258 辺境の都市 8
ようやく、森の外縁部へ到達した隣国の国軍兵士、半個中隊。そしてその前には、ここに残しておいた、残りの半個中隊の姿が。……そう、ボロボロになった、その姿があった。
「……報告を」
悲痛な顔で、残した2個小隊の指揮を任せた第3小隊長に命じる中隊長。
「はっ、1日半前に、森から魔物が出始めました。散発的ではあるものの、次第にその数が増え、時にはある程度纏まって出てくる時もあり、概ね対処できたものの、兵の疲労が激しく、致命傷はないものの負傷者が次第に増加。領軍に援助を要請し、ハンター達に緊急依頼を出すことにより、農民達の被害は皆無。
領軍とハンターギルドに独断で援助を要請し、国軍の名を貶め経費の無駄遣いをした責は、全て私にあります。何卒、他の者には累が及びませぬよう、御配慮を戴きたく……」
中隊長は、第3小隊長の頭をポンと叩いた。
「馬鹿野郎、それは、俺の役割だ。
……御苦労だった、すぐに最寄りの街へ立ち寄り、治癒魔術師を何人か雇うぞ。魔力が切れるまで、貸し切りだ。カネなんか惜しんでいられるかよ。とにかく、早く王都へ戻らにゃならん。国を滅ぼしたくなければな……」
「え……」
彼らの苦難は、まだ、これからであった。
* *
「今回は、御苦労であった。ひとりの死者も重傷者も、……あ~、結果的には軽傷者すら出さず、任務を完璧に遂行できたことは、非常に喜ばしいことである。
特に、ハンター諸君の活躍は、我々も見習うに値する見事なものであった。深く感謝すると共に、次回もまた共に戦ってくれることを期待するものである。
では、これにて特別編成を解く。解散!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
全員が、無事、戻ってくることができた。
過去に例のない快挙に、兵士達から歓声が沸き起こった。
ハンター達は、それには加わっていない。自分の意志に関係なく死地に向かわざるを得ない兵士達と違って、ハンターのそれは、あくまでも自分の自由意志によるものなのである。なので、無事に戻ってこられて当然。己の技量に鑑みて、無事にこなせる仕事を選んだのだから。
なので、平然としたポーズを崩さない。本当は、かなり嬉しくとも。
「すまんな。本当は割増し金を払ってやりたいところだが、私にはその権限が無くてな……。
ポケットマネーで出そうにも、お前達に今回の仕事の特別手当を巻き上げられた部下達に、奢りで飲ませてやらねばならん。40人分だ、金貨の3~4枚は飛びそうでな。あいつら、遠慮というものを知らんからな……。
だから、すまん! 今回のハンター達の活躍は、きちんと報告しておく。うまくいけば、次回から依頼料が少し上げられるかも知れん。それで勘弁してくれ!」
そう言って片手拝みする小隊長に、苦笑いの『赤き誓い』の面々。そして、それに対して、マイルがひと言。
「……次回、ありますかねぇ……」
それに続いて。
「ないわね」
「ないだろうね」
「ありませんよねぇ……」
レーナ、メーヴィス、そしてポーリンの言葉が。
あの短時間の追撃で、何ができたとも思えない。
すぐに自分達に追いついたことから考えて、そう深追いしたとも思えず、移動する魔物の最後尾に追いつけたとも思えない。それで、何の効果が得られるというのか。
しかし、何かをやったというポーズだけで追加料金を要求、というわけでもなく、意図が全く分からない。
まぁ、そんなこととは関係なく、輸送に、飲料と食料の提供に、戦闘に、そして怪我の治癒にと、十二分な働きをしてくれたことには変わりない。他の2パーティも、『赤き誓い』には劣るものの、今までのハンター達より遥かに腕が良く、兵士達を大きく上回る働きをしてくれた。
今回のハンター達は、全員が『当たり』であり、それが兵士の、いや、チーム全体の損耗ゼロという結果に繋がった。小隊長は、それをよく自覚していた。そして、同じメンバーが参加してくれない限り、次回も同じ結果が得られるわけではないということも。
「ハンターの者達には、向こうに軽い食事と飲み物を用意してある。少し腹に入れてからギルドに行ってくれ。それまでに、依頼達成の報告を入れておく。
移動中も野営時も、あまり他のパーティと話す時間が無かったのだろう? 移動隊形では前後と中央に分かれていたし、食後はすぐに『赤き誓い』がテントに引っ込んでいたからな。最後に、親睦を深めるのもいいだろう?」
中隊長の心遣いをありがたく受け取ることにして、ハンター達は指示された建物へと向かった。皆、確かにあまり交流がなかったな、と思っていたので。
「済まなかった……」
料理と飲み物が用意された席に着くと、いきなり『邪神の理想郷』のリーダー、ウォルフが頭を下げた。
「正直言って、『赤き誓い』のみんなを舐めていた。何が『俺達「邪神の理想郷」と「炎の友情」が奴らの3倍の働きをするから、お前達は2倍くらいを目指して頑張ってくれ』だよ、ああ、恥ずかしい……」
そう言って、両手で顔を覆うウォルフ。そして、苦笑する『赤き誓い』の4人。
「とにかく、済まなかった。そして、ありがとう。しっかり金を取られた食い物はともかく、治癒魔法のおかげで助かったし、領軍の兵士達に対して、ハンターの名を大きく上げることができた。
今回の領軍兵士達は、今までに較べてハンターに対する態度がかなり良かったのも、今回の依頼がうまくいった大きな理由のひとつだが、それも、『赤き誓い』の存在が大きかっただろうしな。
確かに、指揮官がかなりハンターに対して好意的だったのもあるが、普通ならば、それでももっと関係は悪いものなんだ……」
『炎の友情』リーダーのベガスや、他のパーティメンバー達も、うんうんと頷いている。
「でも、両パーティ共、私達が心配だから、受けるつもりのなかった依頼をわざわざ受けてくれたんでしょ?」
「え? なぜそれを……、リュテシーの奴か……」
レーナの言葉に、犯人を即答したウォルフ。どうやら、あの受付嬢はリュテシーという名らしい。
「ま、お互い無傷でそこそこ稼げたから、それでいいじゃないですか!」
横からポーリンがそう口を挟んだが、『邪神の理想郷』と『炎の友情』の面々に怒鳴られた。
「「「「「お前は、荒稼ぎしてただろうが!」」」」」
あれは、『赤き誓い』としての稼ぎであって、別にポーリン個人の稼ぎではないのであるが、あまりにもポーリンの邪悪な笑みが目立っていたため、そう思われるのも仕方なかった。
しかし、今回は『ひとり当たり、金貨1枚』という契約なので、『邪神の理想郷』は金貨5枚、『炎の友情』は金貨6枚の稼ぎである。僅か4日間の稼ぎとしては、上々であった。
兵士達の盾とされ、大怪我や、命を失う確率が割と高いということを考えれば、ベテランハンターとしては決して常識外に多い稼ぎというわけではないが、それでも他の仕事に較べれば、決してそう悪い稼ぎではなかった。
『赤き誓い』は、4人で、金貨4枚。日本円だと、約40万円くらいの金銭感覚である。1カ月が36日であるここでは、1カ月の9分の1である4日間で40万円。そして領軍兵士とハンター達に売った食料で、更にそれに近い稼ぎを出している。
今まで、もっと高額の報酬を得たことは、何度もある。盗賊退治とか、ワイバーン討伐とか。
しかし、それらは『普通の、新米Cランクハンターの稼ぎ』ではなかった。普通のCランクハンターとしては、これでも『無傷でこなせる仕事』としては、かなりの稼ぎである。……あくまでも、『パーティの全員が、無傷でこなせれば』の話であるが……。
そして、出された軽食を摘まみながら様々な世間話、情報交換等を行い親睦を深めた3つのパーティは、兵士達に礼を述べた後、みんな揃ってハンターギルドへと向かった。
* *
ぱちぱちぱちぱちぱち!
ギルドにはいるなり、拍手で迎えられたマイル達一同。
「な、何だ……?」
状況が分からず、たじろぐ3パーティ。
そこに、あの、リュテシーとかいう受付嬢が声を掛けた。
「皆さん、凄いです! 大活躍だったそうじゃないですか! さっき、領主軍の小隊長さんが直々にやってきて、皆さんのことを絶賛してましたよ。ギルド長にも、お礼を言われてました。
そして……」
受付嬢は、そこでちらりと『赤き誓い』の方を見て、全員が全くの無傷であることを確認した。
「遠方から来られた皆さんを、よく御支援下さいました。我が支部の誇りです!」
そして、再び沸き起こる、ギルド職員や居合わせたハンター達からの拍手。
しかし、それを受けた『邪神の理想郷』と『炎の友情』の顔色は冴えなかった。というか、明らかに辛そうな表情である。
……無理もない。
今回活躍したのは、自分達がその実力を見くびって、『助けてやろう』などという上から目線の傲慢な考えを持っていた、年若き新米少女達。逆に自分達が色々と助けられたというのに、彼女達のその手柄が、まるで自分達の手柄であるかのように思われて、称賛される。これ程辛いことも、そうそうあるまい。
しかし、それを皆に説明するわけにはいかない。
そのためには、彼女達の特技や戦闘方法、能力等について喋る必要がある。
ハンターが、合同任務等において知り得た他のハンターの情報を漏らすことは、ハンターの禁忌のうちでも、最大級のものである。それはハンターの命や身の安全に関わることなので、当然である。
つまり、彼女達の能力も、強さも、喋ることができない。それで、彼らが『「赤き誓い」に助けられた。彼女達は、自分達よりずっと強い』などと言っても、信用されるわけがない。せいぜいが、冗談か悪ふざけと思われる程度であろう。そして、『彼女達の実力』の詳細を喋ることはできない。
それに、先程の食事の時にも、彼女達から『収納魔法については、隠すつもりはない。でも、収納の容量とか、その他の、戦闘スタイルとか色々なことは、あまり喋らないで欲しい。今回の依頼は、あくまでも3パーティで協力して頑張った、ということで……』と釘を刺されている。
(((((うああああ、居心地悪いぃ~~!!)))))
他のハンター仲間達にバンバンと肩を叩いて祝福され、エールを奢るという申し出が殺到する中で、『邪神の理想郷』と『炎の友情』のメンバー達は、悶え苦しんでいた。
そして他の3人とは違い、その心情がよぉく理解できるメーヴィスは、気の毒そうな顔で、彼らを見つめるのであった……。