251 辺境の都市 1
ここは、マーレイン王国の東部、隣国との国境も程近い、辺境の小都市である。
小さいとはいっても、ハンターギルドの支部や商業ギルドもあり、そこそこの街ではある。王都やそれに準じる大都市より2~3ランクくらい下の、『田舎の者達にとっての、都会』というやつである。
そう、田舎のじじばばが、『今日は、孫と一緒に、1年振りに町さ、行くだ』というやつである。
そもそも、商人でもなく地元を捨てて出奔するわけでもない辺境の一般平民にとって、王都へ行くなど、一生に一度あるかないかである。その彼らにとっての現実的な『都会』。それが、この辺境の小都市、マファンであった。
田舎過ぎず、都会過ぎず、かなりの日照り続きでも水が枯れることのない川が流れており、平穏な暮らしをするには、そう悪くない街。
隣国との国境に近いが、隣国との関係は、そう仲が良いわけではないが、すぐに戦争になりそうなほど悪いわけではなく、そう大きな問題ではなかった。逆に、隣国との交易路の中継地としての利益があり、それはこの小都市にとって有利に働いていた。
「何か、のんびりできそうな街ですよね」
「修行の旅で、のんびりしてどうすんのよ!」
暢気な発言を、レーナに窘められるマイル。
ここは、『赤き誓い』が取った宿の一室である。
例によって、街の宿屋をじっくりと観察し、聞き込みを行ってから決めた宿であった。……まぁ、気に入らなければすぐに宿替えすれば済むことであるが。
値段、部屋の設備や清潔さ、料理等は問題ない。
……ただ、ネコミミはいなかった。
そこに、ネコミミはいなかったのである……。
店主夫婦に、30歳前後の料理人と、17~18歳くらいのウェイトレス兼雑用係の女性がひとり。子供達はみんな嫁いだり一旗揚げると言って王都へ行ったりしたため、料理人とウェイトレスは普通に雇った従業員であるらしい。
マイルが、店主夫婦は料理はしないのかと聞くと、思い切り眼を逸らされた。
人間誰しも、人に言いたくないことのひとつやふたつはあるものである。なので、それ以上は何も聞かなかったマイルであった。
マイルが構いたがる子供はいなかったが、この、ウェイトレスのミテラが、なかなかの曲者であった。
赤毛でそばかすがあり、愛嬌のある顔つきであるが、口が悪くて、元気で気が強い。……そう、理想的な『安酒場のウェイトレス』という感じの少女である。
年齢が、誕生日を迎えて18歳となったメーヴィスとほぼ同じくらいであるからか、やたらとメーヴィスに絡みたがる。いや、どうやら悪気があるわけではないらしいのだが、休みの日に一緒に買い物に行こうだとか、やたらと纏わり付かれて、メーヴィスが少し参っている。
「……どうして、私にばかり構いたがるのだろうか……」
「そりゃ、恋人代わりに連れ回したいからに決まってるじゃないの」
メーヴィスの呟きに、レーナが無慈悲な回答を返した。
「な……」
それを聞いて、愕然とするメーヴィス。
「赤毛で口が悪くて気が強い女の子は、間に合ってるよ!」
「な、ななななななな! 誰のことよ! それ、誰のことよおおおぉっ!」
さすがのメーヴィスも、ムッとしたのか憎まれ口を叩き、自分は平気で何でも言うくせに、人に言われると簡単に激昂するレーナが激おこモードに。
「あわ、あわわ! レーナさんもメーヴィスさんも、お、落ち着いて下さいぃ!」
慌てるマイル。
そしてポーリンは、諦めて肩を竦めるのみであった……。
* *
「じゃあ、この街最初の依頼は、これでいいわね?」
こくこく
ハンターギルド支部で、この国での初依頼を受けようとしている、『赤き誓い』の面々。
「じゃあ、受付カウンターへ……」
「待って下さい!」
レーナが受ける依頼を選び、メーヴィスとポーリンが頷いて決定、と思われた時、マイルが制止の声をあげた。
「あれを見て下さい!」
「「「え……」」」
レーナ達3人が、マイルが指し示す方を見ると、依頼ボードの横に、別出しで紙が張り出されていた。
『緊急依頼 森から溢れる魔物の討伐 ひとり当たり金貨1枚』
「……何、これ?」
レーナの疑問の声も当然であった。
森から魔物が溢れる? そんなことは、滅多にない。何か、余程の理由がない限り。
そして、そんな大事であれば、こんな悠長な依頼ではなく、非常呼集によるCランク以上のハンターの強制参加であろう。わけが分からない……。
「とりあえず、聞いてみるしかないわね」
皆でカウンターへ行き説明を求めると、受付嬢が、困ったような顔で説明してくれた。
「他の地方から来られた方々ですね? 実は、あの依頼には、事情がありまして……」
その説明によると、この街は隣国との国境に近く、その国境の一部は深い森になっているらしい。
それで、その国境の森の向こう側、つまり隣国が、定期的に森の魔物を追い払うらしいのである。……『討伐』や『間引き』ではなく、『追い払い』。
そして、追われた魔物は、当然の如く反対側、つまりこの国の方へと逃げてくる。そうなると、元々こちら側にいた魔物と縄張り争いが始まり、負けた方が更にこちら側へと移動して森から出たり、弱い魔物が逃げ出したりで、周辺住民が襲われたり、家畜や農作物に被害が出たりするわけである。
なのでそれらの魔物を討伐する必要があるが、毎回そんな依頼を出していたら、農民達が破産してしまう。そのため、領主様が領軍を出して下さるのであるが、領軍とは元々他国からの侵略阻止を第一に想定した軍隊であり、その訓練は対人戦闘を中心としたものである。そのため、魔物相手は本業とは少し違い、あまり得意ではない。
また、国を護るために命を捧げているのに、敵兵との戦いでならばともかく、魔物如きのために死んだり、怪我をして軍務が務まらない身体になるのは嫌だと、兵士達の士気は高くはなかった。
更に、1回当たりは少なくても、回数を重ねると、じわじわと兵士の数が損耗し、領軍にとって結構なダメージとなる。
そのため、領主様は魔物相手の戦闘に慣れたハンターを増員のため雇うことにしたらしいのであるが……。
「領軍の兵士とハンターの仲が悪くて揉め事が多発したり、受注するハンターが少なかったりするわけね……」
レーナの言葉に、受付嬢が頷いた。
「はい。領軍の兵士達は、自分達がその任務を嫌がるくせに、ハンターが参加するとプライドを傷付けられたとばかりに嫌みを言いますし、ハンターを危険な役割にばかり回して、積極的に支援しようとはしません。
そんなの、命がいくつあっても足りませんし、わざわざ嫌な思いをさせられてまで受ける人はいませんよ、余程お金に困っているか、限度を超えたお人好しか、馬鹿ででもない限り……。そして、」
受付嬢は、怒りに顔を歪めて吐き捨てた。
「これは、完全に、隣国による嫌がらせです。わざと魔物をこちらに追い込んでいるんですよ!」
「「「「あ~……」」」」
ありそうなシチュエーションに、ありそうな結果であった。
そして、勿論、それに対する『赤き誓い』の返事は。
「じゃ、それ、受注します」
「……え?」
固まる、受付嬢。
「い、いや、今、何聞いてたんですか! そんな依頼を受ける程、お金に困っているんですか!」
「違うわよ?」
思わず怒鳴る受付嬢に、レーナがその言葉を否定する。
「それじゃなくて、3番目のやつよ」
「え?」
にやりと笑ったレーナが、言葉を続けた。
「だから、3番目のやつよ。『馬鹿だから』ってやつ。この依頼を受けようとするには、充分な理由でしょ?」
「…………」
受付嬢と、それまでの遣り取りを聞いていた他のギルド職員やハンター達もが静まり返り、ギルド内は静寂に包まれるのであった……。