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242 アスカム子爵領 11

「しかし、勇敢な少女達だったな……」

 その下士官は、部下達と一緒に歩きながら、そう呟いた。

 昨日、『移動食堂 聖女屋』と称して、逃走する我が軍の兵士達に水や食料を提供してくれた少女達。

 確かに値段は高かったが、自分達の命を懸けて運んできたことを考えれば、文句は言えない。彼女達も言っていたが、需要と供給、である。同じ品物であっても、王都で買う場合と辺境の村で買う場合で値段が異なっても、文句を言う者はいないであろう。それと同じである。

 王国軍が迫る中、命を懸けて、我が軍の兵士達のために水と食料を運んできてくれた。まさに、『移動食堂 聖女屋』という店名の通りの、聖女達である。

 我が国から、軍のあとについてきた少女達か? それとも、我が国から嫁いできた者達の娘か?

 いずれにしても、我が軍に味方してくれる、ありがたき同胞である。 


 そんなことを考えながら歩いていると、前方の部隊が立ち止まり、街道が兵士達で塞がれている。

「何をしている、後ろが詰まる……」

 叫ぼうとすると、視界に、信じられないものが映った。

 見たことのあるテント、見たことのある長机、見たことのある少女達、そして見たことのある看板……。

『移動食堂 聖女屋2号店』

「マジかよ……」

 そして、売り物の中からエールとワインは姿を消していた。

 どうやら、昨日、あまり売れなかったようである。


「なぁ、ふたつ程、聞いてもいいか?」

 テントの前に駆け寄り、長机で水や食べ物を売っている、昨日知り合った少女達に尋ねた。

「あら、昨日手伝ってくれた人ね。なにかしら?」

 赤毛の少女がそう言ってくれたので、下士官は、気になっていたことを尋ねた。

「昨日は、我が軍のどのあたりまで水と食料が行き渡った? できれば、同じ先頭の者達ではなく、昨日買えなかった者達に売って貰いたいんだが……」

「あら、最後まで売ったわよ?」

 少女が、ピントの外れた答えを返した。そう思った下士官は、再度問い直した。

「いや、そういう意味ではなく、在庫が尽きるまでに兵士達の何割くらいに行き渡ったかと聞いているんだ」

 兵士がテントの付近に滞留せず、効率よく捌けるように指示した後は、自分の隊に戻り先に進んだため、そのあたりのことは確認できていなかったのである。

「だから、最後まで、よ。帝国軍の列の、一番最後まで売り続けたわよ?」

「え……」


 少女数人で運べる量で、足りるわけがない。

 それで賄えるなら、軍の輜重部隊は全て、数人の少女達で編成されるようになる。間違いない。

「…………」

 色々と言いたいこと、聞きたいことはある。しかしその下士官は、それよりも先に聞きたい、もうひとつの質問をすることにした。

「……で、アレは何だ?」

 下士官が指差す先には、長机で水や食べ物を売っている3人以外の、もうひとりの少女らしき者の姿があった。

 なぜ『らしき』かというと、その者は、何となくロバに見えなくもない稚拙な出来の被り物をしているからである。そしてその頭に犬、猫、鶏の人形を乗せて、調子外れな歌を歌っていた。見たこともない楽器をかなでながら……。


 スー、スー、スーク、イクートエ~イ!


「ああ……。何か、『水売りをするなら、この歌を歌わなきゃダメです!』とか言って、引かないのよ……」

 赤毛の少女が、わけが分からない、といった顔で、そう説明してくれた。

「では、あの、ボロボロの衣服は?」

 他の少女達はきちんとした身なりをしている。なので、お金がないから、ということはあるまい。

 しかし赤毛の少女は、困ったような顔で、こう答えた。

「野外で水を売るなら、あの恰好じゃないとダメなんだって。いや、あの子の拘りだから、私達には関係ないわよ? 何でも、廃棄する予定の服、『捨てる衣服スーツ』だとか……」


 もう、全く意味が分からない。

「で、では、あの被り物と、頭の上の人形は……」

「何でも、『フレーメンの音楽隊』とか言ってたわね……。

 聞かないで! 何も聞かないでよ! 私達にも意味が分からないんだから……」

 相手をしてくれている赤毛の少女も、販売を続けているふたりの少女達も、困惑した顔をしていた。


 これ以上は、販売の邪魔になるだけである。そしてそれは、軍の撤退速度の低下を意味する。

 それに今日は最初からうまく人の流れを捌いているようであり、自分が手伝う必要もなさそうであった。自分の興味本位の質問で、これ以上邪魔をするべきではない。そう考えた下士官は、自分の疑問と好奇心を無理矢理ねじ伏せた。

「よろしく頼む。我ら、この恩は決して忘れぬ!」

 そう言って頭を下げると、下士官は自分の部隊の場所へと駆け戻っていった。

「「「…………」」」

 そして、胡乱うろんげな眼で謎のロバ少女を見る、3人の少女達であった……。




 そして翌日。

 黙々と歩き続ける下士官の前に、それが現れた。

 見たことのあるテント、見たことのある長机、見たことのある少女達、そして見たことのある看板、見たことのあるロバ少女……。

『移動食堂 聖女屋3号店』

「…………うん、知ってた」

 その下士官は、がっくりと肩を落として、そう呟いた。


「さぁ、バンバン売りますよ! 客単価が小金貨1枚とすれば、5000人で、金貨500枚です!」

 それは、日本円の感覚にして、ほぼ5000万円に相当する価値であった。

「人助けです、奉仕活動です!!」

「「「…………」」」

 レーナ達は、ポーリンのその言葉を全く信じてはいなかった。


 そして昨日と同じくロバの被り物をしたマイルは、いつものように、ぼ~っと考え事をしていた。

(ここは異世界。そして、このテントは、ロバである私の仮の家。ロバに、仮の家がある。

 ……『ロバ・アル・カリイエ』?)

 会心のネタなのに、理解してくれる者がひとりもいない。

「マイル、何、地面に両手をついて黄昏たそがれてんのよ?」

 マイルにとってその事実は、それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは、悲しいことなのであった……。




 帝国との国境線に面したセスドール伯爵領にはいった帝国軍は、街道周辺の村々が無人であり、食料も無く、文字通り魔法でも使ったのか、井戸が見当たらないことを知るのであった。

 水も食料も全く無く、このままでは死を迎えるだけ、というのであれば、兵士達は次々と脱走し、盗賊と化して王国の治安を悪化させるであろう。しかし、僅かばかり配給される、魔法によって創り出された水。そして1日1回、銀貨や小金貨で得られる水と食べ物。これにより、何とか生きて帰れる目途めどが立った今、家族を捨てて盗賊に堕ちるという道を選ぶ必要はない。

 帝国軍は、ぎりぎりのところで軍隊としての威容を保ち続けることができたのであった。

 そして、『移動食堂 聖女屋』は、帝国軍が国境を越えて帝国領にはいるまで、毎日水と食料を売り続けたのであった。


「人助けと奉仕活動、サイコーです!」

「……やっぱり、ポーリンね……」

「ポーリンだったな……」

「ポーリンさんでしたね……」

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― 新着の感想 ―
[一言] マイルの姿の説明であれかなと思うけど話まではわかんない。が、それでも爆笑してしまった笑
[良い点] お金こそ我が命のポーリンと、誰も分かってくれない孤独な芸人マイルは、この物語の主軸ですからねぇ。
[一言] そもそも水と食料ももともと補給される物資だから、元でもタダなんだよな。 ポーリンおそるべし(笑)
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