245 帰 還
「王都よ! 私は帰ってきた!」
王都にはいるなりそう叫んだマイルを、どうせまた何かのフカシ話からの引用だろうと思い、スルーするレーナ達。
そしてまず最初に向かうのは、宿屋である。他の場所は後でもいいが、宿屋は先に押さえておかないと、遅い時間になってしまうと満室になるおそれがある。それに、やはり最初に顔を出すべきであろう、あの宿屋には。
「帰ったよ~!」
「お帰りなさ……、って、えええ、お姉さん達!」
受付カウンターから、レニーちゃんが飛び出してきた。
「ぶ、無事だったんですね、良かった……」
ハンターは、いつ、どこで死んでもおかしくない。なのでレニーちゃんは、修行の旅に出たまま二度と戻らなかった宿泊客など、いくらでも見てきたのである。
そしてレニーちゃんは、改めて笑顔で4人を迎えてくれた。
「お帰りなさい!」
そして部屋を取った4人は、次にハンターギルド王都支部へと向かった。まぁ、当然の行動であろう。
「ただいま戻りました!」
ギルドにはいると同時にメーヴィスがそう声を掛けると、受付嬢やギルド職員達が思わず腰を浮かせながら叫んだ。
「「「「「「『収納少女隊』っっ!」」」」」」
「「「「『赤き誓い』ですっっっ!!」」」」
何やら、陰ではおかしな名前で呼ばれているらしい。
いや、確かに、『赤き誓い』の最大の特徴は、マイルの収納魔法、及びそう見せかけたアイテムボックスであった。戦闘力も優れてはいるが、ギルドの皆が知っている範囲では、AランクやSランクハンター程のことはない。なので、『Bランク並みの実力のある、Cランクハンターパーティ』というのが『赤き誓い』に対する皆の評価であり、強さとしては、そう極端に珍しいというわけではない。あの『ミスリルの咆哮』とまともに全力で戦えば勝てるはずがない、という程度である。……古竜戦とか、マイルの本気、メーヴィスのドーピング、ポーリンのホット魔法とかを知らない者達にとっては。
勿論、それが若くて可愛い少女達、というのは、また話が違う。それだけの能力を持っているのが、むさいおっさんやおばさん達ではなく美少女であるとなると、その稀少価値は計り知れない。そして、これから更に経験を積むことによって伸びるであろう、その将来性も。
しかし、やはり彼女達『赤き誓い』を王都中のハンターやギルド関係者達が注目するのは、あの収納魔法(ということになっている、アイテムボックス)であった。
狩りに、採取に、輸送にと、収益を何倍、何十倍にもしてくれる、驚異の容量。
胸囲の容量はないが、それくらいは我慢できるだけの利点。
なので、いつの間にか、おかしな通称が広まっていたのであった。
「そ、それって、マイルの二つ名だよな? わ、私には関係ないよな?」
「何ですか、それはっっ!」
自分はおかしな二つ名で呼ばれたくない、というメーヴィスの裏切りに、激おこのマイル。
「ま、まぁまぁ……」
「おお、よくぞ戻った!」
ポーリンがマイルを宥めようとしていると、2階からギルドマスターが下りてきた。
「思ったより早い帰還だったな。とにかく、無事で何よりだ。これでまたしばらくはこの国で活動してくれるのだろう? いや、言わんでいい。若いうちは、あちこちに行きたいものだ、それは分かっておる。無事に、そして絶対に戻ってくるなら、たまの遠出も仕方あるまい。ハンターとは、そういうものだからな」
何か、出発前と較べ、やけに物分かりの良いことを言うギルドマスター。レーナとポーリンは少し胡散臭げな眼でギルドマスターを見ているが、メーヴィスとマイルは、自分達の望みを理解して貰えたものと思い、単純に喜んでいる。この様子であれば、次の遠征の時は問題なく出発できるだろう、と考えて。
「ま、次に旅に出たくなるまで、ゆっくりと鍛錬と資金集め、そして昇格ポイントの蓄積に励むがよい」
そう言って、ギルドマスターは機嫌良さそうに2階の自室へと戻っていった。
「「「「…………」」」」
そして4人は、思っていた。
ギルドマスターは、『赤き誓い』が金貨1000枚以上の資金を蓄えていることも、既に充分な昇格ポイントが貯まっており昇格に必要なCランクとしての最低年数が経過するのを待っている状態なのも、そしてBランク並みの実力はとっくに身に着けていることも、多分知らないんだろうなぁ、と。
まぁ、他国での業績はギルド便でそのうち送られてくるであろうが、ギルド便が出るのは月に一度なので、輸送時間も含めると、早くても数週間、遅い時は1カ月以上かかるため、『赤き誓い』の他国での業績が籍を置いているこの支部へ届けられるのはもう少し先になるであろう。
そしてギルド職員と居合わせたハンター達に挨拶をすると、『赤き誓い』は宿へと引き揚げた。
「……『赤き誓い』の連中は帰ったか?」
「あ、はい、マスターが2階へ戻られてから、すぐに……」
「よし、ちょっと出てくる。クリストファー伯爵邸に寄ってから王宮へ顔を出してくるから、帰りは少し遅くなるかも知れん」
紅茶を淹れてくれた女性職員にそう言うと、ギルドマスターは出掛ける準備を始めた。珍しいことに、嬉しそうににこにことした顔で。
「何か、ギルドマスター、随分機嫌が良さそうでしたね。それに、何だか私達が当分はこの街にいると思っているみたいな話し方でしたし……」
「そういえば、そんな感じだったわね。単に移動経路上だったから寄っただけなのに。修行の旅が、こんなに早く終わるわけがないわよ。
ま、一週間くらいはここに滞在しようかしらね」
マイルとレーナの遣り取りを聞きながら、ギルドマスターの様子に思い当たることでもあるのか、にやりと昏い笑みを浮かべるポーリンと、それを見てしまい、思わず腰が引けるメーヴィスであった……。
* *
「おお、『赤き誓い』の面々が戻ってきたと? うむ、やはり我が国が一番住みやすく良い国だということを分かってくれたようだな」
「思ったより、かなり早い帰国ですな。やはり見知らぬ国で少女4人のパーティで活動するというのは、色々と大変だったのか? 少女ばかりだと、男所帯とは違い、色々な面で苦労があるのだろうか……」
『赤き誓い』が、自国が一番住みよいと判断してさっさと戻ってきたと思い、ご満悦の国王陛下。そして、若い頃にしょっちゅう長期間の修行の旅に出ていた、ハンター出身の貴族、剣聖クリストファー伯爵。
「しかし、他国に取り込まれたり、変な男に引っ掛かったりせずに無事戻ってきてくれたのは、ありがたい。これでしばらくは遠征熱も治まるであろうから、その間に色々と我が国とのしがらみを作らせ、そして良き配偶者をあてがえば……」
笑顔で話す国王陛下とクリストファー伯爵に、報告に来たギルドマスターの顔も緩む。
これで、現在クリストファー伯爵の主導で進んでいるハンター養成学校の大規模改編と昇格基準の見直しが実施されれば、ハンターギルドの、いや、ハンター達の未来は明るい。
また、彼女達の影響か、ハンターを目指す少女達が増えているため、結婚相手に泣き付かれてハンターを辞める、という有望新人が減ることも期待できる。そう、ハンター同士の結婚であれば、結婚した後も夫婦でハンターを続けられるし、女性の方が『ハンターなんか辞めて、安全な仕事を!』とか言い出すことが少ないのである。
「ふはは……」
「ははは!」
「「「わはははははは!」」」
それぞれの思惑と、夢に描いていた計画の実現に、国王の執務室は3人の男達の嬉しそうな笑い声に包まれた。