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256 辺境の都市 6

 見張り員以外が寝静まった頃、『赤き誓い』のテントで動きがあった。

「では、行ってきます」

「気を付けて行きなさいよ。ま、あんたのことだから、別に心配しちゃいないけどね」

「あはは、頑張ります!」

 そして、不可視フィールドと遮音フィールドに包まれて、野営地からそっと抜け出すマイル。

 今回は、『赤き誓い』の仲間達にはちゃんと事前に報告してあり、今までのような独断行動ではなかった。

 そしてマイルは、国境のあたりを越えて、相手国側へと侵入した。


 いや、侵入とはいっても、ハンターであるマイルが国境を越えても、別に何の問題もない。領軍兵士を伴っているわけではないし、領軍兵士から何らかの命令を受けているわけでもないのだから。

 今のマイルは、ただ単に、ひとりのハンターとして『勤務時間内ではなく、自由時間に、ちょっと素材収集のための狩りをするだけ』なのである。そう、何の問題もなかった。


 人間には不可能な速度で森を駆けるマイルは、しばらくすると、オーガを発見した。

「よし、不可視フィールド、遮音フィールド、解除! 威圧、最大出力!」

 マイルは、いつもは完全に抑えている威圧、つまり魔力や気やオーラや何やかや、魔物や野生動物が察知する『危険な香り』というやつを全開にした。

 ……つまり、辺り一帯の魔物や動物達は、『古竜の半分くらいの力がある物騒な奴が、殺気をビンビンに振りまきながら、急速接近中』と認識したわけである。

 で、どうなるかというと……。


 ドドドドドドドドド!!


 そう、集団暴走スタンピードの発生である。

 マイルの前方、つまり押し返した元々はこちら側にいた魔物と、おまけに付けてあげたマーレイン王国側にいた魔物(食べられず、危険度が大きいもののみ)は、全力で相手国側の森の外縁部目指して。そしてマイルの後方、食べられたり素材が取れて猟師に狩れるものは、同じく全力でマーレイン王国側目指して走り去った。

 そしてマイルは、スタンピードに巻き込まれた『良い獲物達』をそっと助け出して、マーレイン王国方面へと向かわせるのであった。


 その後、再び『悪い魔物達』の後尾に着いたマイルは、『威圧』を出すために、思い切り息んだ。

「ひっひっふー、ひっひっふー、って、これ、違う!」

 ひとりの時でも、ボケを欠かさないマイルであった。……本人には、そんなつもりは全くないのであるが。

「仕切り直しです。よし、うぬぬぬぬぬぬぬぬ……、あ」

 今、ちょっと危なかった。

 息むのは程々にしておこう、と思うマイルであった……。


 相手国の兵士達が魔物を追って国境まで来たのは、2日前である。

 しかし、マイル達と同じく、仕事を終えた彼らは、そこでオーク肉での焼肉パーティーを行った。

 更に、翌日はゆっくりと進み、まだ充分明るいうちから野営を行った。

 いや、一応、理由はある。マーレイン王国側が予想より早く追い戻しを行った場合、自国の猟師や農民達、そして作物に被害が出ないよう、すぐにブロックしなければならないため、あまり急いで距離を取るのは躊躇われたのである。また、急いで戻るのは、何か『逃げている』かのように思えて、矜持を傷付けられたかのように思えるのである。

 しかし、それらも決して嘘ではないのであるが、最大の理由は、『せっかくだから1泊余計に野営して、焼肉喰って楽しもう』というものであった。

 のんびりゆっくりした『人間の移動速度』で、明るい間しか移動しない兵士。

 徒歩で追う人間との間隔を保って移動するのではなく、パニックを起こして全力で暴走する大型の魔物達。そしてそれを追うマイル。

 ……追いつくのは、あっという間であった。


     *     *


 翌朝、野営を撤収して進み始めたばかりの2個小隊に、後方に配置していた警戒員からの叫び声が響いた。

「こ、後方から、魔物の群れが! オーガ、ゴブリン、コボルト、その他、フォレストウルフやら何やらが、団体さんで急速接近中! 数、50以上!」

「な、何だとおっ!」

 森の中で『50以上』ということは、実際には、最低でも60~70。下手をすると、もっとずっと多い。最悪の場合、その何倍もの数、ということもある。なにしろ、木々や視界外で見えない敵は多いであろうが、居もしない敵が見える可能性はそう高くはないのだから。しかも、『急速接近中』ときた。

(……こりゃ、戻れないかも知れんな……)


 相手に嫌がらせをするのに、自分達の方が被害が大きくては話にならない。そのため、大盤振る舞いで2個小隊プラス傭兵とハンターで、総勢100名強。それを、中隊長である大尉が指揮している。連れてきたふたつの小隊は、それぞれ中尉と少尉が小隊長を務めている。

 中隊の残り半数は、森の外縁部で留守番であった。さすがに180名の大所帯では、森を進むには多過ぎる。そのため、万一の事態を考えて、魔物達が森から出てくるのに備えさせているのである。

 そしてこの部隊は、領軍ではなかった。

 領軍がこのような他国に対する嫌がらせ、というか、挑発行為を独断でやるはずもなく、また、いくら少ないとはいえ、毎回少しは発生する被害で、じわじわとボディブローのように効くダメージを受けるのは許容できないであろう。国や領地を護るためであればともかく、このような『恥ずべき、不名誉な行い』においては、特に。

 このようなことで死んでも、勇敢な戦士達の楽園(ヴァルハラ)に召されることは決してないであろう。そして部下達も、それは分かっている。


「迎撃だ! 後方に対する戦闘隊形、急げええェ!」

 森の中で、襲い来る魔物の群れから逃げる、という選択肢はない。逃げ切れるわけがなく、後方から襲い掛かられて、抵抗することもできずに全滅である。ここは、無茶を承知で、迎え撃つ以外にない。

 数頭ずつの、バラけた相手であれば。

 木々が茂った場所ではなく、もっと開けた場所であれば。

 そう思っても、今は、そしてこの場所はそうではないのだから、仕方ない。

 動きや武器の取り回しに制限があり、木々の陰からいきなり襲い掛かられるという、人間側にとって不利な、森の中での魔物の集団との戦い。しかも、後方からの奇襲のため、不完全な戦闘隊形で。


(すまん、アイリス、ティーテリア……)

 そして、中隊長が自らも剣を抜き放ち、魔物の群れを迎え撃とうとした時。

「ふはははははは! 私は、めがみエル!」

 木の上に、何か、変なのが現れた……。


 もし日本人が見たならば、『スク水じゃん!』と言いそうなものを着て、その上に光学処理で薄絹のドレスを着ているように見せかけ、そして更に装着された、氷の粒で形成された翼と輪っか。

 そう、いつものアレである。ちょっと衣装に工夫を凝らしただけの。

 ちなみに、翼と輪っかは、最近出番が増えたために、『ショートカット』を作っておいた。つまり、いちいちナノマシンに細かい指示を出さなくても、『女神化現象ゴッデス・フェノメノン!』と指示すれば、自動的に形成されるようにしておいたのである。

 そして、その『変なの』は、こう考えていた。

(私は、嘘は吐いていない! 私は眼に異常はなく、ちゃんと物を見ることができるから、『私はめがみえる』と言っただけだ。そしてそれは、本当のことなのだから……)

 『消防署の方から来ました』に匹敵する言い分である。


 格子力バリアで2個小隊プラスアルファの人々を囲い、その先頭に木の上から舞い降りた、『めがみエル』少女。そして、そっと息むと。

 魔物の群れが左右ふたつに分かれて、兵士達を避けるようにして走り抜けていった。

 どうやら、急に止まることができず、『決して関わってはならないモノ』から全力で身を遠ざけようとした結果、そうなった模様である。


「……た、助かった……、のか……?」

 そう呟いた中隊長であるが、まだ、そう考えるのは早計であった。

「その方達ほうたち、なぜ故意に森を荒らそうとする? 事と次第によっては、ただではすまさぬぞ……」

((((((ぎゃあああああああ!!))))))

 兵士達は皆、心の中で絶叫を上げ、中隊長の方を見た。

 この怪しい生物が、只者であるはずがない。魔物の群れから助けてくれたので、一応『女神』と自称していることもあり、味方だと思って安心していたら、まさかの敵対者である。悪魔であるならばまだしも、女神と戦って、勝てるわけがない。頼みの綱は中隊長の機転のみである。


「わ、わわわ、私共はただ、農民達の安全のため、危険な魔物達を森の奥へと追い払っていただけでございます! 魔物といっても、女神様によってこの世界で生きることを許されしモノ。身を守るためか、食べるために命を押し頂く場合を除き、無為に命を奪うのは如何なものかと思い……」

 さすが、中隊長の職を任されるだけのことはある。見事な回答であった。

「ほぅ、そうであったか……。よもや、『魔物を隣国に押し付けて、嫌がらせを』などと考えてはおるまいな?」

「めめめ、滅相もございません!」

 汗だらだらの中隊長。

「まぁ、よかろう……、おや?」

 見ると、ひとりの兵士が左腕を吊っている。どうやら魔物の追い出しの時に骨折したようである。いくら追い返し側より危険が少ないとはいえ、怪我人ゼロ、というわけでもない。

 すたすたとその兵士のところへ歩み寄り、恐怖で真っ青になっている兵士の折れた腕を触った。

「うむ、整復はしておるようじゃな。では……」

 そして、兵士の折れた腕が光を放ち、……次の瞬間。

「……痛くない……」

 ぽかんとして、そう声を漏らす兵士。

「もう、完全に治っておるぞ」

「え……」

 兵士は、恐る恐る腕を動かし、そして次に振り回し始めた。

「な、治ってる……」

 無詠唱で、瞬時に完治。骨も腱も神経も血管も、完全に。そんなもの、王宮の魔術師長どころか、大神殿の神官長でさえ不可能である。

「「「「「「…………」」」」」」

 周囲は、歓声が上がることなく、ただ静寂が広がるのみ……。



1月14日の活動報告に、『講談社 書籍化&コミカライズ秘話』を掲載。

そう、14日は、『ろうきん』第1シーズン完結、そして『平均値』連載開始から、丁度2年です。

当時はまだ『平均値』の書籍化打診も無く、ひとりの「なろう」読者にして素人投稿者でした。

今は、何もかも皆、懐かしい……。(;_;)

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― 新着の感想 ―
[一言] >『消防署の方から来ました』に匹敵する言い分である。 いやもっとヒデーと思う
[一言] 乙女の尊厳がギリギリのラインで守られただけだったのか、もしかしたら異界の扉が開かれかけたのか、その場合、出てきたのが何だろうかと考えると、ちょっと怖いナノちゃん達であった。
[一言] 臨月には、乙女モードを解除した本気モードで、息まないように気をつけてください。 赤子がすごい勢いで飛び出して、死んでしまいますので、、。
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