246 一週間 1
「じゃ、滞在は一週間、ってことでいいわね?」
「はい」
「ええ」
「了解だ」
そう、この街でやることを概ね終えたからこその西方諸国への旅立ちであり、その後たまたま隣国のブランデル王国まで戻ることとなったため、ついでにここに立ち寄ったに過ぎない。そして、また同じ西方へ行くのもつまらないから、今度はこのまま東方へ行こうというわけである。
レーナが皆にそう言った時、マイルが東方へ行くことに大賛成したため、そのまま決定した。その時、マイルは何やら、『東方への進出計画です、東方プロジェクトです!』とか言って、ひとりで盛り上がっていた。
「王都滞在は、明日から6日間。東方へ向かう商隊の護衛依頼を受けて、7日目の朝、出発。もし丁度いい依頼が無ければ、出発が数日前後する可能性あり。これでいい?」
「「「異議無し!」」」
このあたりは、特別な事情は抱えていない4人にとって、どうでもいい……というか、特に拘りはないため、揉めるようなことはない。
「じゃ、明日から出発まで、パーティとしての仕事は無し! 各自、自分の用事を済ませて、ゆっくり休んで頂戴」
そして、皆は懐かしの宿にて眠りに就くのであった。
* *
何も予定のない一週間というのは、長いようであって、実は短い。
ポーリンが実家に戻り母親や弟に顔を見せるには、日数が足りない。馬車での往復日数だけで8日、それも馬車が出る日がうまく合っての話であり、一週間では到底間に合わない。
メーヴィスも同様であり、そしてメーヴィスは、自分ひとりで帰省した場合、また見合いをさせられたり、王都へ戻るのを邪魔されたりするのではないかと心配していた。
そして家族も仲間も失い、両親の出身地も知らないレーナには、そもそも帰省する故郷も、会うべき家族、親族、友人等もいなかった。
なので結局、3人は宿でゴロゴロしたり、数少ない王都での知り合い、つまり馴染みの店の店主とかハンター養成学校での同期生とかと話したり、後輩ハンター達に頼まれて少し相談に乗ってあげたりと、のんびり過ごしていた。夜には、メーヴィスとポーリンは家族に手紙を書いたりもしている。
勿論、『赤き誓い』のみんなで出掛けることもある。別に、この一週間は別行動をしなければならない、というわけではないのだから。
そして彼女達のその様子を不審に思う者はいない。
ハンターというものは、そう毎日働き詰めとなる仕事ではないのである。過酷な依頼は疲弊が激しいし、怪我や病気の時もある。万全の体調ではないのに無理をすることは、自分の命だけでなく、パーティ全員の命を危険に晒す愚行であった。なので、仕事の間には休養日を挟み、たまには長期間の休暇を入れるのは、当然のことであった。
そして、長期遠征から戻ったパーティが取る休暇としては、一週間というのは短過ぎるくらいである。元々、『赤き誓い』は働き過ぎなのであった。他のパーティの何倍も稼ぐくせに。
……そして、マイルはというと。
「御無沙汰してました~!」
「おお、サトデイル先生、御旅行から戻られましたか! 取材旅行の間も原稿を送って戴けて、助かりましたよ。先生はうちの稼ぎ頭ですからね!」
「いえ、そんな……」
そう、ここはオルフィス出版、かの人気作家ミアマ・サトデイル先生の娯楽本を独占出版している出版業者であり、遣り手の若き社長メルサクスは、まだ30代前半であった。
「で、これで当分の間は王都に腰を落ち着けて、執筆活動に専念されるのですか?」
「いえ、6日後にはまた、旅に出ようかと……」
「えええええ!」
思わず驚愕の声を上げたメルサクスであるが、すぐに落ち着きを取り戻した。
昔から慣れている。作家の奇行にも、起稿にも、寄稿にも、紀行にも、そして騎行にも……。
「原稿の方は?」
「変わらず、ギルド便にて」
「印税は?」
「同率で。今までの分は、全て商業ギルドの口座に振り込み済みです。御確認を」
「ふふふ、オルフィス屋、お主も悪よのぅ……」
「サトデイル様の方こそ!」
「「ふはははは!」」
メルサクスは、マイル、いや、サトデイル先生の『フカシ話ごっこ』に付き合うことのできる、貴重な人材なのであった。……サトデイル先生の作品を全て読んでおり、一緒に企画を考えるのだから、当たり前なのであるが。
マイルは、良き理解者を得られて、幸せであった。
そして、馴染みの食堂、孤児院、スラムの子供達が住む廃屋等を廻り、お土産として食材を配って廻ったマイルは、光学魔法で姿を消して、学園へと忍び込んだ。
アウグスト学園。
それは、マイルの母国であるブランデル王国の王都にあるふたつの学園、アードレイ学園とエクランド学園のように、ここ、ティルス王国の王都にあるふたつの学園のうちのひとつである。
そして、マイル、いや、アデルが通っていたエクランド学園と同じく、下級貴族の跡取りではない者や裕福な平民の子弟が通う、つまり『ランクが低い方』であった。
全寮制のその学園には、マイルが以前単独で受けた依頼で家庭教師を務めた少女、マレエットちゃんが通っている。その様子が気になり、一度確認しておきたいと思っていたのである。
「元気にやってるかな、マレエットちゃん……」
「……見るんじゃなかった…………」
数時間後、姿を消したままアウグスト学園から出てきたマイルは、がっくりと肩を落としていた。
世の中、『やり過ぎ』というのは、良くない。
それを思い知ったマイルであった。
「彼女達はどうしている?」
「は、遠征後の休暇を取っているらしく、依頼は受けずにギルドでは情報ボードの確認のみ、顔馴染みとの親睦や図書館通い、その他遊びや宿でゴロゴロして怠惰な生活を楽しんでいるようです」
「はは、まぁ、人間、そういう時間も必要だからな」
国王の執務室では、国王陛下とクリストファー伯爵が、愉快そうに話をしていた。
「で、メーヴィス嬢を娶らせる男の選定状況はどうか?」
「はい、伯爵家の跡取りか、侯爵家の次男、三男あたりを物色中です。良い人物がおりましたら、それとなく引き合わせる予定です」
「うむ、強制的にではなく、自然に引き合わせるのだぞ。あの手の者は、運命とか浪漫とかに憧れ、強制されると反発するものだからな」
「御意」
本人の意向は無視して、勝手にメーヴィスの伴侶を決めようとしている、国王とクリストファー伯爵。
「そうだ、一度、彼女達を王宮に招くというのはどうだ? メーヴィス嬢の伴侶候補達を適当な理由をつけて同席させ、一度顔合わせをさせておけば、次に偶然を装って会わせる時に、『あ、あの時の……』となり、会話の切っ掛けにし易いだろう? それに、儂も一度会っておきたい。
国王に会ったとなれば、我が国に対する親近感が他国に較べ大幅に上がるとは思わんか?」
「なるほど……。彼女達は以前、犯罪行為を行った領主の摘発に貢献していますから、それを理由として招くなら不自然ではありませんな。その時には、是非私も列席を」
「うむ。伯爵はハンターにとっては大先輩にして、憧れの『貴族になったハンター、生きた伝説、剣聖クリストファー伯爵』だからな、効果は大きいだろう。
そうだ、子供達も出席させよう! 『赤き誓い』のうち、ふたりは12~13歳の子供なのであろう? 王子と王女はその者達と年も近いし、仲良くなってくれれば王家に対する親近感や忠誠心が大きく上昇するに違いない!」
「おお、それは名案ですな! では早急に候補を絞り、数日後には彼女達に招待状を送りましょう」
そして国王と伯爵は、楽しそうに計画を練るのであった。
釣りというものは、その当日より、仕掛けを作りながらあれこれと想像する前日の方が楽しいものである。なのでこのふたりも、今が一番楽しく、幸せな時間なのであった。
当日の成果には関わりなく……。
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