259 辺境の都市 9
「今回は、世話になったな。では、また、機会があれば!」
「はい、また、よろしくお願いします。お世話になりました!」
『邪神の理想郷』のリーダー、ウォルフに、『赤き誓い』を代表してメーヴィスがそう答え、パーティホームに戻る彼らと別れた。ベテランだけあって、宿屋ではなく、ちゃんとした拠点を持っているらしい。……『拠点』とはいっても、ただの共同生活のための借家であろうが。
既に依頼完了の手続きは終え、報酬も受け取っている。
『邪神の理想郷』と『炎の友情』の面々は、さすがに他のハンター達の奢りで飲むのは精神的に辛いのか、今日は疲れているから、という理由で、さっさと引き揚げることにしたらしい。
そして、『赤き誓い』の面々は……。
「御無事で、何よりです。以後は、もう少し実力に見合った依頼を受けて戴きますよう……」
受付嬢のリュテシーに、そう釘を刺されてしまった。
どうやら、リュテシーは『赤き誓い』が無事だったのは『邪神の理想郷』と『炎の友情』のおかげであり、ひいては彼らに『赤き誓い』のことを教えてお人好しの両パーティが参加するように仕向けた自分のおかげだと思い、『コイツらは、私が救った!』と考えているらしかった。
さすがに領軍の小隊長も、ひとつのパーティだけを名指しで褒めるわけにもいかず、ハンターパーティ全体を褒めたらしい。それに、兵士も当然『ハンターの禁忌』くらいは知っているので、『赤き誓い』の実際の行動を具体的に挙げて褒めることもできなかったのであろう。なので、その称賛の言葉はベテラン達の2パーティに対するものだと思われて当然であった。
「「「「あ、あはは……」」」」
そして、それらのことが容易に推察できるため、苦笑するしかない『赤き誓い』の面々であった。
* *
「じゃ、2~3日、のんびりするわよ」
レーナの言葉に、こくりと頷く3人。
地方都市であれば、4人の宿代と食事代で、1日当たり小金貨3枚もあれば充分である。それを、商売込みで金貨7~8枚稼いだのであるから、数日間の休養を取るのが当たり前である。いくら怪我もなく疲れてもいないからといっても、ここで休まず連続で依頼を受けるような者は、長生きできない。
それに、人生を楽しみ幸せに生きるために命を危険に晒して働いているというのに、怪我をするか死ぬまで休まずに働き詰めにしてどうするというのか。いくら早期の昇格を狙っているとはいえ、そこまで焦っては、怪我や依頼失敗で、却って遠回りになってしまう。
また、マイル達は、宿に泊まらない限り、お金を殆ど使わない。
武器に消耗品が必要である弓士や投げナイフ使いはいないし、治癒魔法のエキスパートがふたりもいるため、医薬品や包帯等も使わない。食事は狩りや採取による肉や野菜、山菜等がマイルの収納魔法にたっぷりあり、更に今は魚の在庫もかなりある。『蓄えたお金は、何か特別な事情がない限り、無駄に食い潰さない』という方針の『赤き誓い』であるが、彼女達が稼ぎ以上のお金を使うことは、まずあり得なかった。
そして、まだ碌に見物していなかったこの街をのんびりと見物し、名物料理を食べ、レニーちゃんへのお土産を買う4人であった。
普通、お土産は荷物になるので帰る直前に買うものであるが、収納魔法と、収納魔法に偽装したアイテムボックス擬きがあるマイルには関係ない。買いたい物を見つけた時に買えばいい。 ……あまりにも便利であった。超大容量の収納魔法と、アイテムボックス擬きは……。
* *
そして4日後。
マーレイン王国の地方都市、マファンのハンターギルド支部に、『赤き誓い』の4人の少女達の姿があった。
「う~ん、あんまり面白いのが無いわよねぇ……」
レーナがそう呟くが、当たり前である。
地方都市に、そうそう『新米ハンターがわくわくするような、面白そうで報酬が高い依頼』が転がっているわけがない。もしあったとしても、依頼ボードに張り出された瞬間に、奪い合いになるだろう。
そう、世の中、そうそう甘くはなかった。
「……仕方ない。常時依頼か護衛依頼でも受けようか? 常時依頼ならこのあたりの魔物や素材の分布が勉強できるし、護衛依頼なら地理の慣熟や、依頼を受けた他のパーティとの親睦を図れるし、彼らから色々とこのあたりの話が聞けるだろう。どちらにしても、報酬が稼げるしね」
メーヴィスの言葉に、早くハンターランクを昇格させたいレーナ、商会設立の夢を叶えるためにお金を貯めたいポーリン、そして毎日楽しく暮らせればいいマイルの3人は、うんうんと頷いた。
「……グレデマールまでの往復の護衛依頼?」
レーナが見つけたのは、聞き慣れない名前の場所への護衛依頼であった。
全く聞いた覚えがないということは、自分達がやってきた方向ではないのだろう。そして往復の護衛依頼であれば、帰りの護衛依頼が出るまで時間を無駄にすることもない。商隊もとんぼ返りというわけではないだろうから、見知らぬ町を見物する時間くらいはあるだろう。
問題は、そのグレデマールとやらが、ここからどれくらい離れた町なのか、ということであった。
困った時は、受付で聞く。
早速、顔馴染みになった受付嬢、リュテシーの窓口へと向かった『赤き誓い』の面々。
「あの、この『グレデマールまでの往復の護衛依頼』なんですけど……」
「ええっ!」
何やら、驚いた顔の受付嬢、リュテシー。
「また、あなた達は、そんな依頼ばっかり……」
「「「「え?」」」」
そう言われても、意味が分からない。今度は、『赤き誓い』が驚きの声を漏らす番であった。
護衛依頼は、Cランクハンターであれば、誰でも普通に受注する。たとえDランクから昇格したばかりの者であっても。
なので、修行の旅に出ようと考えるくらいのCランクハンターであれば、受けて当然。
というか、自分達の移動方向に合った護衛依頼を積極的に探して、定数を満たして募集締め切り済みであっても、値引きしてでも何とかねじ込みたい、というくらいである。
当たり前である。銅貨1枚にもならず、荷物を担いで徒歩で移動。馬車に乗れて、報酬付き。護衛依頼の受注無しで修行の旅をするハンターなど、いるはずがない。なのに、なぜそんなことを言われなければならないのか。
「……ああ、あなた方は、このあたりのことは御存じなかったのですよね。失礼致しました……。
グレデマールは、ここから片道3日。むこうでの滞在が2日で、合計、7泊8日になります。村自体は、安全で穏やかな、良いところなのですが……」
町ではなく、村なんだ、と、少し驚く4人。小さな村程度なのに、行商人ではなく、ちゃんとした商隊が出るというのは、ちょっと珍しい。余程の理由がない限りは。
「その経路は、少し険しい山道が続き、魔物が多く、そして盗賊が出ます」
「「「「やった!!」」」」
「……え?」
普通、盗賊が出ると聞いて、喜ぶ護衛はいない。
受付嬢のリュテシーと『赤き誓い』、「え?」と「ええっ!」の応酬である。話がなかなか進まない。
「とにかく、ドワーフの村であるグレデマールへは、日用品の販売、そして金属加工製品の買い取りのために定期的に商隊が往復しますけれど、他のルートに較べ危険が大きいため、あまり人気がありません。割増し金も僅かですからね。ベテランパーティが、半ばボランティアで引き受ける、というのが実情です」
「なら、私達が受けるのにふさわしい依頼ね!」
「え……」
レーナの返事に、またまた「え」と返してしまった受付嬢。
「だって、私達、ボランティア精神旺盛ですものね!」
にっこりとして言葉を続けたポーリンに、受付嬢は全てを諦めて、もう、どうでもよくなった。
「はいはい、受け付ければいいんですよね、受け付ければ……」
そしてマイルは、わなわなと身体を震わせていた。
(ドワーフ……。ドワーフ! やった、ドワーフに会えるうぅ!!)
そう、エルフ、獣人、妖精、魔族、古竜と、様々な種族に会ったマイルであるが、ドワーフにだけは、まだ会ったことがなかったのである。多分、探せば王都にも何人かはいたと思われるが、そうそう偶然に出会えるものでもない。殆どの時間は、自宅か職場にいるのだろうから。
「やった、遂にフルコンプリートだ!」
「「「「フルコンプリート?」」」」
マイルが何を言っているのか分からず、ぽかんとする『赤き誓い』の3人と、受付嬢であった……。