244 帰還への道
「とりあえず、ギルド支部に寄って依頼をひとつこなすわよ。マイル、あんたの収納にはいっているもののうちから、常時依頼の薬草か食材を出しなさい。それを納入するから」
国境を越え、マイルの母国であるブランデル王国からメーヴィス達の母国であるティルス王国にはいった途端、レーナがみんなにそう言った。
「え……」
「何、驚いてんのよ。私達は養成学校に無料で入学させて貰った代わりに、この国での最低活動年数の縛りがあるでしょ。だから、とりあえず簡単な仕事をひとつこなして、『この国に戻ってきました』って実績を作って『国内にいますカウンター』を少しでも早くスタートさせるのよ」
「「「あ……」」」
さすが、レーナである。他のみんなも国内活動の年数のことは当然知っていたのに、そこまで頭が回らなかった。
「それに、討伐依頼だと、よそで狩った魔物の討伐証明部位を出したんじゃ、詐欺になるでしょ。だからここは、薬草か素材、食用の肉とかでないと駄目でしょ」
「も、もしかしてレーナさんって、実は割と頭が回る?」
「馬鹿にしてんの!!」
レーナ、激おこ。
「マイルちゃん、言い方!」
ポーリンから指導がはいった。
確かにこれは、マイルが悪い。慌てて謝るマイルであった。
そして最初に立ち寄ったハンターギルド支部がある町で、マイルの収納から出した食用のホーンラビットを5匹納入し、無事『国内にいますカウンター』を回し始めた『赤き誓い』であった。
……ちなみに、出国の時には国外へ行く護衛依頼を受けることにより、出国後もその依頼が終わるまでは『国内の仕事を行っている』という扱いになる。更にその終了日時を誤魔化して水増ししようと企んでいる。
セコいが、塵も積もれば山となる。余計な縛りは少しでも早くなくして自由になりたいというのは、ハンターとして当たり前の望みであった。
まぁ、メーヴィスとポーリンの母国であり、共に愛する家族がいるのだから、少なくともふたりがいる限りはこの国をベースに行動するのは当たり前であり、そう気にすることはないのであるが。
そしてとりあえず国内での活動実績を作ったので、あとはのんびりと王都を目指す。
途中で狩りや採取は行うけれど、王都の方がいい値がつくから、いちいち近くのギルドに納入する必要もない。そしてどんどん先へ進むので、討伐系の依頼は受けない。討伐依頼は、一部の『国内のどこであっても討伐依頼が有効である魔物』以外は、指定区域内で狩ったものでないと意味がないからである。
マイルの収納、ということになっているアイテムボックスに入れておけば鮮度は抜群なので、誤魔化すことは簡単であったが、それを良しとするような4人ではなかった。ポーリンを含めて。
ポーリンといえば、彼女はここ数日、機嫌が悪かった。というか、様子がおかしかった。
せっかく帝国兵相手に稼いだお金の大半を、伯爵領とアスカム領にバラ撒いたからである。
「3000枚……。金貨3000枚……」
また、いつの間にか無意識のうちに、譫言のように呟いている。
「もう! ポーリンも納得したじゃないの、あのお金を丸々全部私達の物にするのは、さすがにちょっと世間体が悪いだろう、って話には。金貨1000枚分だけで充分でしょ!」
金貨1000枚。日本人にとっての1億円くらいの感覚である。充分過ぎであった。そして表向きは、『稼いだお金は全てバラ撒いた』ということになっている。どうせバレやしないから、と。
それでも、ポーリンにとっては断腸の思いだったらしい。
「そろそろ諦めてくれよ、ポーリン。どうせもう、配ったお金を回収することはできないんだから。マイルの『入れたものが劣化しない、特別製の収納魔法』のおかげで他のハンター達とは比べ物にならないくらい稼げているんだから、それくらいすぐに取り戻せるさ、まともな手段で稼ごうよ」
「だ、だって……。あのお金があれば、私の野望に、また一歩近付くことができたのに……」
そのポーリンの言葉を聞いて、レーナが眉をひそめた。
「……『私の』? 『私達の』じゃなくて?」
「「あ……」」
ふたり共、思わず声を漏らした。メーヴィスは、ぽかんとした顔で。そしてポーリンは、しまった、という顔で。
「ポーリン、あんた……」
「…………」
黙り込み、そっと視線を逸らすポーリン。
「え……」
そしてその横では、マイルもまた口に手を当てて呆然としていた。いつもの『わざとらしい、ぶりっ子ポーズ』ではなく、本当に、呆然とした顔で。
「め、めめめ、メーヴィスさん、アレはごく普通の収納魔法で、中に氷魔法を掛けているだけで……」
あわあわとして必死で誤魔化そうとするマイルに、レーナが呆れたような顔をした。
「マイル、あんた、まだその設定続けていたの? そんなの、とっくにバレてるわよ。
だって、氷魔法で冷やしているから傷んでいない、って言ってあんたが収納から取り出す肉って、凍ってもいないし、冷えてもいないじゃない。野菜の味も落ちていないし、薬草もシャッキリしてる。これで『氷で冷やしていました』って言われても、信じるはずがないでしょ?」
ふふん、といった顔で、そう説明するレーナ。
「い、いつ頃から……」
「岩トカゲ狩りの時かしらね」
「私も、あの時からだね」
「私も……」
レーナに続く、メーヴィスとポーリンの言葉。
「ほぼ最初からですかあああぁっっ!!」
今まで必死で誤魔化し続けていたつもりであったマイルは、がっくりと項垂れた。
「わ、私の今までの苦労は、いったい……」
(……しかし、これでもう、私がみんなに秘密にしていることは殆どなくなった。誰にも話すつもりのない転生のことと、ナノちゃん達を始めとする魔法の本質のことを除けば……。
もう、魔法の本質についてはちょっぴり教えたけどアイテムボックスのことは知らないマルセラさん達と、私について知っているレベルではほぼ並んじゃったのでは……)
何か、ちょっとマズいような気がするマイル。
しかし、逆に、何だか少し嬉しいような気もする。
(ま、いいか……)
小さいことは、気にしない。
そして、かなり大きなことでも気にしないのが、マイル・クオリティであった。
(しばらくは、またティルス王国の王都でお仕事か。そしてその後は……。
今度は、今回とは反対側、東へ行くことになるかな。そして東側といえば、あのファリルちゃんを誘拐した宗教団体の人達が言っていた……)
そう、東の方にある国。それは、彼らが言っていた、怪しい宗教、そして謎の伝承の発祥の地であった。
急ぐわけではないが、ナノマシンが危惧するような事態が起こるかも知れないあの件には、興味があった。
……というか、人間個々人の運命や生き死にには関心を示さないナノマシンがあれだけ焦ったということは、すなわち、世界レベルでの問題なのであろう。事実、『この世界が滅びと再生を繰り返す』とか、『文明を破壊する原因』とかいう言葉があった。それは、マイルが旅に出ようと思った理由である、あの古竜達の不可解な行動と関係があるのだろうか。
マイルは、深く考え込んでいた。そして……。
「『マイルがまだアデルだった頃、ティルス王国の東に、怪しい宗教が流行っていた……』って、金目教ですかっ! それとも、まんじ党がギヤマンの鐘でも探しているのですかっっ!!」
そしてマイルのひとりボケツッコミを、醒めた眼で見るレーナ達3人であった……。