈り物のお酒って、いくらくらいのものなんですか?」
分からないことは、専門家に聞けばいい。
「ああ、1本銀貨3枚くらいのワインと、銀貨8枚くらいの蒸留酒ですよ。さすがに、あまり高いものは……。あそこではワインは造れないので、ワインは少し安めでもいいんですが、蒸留酒の方は、少しいいのでないと」
(うむうむ、私と同じ判断だ。そして、無料で贈るわけではない私は、それより高いやつを用意している。その方が利幅がいいんだから、当然だ……)
マイルは、商利を、いや、勝利を確信した。