243 王都再び
「「お邪魔します……」」
そう言いながら、自室の椅子を持ってマルセラの部屋にはいる、モニカとオリアーナ。
マルセラも机の前の自分の椅子を引き寄せて、皆で向き合って座った。
「アルバーン帝国との戦いは、どうなっているでしょうか……」
「圧倒的な兵力をぶつけるそうですから、問題ないと思いますわ」
心配そうなモニカの言葉に、マルセラがそう言って安心させようとした。
別に、嘘ではない。マルセラには色々と王宮にコネがあり、かなり正確な情報を入手できるのである。勿論、何でも教えて貰えるというわけではないが、今回は、『アスカム子爵領に関する重大事件』なので、問題なく教えて貰えたのである。それに、別に秘密の情報というようなことではないので、何の問題もなかった。
大規模な兵力の派遣など隠しようもないし、また、隠すようなことでもない。敵の侵略から辺境の貴族領を守るための出撃なのだから、大いに宣伝して、国は辺境の領地も民も見捨てることはない、と知らしめることは、人心掌握、そして指揮官に命じられた第1王子の名を高めるのに絶好の機会なのである。
「そのお話の前に……」
マルセラが、いったん話を止めて、きょろきょろと周りを見回した。そして、突然ベッドに向かって右腕を突き出した。
「そこですわッッ!」
「ぎゃあああ!」
「「ひいいいぃ!!」」
ベッドの上に、ゆらりと現れた影。
そして、悲鳴を上げる、その影とモニカ、オリアーナ。
「居ると思いましたわ……」
「ど、どどど、どうして……」
マルセラに襟首を掴まれて、激しく動揺しているマイル。
「前に言ったでしょう?」
そしてマルセラは、当然のような顔をしてマイルに告げた。以前と同じ、その言葉を。
「アデルさん、どうして私があなたを見つけられないなどとお考えになるのかしら?」
「あは……。あは、はは……」
泣き笑いのマイル、いや、アデル。
そしてマルセラは、そっと心の中で呟いた。
(だって、前回も今回も、ベッドのクッションが不自然にお尻の形にへこんでいましたもの……)
そして、互いにあれからのことを報告し合う、アデルとマルセラ達。
といっても、学園生活を送っているだけのマルセラ達に、大した話題があるわけでもない。話は、自然とアデルのこととなる。
「というわけで、領軍指揮官のジュノーさんに、その言葉を……」
「「「悪魔ですかッッッ!!」」」
女神化現象のところは、省略した。
「水1杯を銀貨5枚で売り……」
「「「鬼ですかッッッ!!」」」
「稼いだ金貨4000枚分のお金を、半分は大被害を受けた伯爵領に、残りの2000枚分のうち更に半分をアスカム領の領民達にバラ撒き、ポーリンさんが半狂乱に……」
「「「あはははははは!」」」
同じ商人の娘でも、モニカはあまりお金に執着しないようであった。これがポーリンならば、自分のお金でなくても、金貨のバラ撒きなどという話を聞いただけで激昂する。
「……で、残りの金貨1000枚は?」
「…………」
モニカの問いに、視線を逸らすアデル。
「「「…………」」」
「とにかく、そういうわけで、脱走兵が盗賊になって国内が荒れることもなく、大きな略奪行為も起こらず、帝国軍は引き揚げました。もし今度侵略行為を行うにしても、少なくともアスカム領は避けると思います」
アデルは、変身シーンは『ただの変装』、アイテムボックスによる物資の収納は『こっそり運び出した』と説明したが、勿論マルセラ達は本当のところを推察していた。しかし、それには触れないのが、友達というものである。
「そりゃそうでしょうねぇ。物資の謎の消失、女神様の守護、そして聖女様の御慈悲で、何とかぎりぎり生還できたのですから……。今度は女神様が少し本気を出されたり、聖女様に見捨てられたりすれば、戦わずして全滅間違いなしですものねぇ。とにかく、双方大した被害もなく、アスカム領が安泰ならば、問題ありませんわよね」
「そうでしょうか……」
マルセラは最良の結果だと思っているらしいが、オリアーナはそうは思っていないようであった。
「後顧の憂いを絶つためには、そこで弱った帝国軍を壊滅させるべきだったのでは……。無事帰還した帝国兵は、いつかまた、我が国のどこかに侵攻してくるでしょう。そして次も大きな被害がなく終わるとは限りません。今度は、多くの兵士や農民が死ぬことになるかも……」
「でも、将来発生するかも知れない死者を減らすため、今、5000の兵士を皆殺しにせよと?」
「そ、そうは言っていません!」
マルセラはオリアーナの考えには賛成しかねるようであるが、愛国者としては、そして論理的思考をするならば、オリアーナが正しいのであろう。マルセラも、それはよく分かっていた。しかし、敵兵だからといって、敗走する者を虐殺するのはマルセラには許容できないのであろう。
「……私には、敵兵5000人より、自国の兵士や農民達1000人の命の方が大事ですよ」
モニカが、ぽつりとそう呟いた。
「でも、うちのお店で商品を買ってくれるなら、敵兵も自国民も、どちらも大事です!」
あはは、と笑うモニカに釣られて、みんなが笑う。
(生真面目なマルセラさんとオリアーナさんの間をうまく取り持つ、モニカさん……。相変わらずだなぁ……。あれから1年半以上経ったけれど、みんな、変わらないなぁ。あ、そういえば、もうすぐみんな卒業なんじゃあ……)
今度会う時は、もう、みんな学生じゃないんだ。
そう思うと、少し寂しさがこみ上げてくるアデルであった。
夜遅くまで話し込んだ4人であるが、程々には引き揚げないと、アデルはともかく、他の3人は明日の授業がある。名残惜しいが、そのうち、また会える。そう思い、再会を約束してマルセラの部屋を後にするアデル。アデルひとりだけであれば、魔法で姿を消して塀を跳び越えればいいので、深夜の出入りも問題ない。
まぁ、アデルが光学魔法をかけて抱えて跳べば、他の者を連れていても問題はないのであるが、レーナ達にはアデルの旧友達とのひとときを邪魔するつもりはなかった。
そして学園の塀を跳び越え、『アデル』から『マイル』に戻った少女は、宿屋へと向かう。万一に備え、光学魔法を解除するのは宿屋にはいった後である。
アデルという名は、学園のクラスメイト達と一緒の時だけの名。
それ以外の時は、自分の名はマイル。
前世を離れて生まれ変わり、新たな生を受けて得た名前、アデル。そしてその名を捨てて、今の自分はマイル。この新しい名前で、新しい世界を生きていく。
そして、マイルは両腕を広げジャンプした。
(パピ、ヨ~ン!)
……どうしても、シリアスになり切れないマイルであった。
それは、マイルがそういう性格だからなのか。
それとも……。
マイルがそうっと部屋のドアを開けると、ランプの灯がともされ、レーナ達が話をしていた。
「あれ、まだ起きていたんですか?」
「あんたが帰ってきた時、私達が寝ていたら寂しいでしょ?」
「……」
ここに、自分の居場所がある。『マイル』という名の少女の、居場所が……。
「あ、こら、抱きつかないでよ、暑苦しい!」
ちょっと顔を赤くしながら、マイルを押し退けようとするレーナ。しかし、全然力がはいっていない。
「レーナさんが、デレてる……」
そう呟いて、微笑むポーリン。
そして、両手をわきわきさせながら、なぜいつもマイルが抱きつくのはレーナで、自分ではないのかと不満そうなメーヴィス。
……実は、メーヴィスに抱きつくと顔や首が胸の間に挟まってしまうので、本能的にマイルが避けているのである。そのため、マイルがメーヴィスに抱きつくことは、余程のことがない限り、期待できそうになかった。そしてメーヴィスがそれを知るのは、ずっと後のことであった……。
「寝るわよ……」
「はいっ!」