260 ドワーフの村 1
「とりあえず、こんなものかな……」
護衛依頼を受けた日の夜、ギルド支部から『出発日は2日後に決まった』との連絡があり、翌日、休養兼旅の準備のため各個に別行動となった『赤き誓い』の面々は、それぞれ街に出ていた。いくら食料はマイルがたっぷり持っているからとはいえ、嗜好品とか暇潰しのための読み物とか替えの下着とか、7泊8日の旅ともなれば、それなりに準備が必要なのである。
普通は、旅でボロボロになるため高価な本を持っていくような者はいないし、余計な荷物になる贅沢品を持参する者もいない。しかし、『赤き誓い』には、マイルが、そして大容量の収納魔法がある。それをアテにして、輸送や保管のことは全く気にせず買い物をするレーナ達3人。
……駄目であった。以前の、『マイル抜きでも大丈夫なように、努力する』との誓いは、何だったのか。……駄目駄目である。
そしてマイルは、ポーリンを見習って、少し商売をやってみようと考えていた。そのために考えたのが、これである。
「嬢ちゃん、そんなに買って、本当に大丈夫なのかい? どれも酒精が強いお酒ばかりだよ?
それに、ひとりで運べる量じゃあ……」
そう、ドワーフといえば、お酒!
前世での読書による知識でそう思ったマイルは、街の酒屋を廻って、強いお酒を仕入れていたのである。勿論、事前にドワーフの村へ行ったことのある者に聞いて、ドワーフの村でもお酒は造っているものの、それはこの街で売っているお酒のうち高価な部類のものには及ばないこと、ドワーフは強い酒が好きな者が多いことは、調査済みである。
いや、ドワーフに限らず、娯楽が少なく旨い飲食物も少ないこういう世界では、酒好きが多くても不思議ではない。事実、普通のヒト種である人間であっても、この世界では大酒飲みが現代日本よりずっと多い。
しかし、それは『ドワーフに酒好きが多い』という事実を変えるものではないので、まぁ、マイルの考えは間違ってはいなかった。
「大丈夫ですよ。……収納!」
そして、一瞬のうちに姿を消した、買ったばかりの酒樽や酒壺。
「……収納持ちか! 羨ましい……」
一瞬驚いた後、心底羨ましそうな顔をする、酒屋のおやじ。
重く、嵩張り、輸送中に割れたり中身が漏れたりする可能性がある、酒樽や酒壺。
普通の商人でも羨ましがる収納持ちであるが、酒屋にとっては、安全確実に輸送する手段があるということは、本当に羨ましいであろう。今回のマイルの目当ても、そこを利用したものなのである。
経路が、あまり整備されていない山道。しかも、魔物や盗賊が多い。
そんなルートを進むのに、重くて、壊れやすい容器にはいった酒を大量に運ぼうとするであろうか。生活必需品でもなく、質が悪いとはいえ行き先の村でも一応は現地生産されている、酒を。
そして売り値は、輸送にかかる手間や日数、護衛の費用等を加算すれば、かなり高くなる。
なので、酒を商品として運ぶ商人は少ない。マイルは、そう判断したのであった。
そして、出発の日。
商業ギルド前の広場に、かなり早めに着いた『赤き誓い』の面々。
他にも護衛の仕事を受けたパーティがいるし、雇用主を待たせるわけにもいかない。下っ端の新米Cランクハンターとしては、一番最初に集合場所に着いておくのは、ごく当たり前のことであった。そしてしばらく待っていると……。
「お、お前達……」
「この依頼を一緒に受けた、もうひとつのパーティ、って……」
やってきたのは、お馴染みの、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の2パーティであった。
「リュテシーの奴、わざわざうちのパーティホームまでやってきて、『商隊が、護衛が集まらず出発が遅れて困っているから』とか言うから、仕方なく引き受けてやったら……」
「うちにも来た……」
それぞれのリーダー、ウォルフとベガスがそういって愚痴る。
((((あちゃ~……))))
あの受付嬢が、厚意でそうしてくれたということは、よく分かっている。
しかし、ありがた迷惑。そして巻き込まれたこのふたつのパーティにとっては、『ありがた』の文字が抜けた、ただの『迷惑』に過ぎないであろう。
「「「「すみません……」」」」
自分達には全く責任がないものの、頭を下げて謝らずにはいられなかった4人であった。
「……いや、まぁ、お前達のせいじゃないのは分かってるから、気にすんな。逆に、悪ぃな、気ぃ使わせることになっちまって……」
そう言うウォルフであるが、『赤き誓い』にとっても、実力者揃いで、『赤き誓い』におかしなちょっかいを掛けてくることがなく、誠実そうなこの2パーティとならば、安心できる。悪い話ではなかった。
「では、引き続き、今回もよろしくお願いします!」
メーヴィスの挨拶に、大きく頷く2パーティの面々であった。
* *
その後、やってきた商人や御者達と顔合わせをし、商隊はすぐに出発した。明るい間しか進めないので、話は休憩時間か夜にすればいい。移動に使える時間を無駄にするのは、愚者の行いである。
商人達は、初めて見る『赤き誓い』に、その年齢と女性ばかりという人員構成から少し不安そうな顔をしていたが、それを察したウォルフとベガスが太鼓判を押したことにより、この2パーティとは顔馴染みである商人達も安心した模様であった。
それに、攻撃魔法、治癒魔法が使え、魔法による水も提供できる、というのは、かなりありがたい。それは、万一の時の生存確率が大幅に上がることを意味しているのだから。
水も、商品の搭載量を削って大量の予備の水を積むような商人はおらず、見積もった最低必要量に、ほんの少し余裕を見た量を積んでいるに過ぎないのである。山岳部での水の補給は難しく、そして馬は大量の水を必要とする。なので、万一の場合には、水の有無が生死を分ける。
そして、地方都市と村とを往復するだけの商隊としてはかなり大規模ではあるが、世間一般から見ると小規模商隊に過ぎない、7台の馬車と15人の護衛を擁した、通常よりやや護衛の人数が多めの商隊は、山岳部を目指して進み続けた。
先頭馬車には、『邪神の理想郷』。最後尾の馬車には、『炎の友情』。そして中央の馬車に、『赤き誓い』。壁役が前後を固め、魔術師と機動力がありそうな軽戦士が中央で、側面からの攻撃に備えると共に、前後どちらへでも迅速に支援に向かえる。誰もが考えそうな布陣であり、それはつまり、誰もが納得し得る論理的な配置であるということであった。
それぞれのパーティは、半数が馬車に乗り、残り半数は徒歩で移動する。護衛の存在を示して盗賊や知能のある魔物の襲撃を防ぐ意味と、全員を乗せると商品の搭載スペースが減るという、ふたつの理由によるものである。
商品を満載した荷馬車の速度は、乗合馬車よりかなり遅い。その重さと、商品の破損を防ぐために。なので、普通の速度で歩くハンターであれば、随伴して歩くことに何の支障もなかった。乗車組と適宜交代するので、尚更である。
* *
「皆さ~ん、そろそろ大休止、昼食にしますよ~!」
7台の荷馬車によるこの商隊の運用リーダーである商人が、馬を驚かさない程度の声で、前後の馬車に叫んだ。この商隊に参加している3人の商人達の纏め役であり、中央の馬車の御者を務めている。
この商人曰く、『自分が居るのに、わざわざ御者を雇うなど、経費の無駄遣い! 愚の骨頂!!商人たるもの、自分で御者ができなくて何とする! それに、いくら今羽振りが良くとも、落ちぶれたときに備え、荷馬車1台での行商に備えておかずして、何とする! 荷馬車を自分で動かせなければ、僅かな荷を背負っての、歩き行商しかできなくなるのだぞ!』とのことである。
そういう商人と一緒に組むだけあってか、他のふたりの商人も、自分で手綱を握っている。なので、雇われ御者は3人だけであり、残りのひとりは、リーダーの店の手代であった。
ちなみに、商隊の行動自体は運用リーダーである雇い主側が決定するが、盗賊や魔物との戦闘や、降伏、逃走については、護衛リーダーであるウォルフの判断による。荷物の投棄については運用リーダーの判断によるが、護衛リーダーによる投棄の勧めを拒否した場合、護衛リーダーの取り得る選択肢から『逃走』が消え、『降伏』になるだけである。
その場合、ハンターは手持ちの金や武器を奪われるくらいで済むが、商人は捕虜として身代金を要求される可能性がある。
降伏した者が殺されるということは、殆どない。そんなことをすれば、以後、この地域で盗賊に降伏する者は皆無となり、盗賊側に余計な被害が増えるだけである。そして早期に大規模な討伐隊が組まれることとなり、互いに、メリットは全くない。
まだ街からそう離れていないため、街道も、そう荒れてはいない。その街道から少し逸れ、空き地に馬車を駐めて、簡単な昼食の準備をする商人達。
この依頼では、移動中の食事や飲料水は雇い主側が提供することになっている。ハンター達がそれぞれ食料や水を用意し背負って歩くのも大変であるし、各自で食事の準備をするのも、また大変である。なので、余程条件の悪い契約か零細商人に雇われたのでない限り、それが普通である。
但し、お馴染みの定番携行食、堅パン、干し肉の欠片、乾燥屑野菜入りスープの素をお湯で溶いたやつ、という『3種の神器』に、もし乾燥フルーツでも付けば大盤振る舞い、という代物であるが。
そして商人と御者達が一緒に湯を沸かすべく簡易かまどを組み立てているのを尻目に、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の面々は、期待に満ちた眼でマイル達を見つめていた。
「あ~、最初は、商人さん達が出してくれたものを戴きましょうよ。せっかく準備してくれているんですから。夕食は、何か用意しますから」
そして、マイルの言葉に、がっくりと肩を落とすのであった……。