249 マーレイン王国 1
「『赤き誓い』は、どこですか!」
(また来たよ……)
そして繰り返される、お馴染みの会話。
「そ、そんな……。わざわざ西のヴァノラーク王国まで行って、足跡を見失って探し回り、どうやら反転してブランデル王国に戻ったらしいと突き止めて、侵略騒ぎのゴタゴタに巻き込まれて、次にここに戻っているらしいという情報を掴んで、やっと戻ってきたというのに……。
で、何時頃に戻ってきますか?」
そして繰り返される、お馴染みの会話。
「教えてくれてもいいじゃないですか! ケチ!」
前回、レニーちゃんの大人顔負けの立派な対応に感心して、自分も大人の対応をしたことも忘れ果て、今回は駄々っ子のような対応のクーレレイア博士であった。余程、精神的に疲れ果てていたのであろう。
そして繰り返される、お馴染みの会話。
これでは埓があかないと、今回もまた、ハンターギルドへと向かうクーレレイア博士であった。
* *
「いやぁ、噂には聞いておりましたが、これ程とは……」
夜営での夕食に、移動中の商隊としてはあり得ないような豪華な食事を満喫でき、上機嫌の商人。
勿論、御者や他の護衛達も同じものを食べている。軍隊でも、戦場での食事は、士官も一般兵士も同じものを食べる。これが、何よりも連帯感を高めるのに役立つのである。
では、移動中は堅パンや干し肉、乾燥野菜を水で戻したやつとかの保存食主体のはずが、なぜそんな豪華な食事なのか。
「いえいえ、護衛任務を一時的に離れて狩りをすることを許可して下さいましたおかげですから。そのおかげで、私達も保存食ではなくちゃんとした食事ができるわけですから……」
そう、マイルが言う通り、雇い主である商人が一時的にマイルの離脱を許可してくれたため、ちょちょいと狩りや採取をしたわけである。探知魔法を使って。
そして短時間でマイルが持ち帰った、鹿と山菜と果実、おまけに沢で獲った渓流魚。渓流魚というのは、日本でいうならば、ヤマメやイワナ等のことである。
それらをマイルとメーヴィスが捌き、マイルとポーリンが調理し、レーナが見守る。斯くして出来上がった料理であるが、商隊一行には大好評であった。
何せ、ハンター式の豪快な調理法でありながら、更に手間を加えて、日本式の繊細な工夫をしてある。そして調味料をふんだんに使い、調理器具や食器も普通のものである。葉っぱのお皿に小枝のフォーク、とかではない。
商人は依頼料とは別にお金を払うと言ってくれたが、いつものように、それは辞退した。
これが、マイルが元々持っていた食材を提供するのであればともかく、護衛として雇われている時間内に狩ったものであるから、依頼料の二重取りはできない、ということである。ポーリンでさえ、それを主張した。どうやら、この件と金に汚いのとは別問題らしかった。
いつものことなので、商人もそれは知っていたのであろう。それでも、別途支払いを申し出ないわけにはいかない。それもまた、商人としての『契約外の仕事は、別料金』という、ポリシーというか、矜持というものなのであろう。
先程の商人の言葉からも分かる通り、『赤き誓い』を護衛に雇うと移動中も美味い食事が食べられる、ということは商人達の間では知れ渡っているらしく、マイル達が護衛依頼に応募したところ、一発採用であった。
また、マイルの収納魔法のことも当然知られており、高価なものや破損しやすいものを少し収納の中に預かっている。
今回は、寄合所帯の商隊ではなく、ひとりの商人が率いる26台の馬車から成る中規模商隊であった。
勿論、その商人が商会主というわけではなく、輸送を担当している者に過ぎない。それにその部下が数人と、御者、そして『赤き誓い』を含めた16人の護衛が、商隊のメンバーであった。
王都から出た商隊なので、『赤き誓い』のことを知らない護衛ハンターはいない。なので、馬鹿にされたり絡まれたりするどころか、みんながやたらと話し掛けてくるものだから、少々ウザい。レーナとポーリンは、あまりにもしつこい相手にはあからさまな嫌悪の視線を向けるため被害が少ないが、人の良いメーヴィスと話し好きのマイルは、しょっちゅう話し掛けられていた。
いや、別に絡まれるわけではなく、友好的なものなのであるが、メーヴィスは少し参っている様子。そしてマイルは、とても喜んでいた。
それを見て、呆れた様子のレーナ。
(ま、楽しいなら、別にいいんだけどね……)
この規模の商隊を襲う魔物や盗賊は少ない。……きちんと、充分な人数の護衛を雇っていれば。そして16人というのは、充分な人数であった。
商隊は一度も襲われることなく、数日後に無事マーレイン王国の王都に到着したのであった。
* *
「王都よ、私は帰ってきた!」
「……マイル、この街は初めてなんだろう?」
お約束の台詞を吐いたマイルに、真顔でそう返すメーヴィス。
「この街どころか、この国そのものが初めてよね、あんたは……」
「というか、それ、マイルちゃんの定型句ですよね?」
レーナ達も、呆れたような顔をしていた。
「とにかく、しばらくはここに滞在ね。まず、ギルド支部に顔を出して、情報ボードと面白い依頼がないか確認ね」
そう、宿を取る前に、確認である。あまり確率が高いわけではないが、面白い依頼があった場合には、すぐに受けてそのまま出発することもあり得るからである。街に着いたら、まずギルド。ハンターの常識であった。
かららん
じろり……
いつものように、初めて顔を出すギルドではお馴染みの、地元ハンター勢からの品定めの視線が集中する。そしてすぐに皆の視線が元に戻……らなかった。
じろじろ……
じろじろりん……
決して、悪意に満ちた視線ではない。何というか、珍しいものを見るような、というか、少し驚きを含んだような、戸惑ったような視線。
レーナ達も、居心地の悪い思いをしながらも、怒るわけにもいかず、同じく戸惑いながらボードの前へと移動した。
情報ボードには、めぼしい情報はなかった。
あのアルバーン帝国によるブランデル王国への侵略の件は、既に落ち着いたという情報が廻っているらしく、重要度Eで『アルバーン帝国の国内混乱中につき、帝国へ向かう者は詳細情報を確認のこと。西方へ移動する者はブランデル王国経由を推奨する』との情報が張り出されている程度であった。
そして依頼ボードの方も、後にしてきたティルス王国の王都と大して代わり映えのしないものばかりであった。
「……あんまり変わらないわねぇ。国境線をひとつ越えただけだから、魔物の分布もあまり変わらないし……。さっさと移動する?」
「う~ん、そうだねぇ。その方がいいかなぁ」
「乙女の時間は短いですからね。無駄に費やすことは許されません!」
「あはは……」
レーナ達がそんなことを言っていると、ギルドマスターらしき初老の男性がやってきた。どうやら、誰かが呼びに行ったらしい。
「おお、本当に、本物の『赤き誓い』ではないか!」
「「「「え?」」」」
一斉に疑問の声を上げる、『赤き誓い』の面々。
「どうして初対面なのに私達のことを知ってるのよ?」
「本物、ということは、偽物でも現れたのですか?」
レーナとポーリンが、尤もな質問をした。
そういえば、ここに来た時のみんなの反応は、自分達のことを知っているかのような感じであった、と気付いたようである。
「あ、いや、儂が皆の顔を知っておるのは、ほれ、卒業検定の時に見ていたからじゃよ。手が空いておる時は、あそこの卒業検定は観に行くことにしとるんじゃよ、隣国のギルドとの用事を兼ねてな」
「それじゃ、他のみんなも私達のことを知っているような反応だったのは?」
「ああ、それはのぅ、……ちょっとついてきてくれんか? 2階の資料室を見て貰いたいんじゃ」
「「「「え?」」」」
疑問に思いながらも、ギルドマスターが『口で説明するより、見せた方が早い』と判断したのであれば、見るのが一番であろう。そう考えて、おとなしくついていくレーナ達。
そして、資料室にはいった4人は、一瞬のうちに全てを理解した。
そこに展示してある、よく知っているものを見て。
「「「「『赤き誓い』フィギュア、4体セットで小金貨1枚いいいいィ!!」」」」
「それを見せながら、儂があの戦いのことを何度も皆に話して聞かせたからのぅ……」
「「「「余計なことを!!」」」」
新人ハンターは名前を売るのも仕事のうちである。それに協力してくれたならば、普通ならば感謝して然るべきであった。しかも他国のギルドマスターが協力してくれたとなると、頭を下げてお礼を言って然るべきである。
なのに、なぜ怒られなければならないのか。
美少女4人組に感謝されると思っていたギルドマスターは、ぽかんとして立ち尽くすのであった。