255 辺境の都市 5
「2時方向200メートル、オーク3。目標、対象外!」
「了解、目標、スルー!」
「1時方向300メートル、ゴブリン4!」
「メーヴィス、威嚇で追い返して!」
「了解!」
「11時方向150メートル、コボルト6!」
「ポーリン、水魔法で追い返しなさい!」
「了解!」
「「「「「「…………」」」」」」
レーダーの探知報告によるレーナの指示で、次々に飛び出しては魔物を追い返し、戻ってくる『赤き誓い』の面々。時には、レーナやマイルも出たり、複数メンバーが対処に当たったりもしている。そして、ただ呆然とそれを見ている第2分隊の兵士達。
「ぶ、分隊長……」
「何だ?」
「ひ、暇ですねぇ……」
「……ああ、暇だな……」
「「「「「………………」」」」」
そして、少しくらいは構わないと言われていたため、オーク数頭と角ウサギ、鹿や猪を狩り、アイテムボックスに入れたマイル。これらは、ギルド納入用ではなく、自分達が食べる分である。
自分達で狩れるのに、わざわざ肉屋で高い肉を買う必要はない。兵士達も、今夜と明日の食事用にと、食用の獲物を狩っている。
但し、2~3頭だけである。高々50人そこそこの人数でそんなに食べられるわけがないし、持ち帰るのも大変だし、兵士が猟師の真似事をするというのも体裁が悪い。それも、任務で行ったのに大量の肉を持ち帰ったなどという噂が広まっては大変である。
肉は、豚から取れる枝肉が体重の7割くらいで、それから取れる食用部分が、更に7割。つまり、体重100キロの豚から49キロの肉が取れるわけである。そしてオークの体重は、100キロどころではない。なので1頭あれば充分なのであるが、素人が適当に捌くので無駄になる部分が多いし、良い部分だけ取ってあまり良くない部分は捨ててしまうため、2~3頭狩るのである。
……ちなみに、牛の場合は、食肉となるのは体重の27パーセントくらいである。
兵士達に頼まれ、獲物はマイルが収納に入れてやった。マイルがいなければ、野営の直前に狩ったのであろうが、魔物達を国境の向こうに追い払った後で、そう都合良く狩れるとは限らないので、兵士達は大助かりであった。
追われた魔物達の先頭部分との接触から2~3時間も経つと、既に山場は越えていた。
まだ後続はあるが、先頭部分が反転したため、後続はそれらとぶつかって停止、そのまま反転の流れに乗るからである。そのため、国境を越えてやってくる魔物の数は激減する。このまま国境まで追っていくため、追い返し作業自体はまだまだ続くが、以後は死傷者が出る可能性が殆どなくなるため、決して気を抜いてはならないものの、兵士達がほっとするのは仕方ない。
「分隊長さん、ポーリンとマイルを他の分隊の巡回に廻したいと思うのだが、許可を戴けないだろうか?」
メーヴィスがそう提言し、はっとした顔の分隊長が、大きく頷いた。
「うむ、是非、お願いする」
この分隊には、死傷者がひとりもいない。しかし、他の分隊も同じであるという保証はない。というか、同じである確率の方が遥かに低かった。他の分隊には、『赤き誓い』はいないのだから。
そのため、ひとりしかいない凄腕の治癒魔術師に他の分隊を廻らせるというのは当然の配慮であり、真っ先に自分がそれを指示すべきであった。それをしないということは、後で他の分隊や小隊長から非難や叱責を受けても仕方ない程の判断ミスである。
若造のハンター如きに自分の判断の遅れをフォローされた立場であるが、メーヴィスの嫌みのない真摯な態度と、許可を出したことに対する礼の言葉に、分隊長は感謝こそすれ、気分を害するようなことはなかった。
分隊長は、マイルは治癒魔術師であるポーリンの護衛役だと思っていたが、実は、そうではなかった。
『赤き誓い』の皆は、口には出さないが、勿論、事実はきちんと認識している。マイルは、メーヴィスより剣で強く、レーナより攻撃魔法が優れており、そしてポーリンより治癒魔法が得意である、ということを。それら全てはマイルが皆に指導したものなので、当たり前である。
今回は、兵士の誰かがポーリンでも手の施しようがないような、生死の境目というような大怪我をしている可能性がある。なので、マイルも出動するのである。それに、マイル達が所属する分隊は中央部なので、ポーリンとは別行動で左右に別れた方がいい。もしポーリンの側に重傷者がいた場合は、マイルがそちらへ廻るまでポーリンが保たせてくれていればいい。
そして、ポーリンとマイルは二手に分かれて走り去った。
* *
「本日は、皆、御苦労であった。ひとりの死者も出さず、後遺症が残るような怪我人も出なかったことは、非常に喜ばしいことである。
さすがに酒を許すことはできんが、腹一杯食うことは許可する。但し、明日の帰還に差し支えることは許さんぞ。では、この後は各自、見張り番の者以外は自由行動とする。協力して、焼肉の準備をするがよい」
皆を集めての小隊長の訓示に、歓声が湧き起こった。
被害、皆無。
怪我人は何人もいたが、ふたりの魔術師により全て完全に治癒された。自力での帰投が難しい者、2日間の移動に耐えられるかどうか分からない者もいたのであるが、信じられないことに、それすら治癒されたのである。
軽い打撲や切り傷ならばともかく、骨折、内臓破裂、かなり太い血管や腱等、普通であれば後遺症が残りそうな怪我まで、ほぼ完治。本当ならば、1~2名の殉職者と、傷痍兵として退役せざるを得ない者を数名出しているはずの戦いが、結果的に、被害なし。
治癒魔法といっても、万能ではないのだ。治癒魔法を掛けるまでの間に時間が経ち過ぎていれば、ある程度自然に治癒が進み、身体がそれを通常の状態だと認識してしまえば、『そのようにしか治らない』ということになるし、欠損部分や壊死した部分も治らない。決して、死にかけた重傷者が、魔法ひとつでピンピンした身体に戻るわけではないのである。『古傷は、治癒魔法では治らない』というのも、そのあたりに関係する。
それが、今回は、神殿の大神官様かと思わんばかりの凄腕の治癒魔術師が、何とふたりも!
そして、ひとり当たり僅か金貨1枚の報酬で、危険な任務に参加してくれた。
更に、戦闘による負傷の治癒は、依頼任務のうちだとして、無料であった。
……あり得ない。どこの慈善家か! 聖職者でさえ、そんな報酬では引き受けてくれやしない。
兵士達は皆、自分達の幸運と、ハンター達の厚意に感謝していた。
そしていよいよ、お楽しみの焼肉である。
草を刈って延焼の危険を無くし、倒木や枯れ木を集めて焚き火の用意。
少し離れたところに内臓等を埋めるための穴を掘り、その横でオークを捌く。
以前の任務でもオークを捌いたことはあるが、魔物の解体は素人なので、専用の骨切り包丁も肉切り包丁も無しでは、少し荷が重い。ショートソードは、戦いには使えても、料理にはちょっと使いにくいし、誰も、自分の愛剣が刃こぼれする危険を冒してオークの骨を断ち切りたいとは思わない。なので、誰もオークの側に近寄ろうとはせず、互いの顔を見るばかり。
それを見て、メーヴィスが歩み寄った。
「私がやりましょう」
そう言うと、剣を一閃。
並べられた3頭のオークの首と手足を切断し、更に腹を裂き、血脂を払って、鞘に納剣。
「内臓を掻き出して処理するのは、御自分達でお願いします」
「「「「「…………」」」」」
言葉も無い、兵士達。
立った状態のオークならばともかく、地面に寝かせた状態のものに、何の躊躇いもなく思い切り剣を振り切った。そして、剣が止まることなく、まるで熱したナイフでバターを切るかの如く、軽々と骨ごと切断された、首と手足。オークの骨や肉が、そんなに軟らかいはずがない。
それに、無造作に斬ったように見えて、裂かれた腹は内臓には全く傷がなく、消化器官の内容物がぶちまけられて肉に付く、ということが全くなかった。
「……レベルが違う……」
魔法は、いい。自分達は魔術師ではなく、剣士や槍士なのだから。いくら凄腕の魔術師を見ても、凄いなぁ、と感心するだけである。
しかし、今のは堪えた。
まだ20歳前の女性に、いい歳をした自分達が、全く敵わない。なまじ剣の腕の差が理解できるだけに、その敗北感は大きかった。
今日は、魔物の群れに勝って、ハンターに、そして若い女性に負けた。
だが、腹は立たなかったし、嫌な感情も湧かなかった。
ただ、悔しかった。自分達の弱さが。自分達の不甲斐なさが。
「くそぉ! 喰うぞ! 内臓を掻き出せ! 肉を切れぇ!」
「「「「「「おお!!」」」」」」
今日は、自前の肉が、食い切れない程たっぷりとある。小銀貨を払わなくても、食べ放題だ!
そう思って、兵士達が肉を切り、焚き火で炙り始めると、どこからともなく、とてつもなくいい匂いが漂ってきた。
肉を焼く匂いだけではなく、何とも言えない、食欲をそそる匂いである。
そして聞こえてくる、悪魔の声。
「焼肉のタレ、小銀貨2枚! 塩と胡椒、小銀貨2枚! 脂っこいオーク肉に合う、口をすっきりさせるレモン果汁水、氷入りで、1杯小銀貨3枚!」
「「「「「くそおおおおおおぉっっ!!」」」」」
今日は、余計な出費無しで腹一杯食える。そう思っていたのに……。
「「「「「買わずにいられるわけがないだろうがああああぁっ!!」」」」」
「……俺達、来た意味、無かったよなぁ……」
がっくりとして、そう呟く『邪神の理想郷』のリーダー。
「ああ……。強過ぎるし、逞し過ぎる。あれで、全員が20歳以下、そして半数は未成年のCランク女性パーティかよ……」
同じく、意気消沈の、『炎の友情』のリーダー。
「で、でも、被害無しで稼げたし、いい勉強になったし、領軍に対してハンターの名を上げることができたから、大きな意義がありましたよ!」
そう言うパーティメンバーであるが。
「ああ。ハンターの名前を上げたのは、俺達じゃなく、他所から来た女性達だがな。彼女達を助け、ハンターの名を上げるつもりだった俺達は、空気だったからな……」
「「「「「…………」」」」」
「さ、俺達も肉を食うぞ。でないと、やってられん!」
「「「「「お、おお……」」」」」
今ひとつ、士気が上がらないハンター達であった。