247 一週間 2
「え、お姉さん達、また行っちゃうんですか?」
今回は一週間しか滞在しないことを話すと、レニーちゃんは大きく眼を見開いた。
しかし、そこは生まれた時からの宿屋の娘である。いくら仲良くなった宿泊客であっても、旅立ちの別れには慣れている。
「そ、そそそ、そうですか。まぁ、井戸を作って戴いたおかげでお風呂の方も大丈夫ですし、ま、まぁ、どうせまたすぐに戻って来られるでしょうから……」
但し、慣れているのと、それが平気かどうかは別物であった。
前回は、いつか来る別れの日が遂に来た、として、覚悟ができていた。なので、マイル達の前では平気な振りをすることができた。
しかし今回は、やっと帰ってきてくれた、これから当分の間は一緒にいられる、と思った矢先の不意打ちであった。そしていくらしっかり者とはいえ、レニーちゃんはまだ10歳の子供なのであった。
「うん、この国はメーヴィスさんとポーリンさんの母国で、ふたりの家族もいるし、私達の国内活動義務期間も、まだ4年以上残ってるからね。時々は国外へ行っても、結局はここを活動拠点にすることになるだろうし……。ハンター登録も、王都から動かさないしね。
今回は、戻ってすぐにまた修行の旅に出る、っていうんじゃなくて、最初の旅の途中で立ち寄った、って感じかな。修行の旅をこんなに早く終えて帰ってきたんじゃ、他のハンター達に笑われちゃいますよ……」
義務期間は、お金を払えば免除される。今の『赤き誓い』ならば簡単に払える金額ではあるが、どうしようもない場合になればともかく、今のところは普通に義務を果たす予定である。恩義や義理をお金で返すのは、みんなのポリシーに反する。
それに、『どうせ、5年以内に他国に拠点を移す理由も、その予定もありませんから。無駄金です、死に金です、絶対反対です!!』と強硬に主張する者がひとりいた。
また、お金を払って免除手続きをすると、『国外に拠点を移すつもりだ』と邪推されて、色々と面倒なことになる可能性もある。それらを避けるためにも、現状維持が最良の選択肢であった。
マイルの説明に、少し安心したかのようなレニーちゃん。
確かに、今まで『修行の旅に出る』といって旅立ったハンターのお客さん達が戻ってきたのは、早くて半年、遅いと数年が経過した後だった。そして勿論、旅立ったまま戻ってこなかった人達も多い。まだ修行の旅を続けているのか、それともどこかに腰を落ち着けて住み着いたのか、それとも……。
いや、どこかで結婚相手を見つけ、奥さんの地元に住み着いたというのは、何の不思議もない。きっとそうに違いない。その他にも、大手柄を立てて地位を得たり、村を救って村長の娘の婿に迎えられたりと、ここには戻らない理由など、いくらでもある。きっと、そうだ。
そう考え、本当は自分でも信じてはいない可能性に縋るレニーちゃん。そうでも思わないと、10歳の少女には、現実はあまりにも辛過ぎた。
「じゃ、また戻ってきたら、うちに泊まってくれますよね!」
「う~ん、それはどうかなぁ……」
「え……」
当然、『勿論だよ!』という返事が返ってくると思っていたレニーちゃんは、マイルの思わぬ返事に凍り付いた。
「あ、いや、ここが不満ってわけじゃないですよ? ただ、そのうち『ホーム』を借りるかも、と思って……」
「あ……」
そう、しょっちゅう泊まり掛けで出掛けるハンター達は、王都滞在中も宿屋に泊まる。部屋や家を借りていても、そこに寝泊まりする日数が少なくて他所で宿屋代を払ったり野営したりするなら、お金の無駄だからである。
……但しそれは、『独身で、金回りの良くないハンター』の場合である。
妻帯者は、当然、家を借りる。そして、独身であっても、お金には困っていない者も。
家があると、自分達の荷物を置いておけるし、毎回宿を取る必要もなく、夜遅く王都に戻った時も寝場所の心配がない。なので、ひとりであれば部屋を借り、仲間達と一緒ならば一軒家を借りて、そのパーティの『ホーム』とするのが一般的であった。
「……お姉さん達、稼いでるの?」
「まぁ、そこそこには……」
「くっ、収納魔法ですか……」
さすがレニーちゃん、マイルが適当に誤魔化そうとしたが、しっかり見破った。いつもお土産に獲物を貰っていたから、マイルの収納と、その容量がかなり大きいということは知っている。そしてレニーちゃんくらい聡明ならば、その圧倒的優位は簡単に想像できるだろう。
「し、しかし、それでは集客効果が……」
レニーちゃんはそう言うが、実はそれについては別に困ってはいない。『赤き誓い』が旅立った後、他の女性パーティが「『赤き誓い』が滞在していた宿」ということで縁起がいいと、この宿を利用してくれるようになったのである。
そして必然的に『女性客が安心して泊まれる宿』という評判が立ち、ハンター以外の女性も利用するようになった。そして『女性客が多い宿』、『女性パーティとお近づきになれる宿』ということで、男性客も寄ってくるようになったのである。レニーちゃんの当初の目論見通りになったわけであった。
……『女性客が安心して泊まれる』ということと『女性客目当ての男性客が集まる』ということは矛盾するような気もするが、あくまでも男性側は真面目に『女性とお付き合いしたい』という考えで寄ってくるため、乱暴や無理強い、女性を不愉快にさせる態度等を取ることはない。また、もしそのようなことをする者がいたら、アレである。
絶好のチャンス。
女性に売り込むそんな機会を、他の男達が見逃すわけがない。
正義の味方、女性を助けるヒーロー役を求めた男達が眼の色変えて群がり寄る。そして、これ幸いと割って入るに決まっている。
ちょっと女性をからかっていたら、気が付くと10人以上の眼をギラつかせた嬉しそうな男達に囲まれていた。……それは、怖いだろう。なのでこの宿では、男性達は皆、非常に紳士的なのであった。
そのことには、戻ってきた初日に気付いていた『赤き誓い』の面々であった。
そして『赤き誓い』のことを知っているこの街の男性ハンター達はマイル達には余計なちょっかいは出さないが、女性ハンター達に付きまとわれたり、『運がつくから』といってぺたぺたと身体を触られるのには閉口した。
「……やはり、早急にホームを作るべきかしらね……」
完全に子供扱いされて、マイルと一緒に弄り回されたレーナが、少し不機嫌そうな顔でそう言うと、レニーちゃんが慌てた。
「そ、そんなぁ……。お姉さん達、まだ新人さんじゃないですか。ホームなんて早過ぎますよぉ」
「その通りです!」
「ポ、ポーリンさん!」
思わぬところから、援軍が現れた。
「ホームなどという贅沢は、金貨を8万枚くらい貯めてから考えるものです!」
「そ、そうです! そうですよね!!」
味方を得て、勢いづくレニーちゃん。
……しかし、ホームを作るのに金貨8万枚を貯めなければならないならば、ホームを構えることのできるハンターはただのひとりも存在しないであろう。
「まだ、そんな先の話をしても仕方ないわね。その時になれば、その時の状況に応じて考えればいいのよ。状況がどう変わっているかも分からないんだから」
「そ、そうですよね!」
今度は、マイルがレーナの言葉を肯定する。さすがのマイルも、自分の言葉が元でレニーちゃんの動揺を誘ってしまったことに気付いたようである。
「それに、たとえホームを作っても、レニーちゃんとはずっとお友達だから……」
「……わっ、分かりましたよっ!」
そう言うと、レニーちゃんは頬を赤くして、調理場の奥に引っ込んでしまった。
それを見たマイルは、心の中で呟いた。
(つ、ツンデレニーちゃん……)
そうこうしているうちに日が過ぎ、『赤き誓い』は短い休暇を終えて、ひとつの依頼を受注した。ここ、ティルス王国の東側に隣接する国、マーレイン王国へ向かう商隊の護衛依頼である。
ティルス王国は、西側に接する、マイルの、いや、アデルの母国であるブランデル王国とは『普通の、政治的に友好関係を維持している国』という関係であるが、東側のマーレイン王国とは、かなり親密な関係にあった。
国民に人気があった王女様が嫁いだり、飢饉の時には自国民の食料を減らしてでも援助物資を送ったり、相手国が他国との戦争の危機となった場合には多くの兵士を国境線に集結させて『我が国の友好国に攻め入るならば、即座に参戦する』と威圧したりと、まるで親戚付き合いのような関係にあったのである。
なので当然、交易による物資の行き来も多く、それを狙った盗賊も多かった。そして護衛依頼で相手国に行っても、逆方向への護衛依頼も多く、往復で無駄なく稼げるため、対人戦が得意なパーティ、収益が運任せで不安定な狩りや討伐ではなく安定した収入が欲しいパーティとかには人気のルートであった。
そう、少し自信をつけたCランクパーティあたりが受けるには丁度良い、受けても何の不思議もない依頼。なので、その受注処理を行った受付嬢も、何の疑問も抱かなかった。
「国外遠征の許可は取ってあるし、その途中でちょっと立ち寄っただけなんだから、改めて出発の挨拶をする必要はないわよね?」
「はい、勿論ですよ。ギルドマスターに余計な手間を取らせるのは悪いですからね」
にこやかにそう言うレーナとポーリンに、メーヴィスは苦笑していた。
「いいのかなぁ……。ま、良くても悪くても、黙って出発するんだけどね」
「あはは……」
* *
そして、出発の日。
「おやつ代わりに、プディングとパイを焼きました。持っていって下さい……」
宿の人達に挨拶をしていると、レニーちゃんがふたつの包みを渡してくれた。
「……これ、レニーちゃんが?」
「うん……」
プディングといっても、日本のプリンとは違う。現代地球においても、外国のクリスマスプディングとかは、かなり日保ちする。また、パイの方も、ミンスパイとかは日保ちする。……マイルのアイテムボックスがある『赤き誓い』にとっては、日保ちなど全く関係ないが。
「ありがとう! じゃ、行ってきます!」
そして、マイル達は商隊との待ち合わせ場所へと向かった。
その時、マイルの頭の中には、別れの感傷ではなく、別の考えが浮かんでいた。
(プディングと、パイ……)
そして、無意識のうちにマイルの口から零れる、ひとつのフレーズ。
「女の子には キスしてポイ(Kissed the girls and made them cry)」
そして、それを聞いて、ギョッとするレーナ達3人。
「マ、マイル、あんた……」
「え? あ、いや、今のは物語に出てくる歌の一節で……」
「マイルちゃん、あなた、やっぱり幼い女の子を……」
「ち、ちちち、違います! そうじゃありませんって!」
「マイル、お前…………」
「だから、違いますってば! 濡れ衣です! wet clothingですよっっ!」
そして今日も、『赤き誓い』は平常運転なのであった……。




